第1部 M県S市杜王町
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パチ、と目を開けると典明と目が合った。彼は上から私を優しい顔で見下ろしていたが、少しだけ、睫毛が濡れているように見えて頬に手を伸ばした。
「典明、泣いてるの…?泣かないで…。」
そう言うと彼は私の手に自分の手を重ねてフルフルと首を振った。泣いてないよ、と言いたいのかもしれないが、それは無理がある。彼の手のひらから、瞳から、切ない感情が流れてきているのだ。
彼の頬から首の後ろに手を移動させると、意図を汲み取った典明はその綺麗な顔をこちらへと近づけた。
静かに重なる唇。触れ合った唇から伝わってくる感情は、段々と切なさは薄まっていって、やがて消えた。
顔を離してふ、と微笑んだ典明の笑顔は、とても綺麗で思わず見とれそうになってしまった。
「ん゛ッ、んんッ!」
突然聞こえてきた大きな咳払いに、私達は体をビクッとさせて声の方を見た。僅かに頬を染めて口に拳を当てている岸辺くん。そうだ、今、岸辺くんの家にいるんだった。
「君達…よく人の家でイチャつけるな。」
彼の呆れたような表情に、私達は顔を見合わせて笑い合った。承太郎ならば何も言わずに背を向けるのに、岸辺くんは静かに観察していたようだ。好奇心旺盛な彼らしい。
ピンポーン
「あ、承太郎かも。」
先程買い物に行った時に連絡したから、迎えにきたのかも、と時計を見るとまだ4時半だった。眠っていた時間はそんなに長くなかったのかもしれない。眠った事で、酔いもすっかり醒めてしまった。
「はーい。承太郎?」
無駄に波紋の呼吸を使って玄関まで行くとやっぱり承太郎がいて、仗助くんも一緒なようだった。そういえば、今日は2人でネズミ捕りに行くと言っていた。
「ゲ。クソッタレ仗助。」
遅れてやってきた岸辺くんは仗助くんを見てものすごく嫌そうな顔をしている。仗助くんも同様だ。この2人、仲が悪いと聞いていたけどここまでだったとは。
「ふふ。ねえ、入って。お酒買いすぎちゃって。2人も飲もうよ。」
なんのために承太郎に迎えにきてもらったのか忘れて、2人の腕を引っ張って半ば無理やり家の中へと招き入れた。仗助くんは「や、俺、未成年…!」と言っているが、そんな事は関係ない。
「承太郎なんて高校生なのに酒も煙草も嗜んでたんだから、大丈夫よ。飲みたくないなら、ジュースもあるよ。」
そう言うと仗助くんはじゃあ…と素直に従ってくれた。岸辺くんの事が引っかかるようではあるが。
「やれやれ…悪い大人だな。仗助、こんな大人にはなるんじゃあねえぜ。」
ポン、と私の頭に手を乗せて言う承太郎は、なんだか機嫌が良さそうだ。承太郎の腰に腕を回して「承太郎も飲むよね?」と問うと「飲まねえ。」と返ってきて、ノリの悪さにぶすくれた。
なんにせよ、同席はしてくれるようなので先程いた部屋に、改めて2人を引っ張った。
岸辺くんに「お話、続きできなくてごめんね。」と謝ったらため息をついた後「別に、いつでも構わない。」と許してくれたので、ちょっとだけ承太郎に似ているのかも、と思ってしまった。後で典明に言ったら「全然似ていない。」と一蹴されてしまったが。
「典明〜。典明も飲もうよ〜〜!」
今さっき、5本目を開けた。眠ったあとから数えて、である。承太郎も「飲まねえ。」なんて宣言してたのに、既に3本目のビールを開けていて、典明に引っ付いてどうにかお酒を飲ませようとしている私を、笑って眺めている。
「はは。なまえさん、必死すぎ。」
そう言って笑う仗助くんは、先程お酒を1本飲んでいるため少し楽しそうでかわいい。
「仗助くん、よく見ると綺麗な顔してるのね。承太郎によく似てる。」
ジョセフさんの若い頃の姿は知らないが、きっとよく似ているのだろう。10年前のジョセフさんを思い出して、ちょっと涙が出てきた。
「うぅ…承太郎〜ポルナレフに会いたいよ〜!」
ジョセフさんから連想して思い浮かんだのは、ポルナレフ。あの旅を楽しく続けられたのは、彼の力が大きい。私が典親を出産した時に会いに来てくれたが、それ以来しばらく会えていないのだ。
「忙しい人だな…ほら、水。」
岸辺くんが呆れた顔でコップの水を差し出してくれたので大人しく飲み干し、「おかわり。」と催促すると「君ね…!」と怒りかけて、また、ため息をついて台所へ行った。みんな、私には優しいのである。
「ポルナレフさんって…確か、78キロのフランス人スよね!」
「なんだ、その変な情報は。」
仗助くんが得意気に前話した情報を披露して、岸辺くんに突っ込まれている。仗助くんは、その情報しか知らないのだ。岸辺くんは、もっと知らない。
「合ってる合ってる。そのポルナレフがね、バカなんだけど憎めないやつでさー!」
「ブッ…!」
ポルナレフについて語り始めると、承太郎は吹き出して、肩を震わせて笑っている。横を見ると典明も同じだったので私も可笑しくなって笑いだした。
なんだか、楽しい夜だ。夕ご飯に、昼に作ったカレーを食べたが全然足りなくて、ピザを頼んで飲み明かした。仗助くんは未成年だったので家に返そうとしたが「今日親いないんで。」と付き合ってくれた。本当に、悪い大人の手本になっている。