第1部 M県S市杜王町
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-岸辺露伴視点-
承太郎さんとホテルで別れた後、茫然とした気持ちで自宅に帰宅した。だいぶボーっとしていたらしく、家の玄関の鍵を回したところで帰ってきたのだと気がついて、よく事故らなかったものだと我ながら感心した。
いつもはすぐに仕事部屋へ行くのだが、どうせ今日は描けないだろうと、そのまま風呂場へ行きシャワーを浴びた。シャワーを浴びながらもボーッとしてしまったらしく、上がった頃には逆上せてしまっていたので台所へ行き、コップ一杯の水を勢いよく飲み干した。
「ハァーー……。」
思わず長いため息が漏れる。
こんなの、僕らしくない。調子が狂う。狂わされている。みょうじ なまえという1人の女性と、花京院典明という、彼女の恋人に。
「まさか、子供までいたなんて……!」
それは今日一の衝撃の事実だった。元々2人の間には、何人たりとも入り込む隙なんてなかった。だが、2人の子供がいるとなると、2人の繋がりはより強固なものになるだろう。と、思う。
如何せん、僕にはそういった経験がない。もちろん人並みに恋人を作り、恋愛ごっこのようなものは経験があるが…。あの2人のように、お互いを想いあい、愛し合っているのをそばで見ていると、自分の経験してきたものはなんてチープな偽物だったのだろうと思い知らされる。あの2人の"愛"は、きっと本物なのだろう。魂で繋がっている、絆、というのだろうか。それが確かに、あの2人の間には、あるような気がしてならない。僕には決して、経験できないような事だ。
「クソ…ッ!」
悔しい。あの2人は魂で惹かれあっているのに、僕にはそれが理解できない。それがどうしようもなく悔しい。
ダン、とテーブルに打ち付けた左手がジンジンと痛んでくる。それすらも今の僕をイライラさせる要因のひとつとなっていく。
……今日はもう、何かを食べる気にもならないな。
台所の電気を消し、無意識に荒々しく扉を閉めて2階の寝室へと上がり、そのままベッドへと倒れ込んだ。
このモヤモヤした気持ちの正体が知りたくて承太郎さんに会いに行ったはずなのに、結局、何も変わらないどころか悪化してしまった。困るんだよ、これじゃあ。
「なまえ、さん。」
恋する乙女の如く彼女の名前を呟くと、胸の奥の方がなんとも言えないような感覚になって、羞恥で顔を抑えた。何をしているんだ、僕は…!!恋というやつは、こんなに厄介な物だったのか…!僕を僕じゃないものに変える、とても厄介な代物だ。
とりあえず今のこの状況は、僕が今まで思っていた"恋"とは全然違った。今までの認識が、間違っていたのだと気づかされたのだ。僕の中の認識が更新された。今も頭は彼女の事でいっぱいなのだが、漫画家としての僕が体を動かす。この、今の僕の感じている感情を、メモしなくては!と。サイドテーブルの引き出しから紙と鉛筆を取り出して、思いつく文字の羅列を忘れないように書き出していく。きっと、忘れる事はないのだろうが。
結局、朝まで眠れなかった。最悪な気分だ。窓から差し込む朝日を睨みつけながら体を起こすと、ところどころ体が軋んだ。
クソ…みょうじ なまえ…!この岸辺露伴を、ここまで追い込むなんて…!
寝不足の頭で、ほぼ八つ当たりではあるが、段々と彼女に対して怒りの感情が湧き上がってくる。
こんな時は、ジムに行くに限る。頭を空っぽにしてランニングマシンにでも乗っていれば、少しはこの気分もマシになるだろう。思いがけず徹夜してしまったので、倒れないように気をつけなくちゃな…と考えながら、ジムへ行く支度をして家を出た。朝食は、喫茶店のモーニングにでも行こう。
本調子ではない体を気遣いながら走っていると、やはり予想通り、頭がすっきりと冴えてきた。かれこれ30分は走り続けている。そろそろ一度、休憩でもするか…と、マシンのスイッチを押すと徐々に減速し、やがて停止した。水分の補給をしながら考えるのは、やっぱり彼女の事だったが、ランニングのおかげでいくらか冷静だ。
僕は、彼女の事が好き。文字にすると陳腐な言葉に聞こえるが、それ以外にいい言葉が見つからない。だからそれでいいのだ。恐らく傍から見たら、それが事実なのだし。
そしてその彼女だが。彼女には恋人がいる。それも完璧な。イケメンで、身長も高く、優しくて、強くて、そして彼女の事をものすごく大事にしている。正直、普通に考えたら敵わない相手だろう。
あの2人は、愛し合っている。誰がどう見ても、だ。恋愛事には興味がない僕にも分かるほどに、彼等は愛し合っている。愛がどういうものなのか分からない僕が、そう思うほどには。
彼女にはきっと、花京院さんが必要不可欠で。彼もまた、なまえさんが必要不可欠なのだろう。まるで、体の一部であるかのように。
「体の一部、か…。」
口にすると、妙にしっくりきた。あの2人は、きっと2人で1人なのだ。まるでスタンドのように。
それに気づいたら、再び頭の中に広がりかけていたモヤが晴れていくのがわかった。
なんだ、そうか。あの2人が2人で1つなのだというのなら、それを受け入れて、全て愛してしまえばいいのだ。なまえさんはもちろん、花京院さんの存在ごと。
そもそも僕は、花京院さんだけに見せる彼女の表情が好きだったのだ。逆に、既に彼女だけに見せる花京院さんの顔も、美しいとさえ思っている。
いつかはその彼女の笑顔が、僕にも向けられればいい。そうなってほしい。これはあくまで、僕の、僕だけの願望だが。
「…よし。」
思い立ったが吉日。思いついたら即行動。次に彼女に会ったら、今の僕の想いを伝えよう。できれば、花京院さんにも聞いてほしい。
もう少し、走るか。
もう少し走って、シャワーを浴びて、昼はカフェ・ドゥ・マゴでランチでも食べよう。そして家に帰ったら、昨日の遅れを取り戻そうとこの後の予定を立て、再びランニングマシンへと戻った。