第1部 M県S市杜王町
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ピンポーン、ピンポーン、ドンドン、と、目の前の典明はハイエロファントで承太郎を呼んでいる。よく見ると中に触手まで伸ばしているのが見えて、こんなに取り乱す典明は初めて見るなぁ、と、呑気なことを考えていた。
「どうした、花京院。」
体にハイエロファントの触手がグルグルに巻き付いた承太郎が、ドアを開け部屋から出てくると、ハイエロファントが承太郎の胸ぐらを掴んで部屋の中へと押し返した。こんな典明、本当に初めて見る。私はただ事じゃない典明の様子に、彼の腕に手を置いて制止した。しかし、てっきり彼は、怒っているのかと思ったが、どうやら違ったらしい。彼から感じるこの感情は、怒りではなく、悔しさ。切なさを含んだ彼の感情が彼の腕から私の手に伝わってきて、私の胸がチクリと痛んだ。思わず手を離すと、典明も、承太郎を掴むハイエロファントの手を離した。
「ハァ…露伴に会ったか。…彼は、言ったんだな…。」
承太郎は岸辺くんの名前を呼び、ため息をついた。承太郎は、岸辺くんの今日の行動の意味を知っているのだ。
典明は承太郎に何か伝えたい事があるのか、私の方を見て手を伸ばした。
「なぜ、岸辺くんを迎えに寄越したんだ。って。」
彼の手を取り、言葉を代弁すると承太郎は椅子に腰掛けて返答をする。
「花京院。俺はお前達2人なら大丈夫だと思って、露伴に、何も言わなかったんだ。そもそも、俺は止められる立場でもないが。」
承太郎の答えたそれは、質問の答えになっていない。
私が思ったのと同様に、典明もそう言っている。
「なぜ露伴に迎えに行かせたか、か…。なぜだろうな。よく、分からん。」
本当に分からないのだろうか?承太郎は口元に手を当て、真剣な顔で遠くを見ている。
「彼を、試そうとしたのかもしれん。…お前に、2人の間に入り込む度胸があるのかと。」
度胸試しと、承太郎はそう言った。確かに岸辺くんは、とても承太郎や私のように、度胸があるようには見えない。承太郎はきっと、岸辺くんが諦めると思っていたのだ。しかし、彼には私達の間に入ろうとする度胸と覚悟があった。勢いで言った訳ではないのは、先程の彼の態度を見れば分かる。しかし、まだ数回しか会った事のない私を、どうしてそこまで…。私には、彼が分からない。そこまで彼の事を、知らないのだ。それは、典明にも同じ事がいえる。
典明を見ると、彼の瞳は不安で揺れている。手から伝わってくる感情も、不安や、悔しさといった感情だ。
「典明、私を見て。岸辺くんの事なんて関係なく、私は典明が好きよ、愛してる。…典明は、違うの?」
典明を安心させようと、優しい笑顔で、手から典明に私からの愛を流した。彼は私の、違うの?という言葉に、彼はふるふると首を振って、下を向いてしまった。
「典明。典明も今までと変わらず、私だけを見てて。私だけを愛して。大丈夫。大丈夫だよ、典明。」
もっと。もっと、典明に私の愛が典明に伝わるようにと、これでもかってくらいに典明の事を想った。典明。典明、好き、大好き、愛してる。頭の中をその言葉でいっぱいにすると、やがて典明はゆっくりと顔を上げ、私を見た。その瞳は涙に濡れ、その色は私の指輪とよく似ていて、キラキラと輝いていて綺麗だ。
「僕も、君を愛してる。ずっとだ。」
涙を流してそう言った彼はとても綺麗で、こんな状況であるのにも関わらず創作意欲が湧き上がってきた。典明の泣き顔は本当に綺麗で、この顔だけで20枚…いや、30枚は描けるだろう。
「ありがとう、典明。」
だけどこのまま典明を悲しませている訳にはいかないと、安心させようと典明の頬に手を伸ばした。"掴む"わけではないため私の手は彼をすり抜ける。はず、だ、が…。
「「!」」
突然の現象に、私達は無言で体を離した。それを見た承太郎は「2人とも、どうした?」と、私達を心配した。2人で承太郎を見て、そして改めて、お互いを見た。そしてどちらともなく再び近づき、スタンド能力も解除して、お互い手を伸ばした。
「!!典明…!!」
「これは…。」
チョン、と触れた手を、典明は恐る恐るといった様子でゆっくりと動かして、私の手を握った。そう、握ったのだ。典明の手が、私の手を。
私も逆の手を典明の胸に伸ばすと、トン、と触れた。体に、触れている。今まで、どんなに触れたいと願ったか分からない、彼の体。顔にだって。
なぜか、承太郎には未だ触れられないようだが、そんなの、今の私には関係ない。典明に、触れられる…!
「う…典明…典明…ッ!」
彼の匂いを吸い込もうと、彼の胸に顔を埋めて泣いた。けど大好きな彼の匂いはしなくて、少し残念だがに思ったが、それでもいい。背中を、典明の腕が、私に触れられる事を確かめるように、ペタ、ペタ、と触っている。
典明を見上げると、彼の瞳はまだ濡れていたが、私と目が合ったのを確認すると、くしゃりと顔を歪ませて笑った。彼のその顔を見て私も笑顔を返したが、私も多分、同じような顔をしていただろう。
お互いがお互いの涙を指先で優しく拭って、やがてどちらともなく顔を近づけていき、私達の唇が重なった。
事前にキスの予感を感じて背を向けた承太郎に心の中で感謝し、私達は長い時間、お互いの唇に触れられる事を確かめるように、しばらくの間、唇を離せなかった。途中で閉じていた目を開けると彼も目を開けていて、目が合うと優しく目を細めた。あぁ、好き。大好き。
「…終わったか?」
承太郎の声を聞いて典明は、彼の存在を思い出したかのように顔を離した。もう少し、こうしていたかったのに…。
「ありがとう、承太郎。」
静かに背を向けてくれて。と、心の中で付け足した。
顔は離れたが体は抱き合ったままでいると、振り向いた承太郎が驚いた顔を見せた。典明が、私を離そうとしないのだ。離したくないと、かわいらしい彼の無言の願いに、応えないわけにはいかないだろう。
「これじゃあ、露伴の入る隙なんて全くないな。」
そう言ってやれやれと笑った承太郎に、先程の岸辺くんの話を思い出した。典明も同様で、私を抱きしめる体を僅かに固くした。
「岸辺くん、典明に認めてもらいたいって言ってたね。」
私の言葉を聞いた典明は、苦い顔をしている。岸辺くんに出会ってから典明は、私が今まで見たことのない顔をするようになった。その点では、岸辺くんに感謝である。
「そうだ。ねぇ承太郎、見せたい物があるの!」
典明の腕を解いてバッグからアルバム帳を取り出し、新しいページを承太郎に見せた。一昨日の朝に聖子さんが撮ってくれた写真で、昨日現像して、今日の別れ際に渡してくれたものだ。
「いい写真だな。…というか、花京院も寝るんだな…。」
いい写真だと言った承太郎の顔は完全にお父さんのそれで、なんだか少し寂しい。しかし、後に続いた言葉には激しく同意した。
「ね!私、知らなかった!…典明も典親も、めちゃくちゃかわいいよね…!?」
承太郎に向けて小声で同意を求めたつもりだったが、普通に聞こえていたらしく、典明に頬をつねられた。全然痛くないそれに典明の優しさを感じて、嬉しくなって思わず頬が緩んでしまった。