第1部 M県S市杜王町
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気がついたら真夜中の3時を回っていて、目が覚めてしまった私は辺りを見回した。11時頃までお酒を飲み続けていたのだが、1人、また1人と寝落ちしていくのを見て、私も寝落ちしたのを覚えている。だが、既に完全に酔いは醒めた。波紋の呼吸のお陰で、お酒が抜けるのが早いのだ。二日酔いもないだろう。
「典明。」
ソファに座りこちらを見ていた典明に、私は声をかけた。今日は眠らないらしい。結局、典明には一滴も飲ませることができなかった。酔った彼の姿を、いつかこの目で見たいのだが…。
「なまえ。」
彼の綺麗な唇がゆるりと動いて、懐かしい声で私の名を呼んだ。…?もしかして、まだ酔っ払っているのだろうか?それとも、今のは聞き間違いで、手を繋いで心の声を聞いたのだろうか?と自分の手を見るも、典明の手とは繋がれていない。
「なまえ。」
もう一度、名前を呼ばれる。懐かしい、この声は。優しく私を呼ぶ、この声は…。
「典明…?」
聞き間違いなんかじゃない。私を呼んだ、この声は……。思わず、声も、手も震えてしまう。だって、今、喋ったのは、
「典明…ッ!!」
「うん。ごめん、なまえ。」
典明は震える私の手を掴んで、その指先にキスをした。ごめん、なんて…。
「典明…、典明ッ…!い、いつから……!!」
涙が出るのも構わず、典明の手を取って彼に詰め寄った。触れられるようになった時、昨日、喋れるようになったのだろうか?それとも、今、急に?
「うん…。なまえ、ごめん……。僕は最初から…ずっと、話せたんだ。本当は…。」
彼のその一言に、私は驚いた。だって、ずっと、って…!彼があえて口を閉ざしていたというのか。なぜ。
その可能性を考えなかった訳ではないが、典明が、私が悲しんだり、辛い思いをするような事、するはずがないと思っていたのだ。それは、間違いだったと言うのか?いや、きっと典明は、何か意図があってそうしていたのだろう。そうじゃなきゃ、今まで10年も、話をしないなんてありえないのだ。
「君を、僕に縛り付けてしまってはいけないと思って、今まで我慢していたんだ。よく、我慢できたと思うよ…。君はいつもかわいくて、かっこよくて、本当に尊敬できる人だ。そんな君が、死んでしまった僕しか見ていない事が、嬉しくて、幸せでもあり、……少し、申し訳なくて心配だったんだ。」
申し訳ない、とは?心配、とは?私達が幸せなら、そんなの気にしなくていいのに。
「君は、僕に依存している。自覚しているだろう?」
そう言う典明の顔は、いつもよりも真剣な顔で、でも、優しさを含んでいて止まりかけていた涙が流れたが、私にはいま、苛立ちの感情で頭がいっぱいだった。
「依存、してるよ。愛してるもの!分かるでしょう?それの、何がいけないの!?」
思わず典明の胸倉を掴んでソファに押し付けた。典明の背中が背もたれにぶつかっただろうが、そんなの関係ない。典明は、驚いた表情で私を見上げている。
「典明。私は、今まで喋れるのに喋らなかった事に怒ってるんじゃない!私に対して申し訳ないとか、そんな気持ちで接してほしくなかった!そんな気遣い、全然嬉しくない!!私は、話ができなくても、典明がいれば幸せなの!触れられなくても、貴方が私に、たくさん愛をくれるから、安心できたの!依存してて悪い!?愛って、そういうものでしょ!?」
私のあまりの怒号に、部屋にいたみんなはなんだ、どうした、と目を覚ましだした。未だお酒でボーっとする頭で状況の確認をしているようだった。
一方の典明は、胸倉を掴む私の手を握って、顔を伏せたまま震えている。感情は読めなかった。
「なまえ、少し落ち着け。」
承太郎が頭に手を当てながら、私を制止しようと手を伸ばしてきたので、「邪魔しないで!」と片腕で振り払った。つもりだった。絶対に、当たる軌道だったのにだ。私の腕は、スタープラチナによって止められている。
「!!承太郎…!時を、止めてんじゃねえ!」
こんな時にザ・ワールドを使われて余計に苛立った。10年前ならまだしも、今は力だけなら私の方が強い。掴まれた腕を振り払うと、スタープラチナは手を離し、後ろへと下がって消えた。承太郎が引っ込めたのだ。力づくで止めるのは諦めたらしい。
「典明!私の事を思うなら、二度とそんな事するな!そんな、的外れな理由で、10年も話せなかった、私の気持ちを考えろ!」
グイ、と典明を引き寄せて思いの丈をぶつけると、彼は涙を流しているようだった。必然的に上を向かされた彼の顔が見えて、少しだけ頭が冷えた。私の涙は、彼の涙を見て止まった。
「なまえ……ごめん…。ごめん、なまえ。」
泣きながら、ごめん、と繰り返す典明。典明はきっと、私が言った事の意味を、正確に理解しただろう。頭のいい典明に、ちゃんと伝わっているはずだ。ならば、もう怒る意味はない。カッとなった頭を冷やすためにため息を吐く。そして典明の胸倉を掴んでいた手をそっと離して、その手で彼の頬を包んだ。
「ごめん、なまえ。」
最後にもう1度謝罪の言葉を述べ、典明は自分の頬にある私の手を大事に包んで、頬を擦り寄せた。その光景を見て、典明だって私に依存しているじゃないか、と思った。
「なまえさん。落ち着いたか?」
家主である岸辺くんが気遣わしげにコップに入った水を差し出してくれたので感謝を述べ、受け取ったそれを一気に飲み干した。大声を出したので、ありがたかった。
「岸辺くん、ゲストルームか何かある?典明を寝かしつけたいんだけど。」
言ってから、我ながら、なんて酷い言葉選びだ、と思った。怒りすぎて、語彙力がなくなってしまったのか。みんなも寝かしつける?と首を傾げている。
だが、典明は未だ泣いているのだ。誰もいない落ち着ける場所で、飽きるまで甘やかしてあげなければ。
「一応あるが…。こっちだ。」
さすがに広い家なだけある。案内しようと歩き出した岸辺くんについて行こうと、私は典明を抱き上げて「みんな、煩くしてごめんね。まだ夜も遅いし、もう少し寝てね。おやすみ。」と謝罪をしてから部屋を出た。こんな時間に起こしてしまって、本当に申し訳ない。
大人しく私の腕に収まる典明をかわいらしく、愛おしく感じながら、まるで王子様がお姫様を運ぶ時のように優しく、案内される部屋へと彼を運んだ。