第1部 M県S市杜王町
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
-岸辺露伴視点-
「岸辺くん、お酒呑まない?」
これから真剣な話をするかもしれないというのに、なまえさんは明るい表情でそう言った。お酒…先程昼食のカレーライスを食べたばかりなのに…?とは思ったが、もしかしたらお酒を飲みながらの方がリラックスして話せるのかもしれない。花京院さんは心配そうになまえさんを見ているが、特に強く止めたりはしないらしい。
「いいね。うちには買い置きはないから、買いに行こう。」
そう言って家の前まで車を回し、助手席のドアを開けようと外に降りると、既に花京院さんがスタンドで後部座席のドアを開けていたので、今度は大人しく引き下がった。彼に嫌われるのは本意じゃない。出発前にミラー越しに花京院さんを見ると、ジロリと睨まれた。…何もしていないじゃあないか。
「帰りは承太郎に迎えに来てもらお。ね、典明。」
横にいる彼女が楽しそうに彼に話しかけると、僕と交わっていた視線をすぐに彼女に向け、柔らかい笑みを浮かべた。いつもの、彼女に向ける綺麗な笑顔だった。分かりやすい態度にため息が出そうになるがそれを飲み込み、車を発進させた。向かうのは、近所のスーパーだ。
そこでかなりの量の酒とツマミを買い込み、ダンボールに詰めて車に積み込んだ。帰りの車も来る時と同じく花京院さんには睨まれたが、もうこれは彼の通常運転だと思って気にしないことにした。僕が言うのもなんだが、かわいらしい人だと思った。
「じゃ、話そうか。典明と出会ったところから、だったっけ?」
お酒の準備は万端。時間もたっぷりある。彼女は話を始めようと口を開いたが、花京院さんとの出会いは前回聞いている。だが彼女が花京院さんの話をする時の顔が見たいので、「あぁ。そこからだ。」と同意をした。…花京院さんは、こちらの意図に気づいているのか眉間に皺を寄せていたが。
「典明との出会いはね、承太郎の家だったんだけど、すっごい綺麗な男の人だなーって思ったの。」
そう言うなまえさんの顔は、頬を僅かに赤らめて、恋する乙女の顔をしていた。やはり、彼の話をするなまえさんはとてもかわいらしい。
「DIOに操られて、利用されて。そんな彼を、私は彼を助けたいと思ったんだ。」
彼女の瞳が、僅かに闇を覗かせた。今の言葉から推測するに、続くとしたら"結局、助けられなかったけど"という所だろうか。
「あ、手当てをして、夜、体を拭いてもらおうとお湯を持っていった時に、脱いだ学ランを預かったんだけどね!これがもういい匂いで…!男の人からする匂いとは思えなくて、思わず嗅いじゃうところだった!」
…なるほど、なまえさんは匂いフェチ、と。
「そのあと、典明と…その時はまだ花京院さん、って呼んでたね。典明も、私の事みょうじさん、って。その後すぐ、花京院くん、なまえさん、って呼び始めたんだ…。懐かしい…。私、典明に"なまえさん"って呼んでもらうの、結構好きだったんだ。」
時折2人は見つめ合い、微笑み合い、幸せそうに話す。花京院さんも、昔を懐かしんでいるようだ。
「そう、それでそのあと、花京院くんとお話したんだけど…。私の過去とか、体質とか、全部受け入れてくれて…。それに物腰も柔らかくて、王子様みたいでしょ?その時、この人は、私が待ちに待った、私の王子様かもしれないって思ったの。…今思えば、この時既に好きだったのかも…。」
照れながら笑う彼女に、花京院さんは驚きつつも僅かに頬を染めた。彼の様子を見るに、いつから好きだったかを、今知ったのだろう。全く、僕がいるっていうのに、完全に2人の世界じゃあないか。そして2人の周りに花が見える気がするのは、漫画の描きすぎだろうか?
「そしていよいよ飛行機でエジプトに行く事になったんだけど、スタンド攻撃で飛行機が墜落する事になって…。」
「待て待て、飛行機が墜落だって?そうそうある事じゃあないぞ!」
そのまま話の続きを話そうとするなまえさんに、思わず口を挟んでしまった。そんなにサラッと言っていい言葉じゃあないだろう。だが僕の言葉を聞いた2人は、目をパチクリさせて不思議そうな、意外そうな表情を浮かべている。
「あぁ、そう…そうだね。あはは!」
何がおかしいのか分からないが、彼女は声を上げて笑っている。隣にいる彼もだ。ふとテーブルを見たら既に1缶飲み終えて2本目に手を出している。ペースが早い。
「あの旅、乗り物が9割壊れてたから。そうだよね、普通墜落なんてしないよね!」
その言葉に軽く目眩がした。乗り物が9割壊れるなんて、そんな話があるか!いや、事実としてあったのだろう。それ程までに、過酷な旅だったのだ。そりゃ、ただ力が強いだけの女子高生もここまで強くなるわけだ。
「本当に、危険な旅だったって分かったよ。…続けて。」
「うん。それで、飛行機が墜落するってなったんだけど、私泳げなくてね。」
ほぅ…これはどう切り抜けるのか気になる。思わず前のめりになって、話の続きを聞く体勢を取った。
「典明が、冷静じゃなくなった私の顔を抑えて、優しく声をかけてくれて…。綺麗な顔があんまり近くにあるものだからドキドキしちゃったんだけど、彼の綺麗な瞳を見ていたら、不思議と怖くなくなってきて。」
その言葉を聞いて、不意にオーソン横の路地での出来事を思い出した。あの時の彼女は、花京院さんの真似をしていたのだろうか?だとしたら、かなり顔が近かっただろう。彼の、綺麗に整ったあの顔が、目の前に。思わず2人のその姿を想像したが、あまりの近さに嫉妬してしまいそうだったので頭から打ち消した。
「海に落ちたあとは、ハイエロファントに引き上げてもらってね。救助が来るまでボートに揺られてたんだけど、その間ずーっと花京院くんが優しくて…。」
ハイエロファントとは、彼のスタンドの名前だろう。法皇とは、実にカッコイイ名前じゃあないか。
その後香港でポルナレフというフランス人も仲間に加わり、陸路、海路での旅が始まったのだと言う。そして乗った船が爆発により沈没し、ボートで救助船に乗り込んだもののその船がスタンドで、倒したところで船が無くなってしまったと聞いて、今度は頭が痛くなった。まだ旅は始まったばかりだと思うのだが、本当に乗り物が壊れるのが早い。
彼女は消えゆく船から逃げる時に花京院さんが抱き上げて走ってくれたと嬉しそうに話すが、それどころじゃあない。まるでパニック映画でも観ているかのようだ。ハラハラする場面が多すぎる。
「あぁ、確かその頃じゃなかったっけ?服とピアスを貰ったの。」
彼女は花京院さんにそう問うと、彼は頷いた。彼女が今日ちょうど着ていた服と、赤い石のピアスが2つ。花京院さんにプレゼントしてもらったのだと嬉しそうに教えてくれた。
「ふむ…。貴方によく似合うと思っていたんだ。白い肌に、赤いピアスがよく似合う。もちろん、その服もだ。」
僕の褒め言葉に反応したのは、意外にも花京院さんの方だった。なまえさんも、えへ、そうでしょ?と嬉しそうにしているが、彼は腕を組みながら口をへの字に結んでいるが顔は嬉しさを隠しきれずにプルプルと若干震えている。その姿がなんだかかわいらしく思えて少し笑ってしまうと、彼は眉間に皺を寄せてそっぽを向いてしまった。なまえさんの言う通り、彼は意外にもかわいい人、なのかもしれない。