第1部 M県S市杜王町
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「じゃあね〜なまえちゃん!近いうちに承太郎も連れてきてね〜!」
「パパ、ママ。お仕事がんばってね!」
2人に見送られ、空条邸を後にする。が、忘れ物!と言って戻り、2人の頬にキスをすると、2人ともキスを返してくれた。うん、これで、しばらくは頑張れる。
「じゃあね、2人とも。大好きだよ。」
最後にそう告げて、今度こそ空条邸を後にした。
「君は、本当にかっこいいな…。」
ヘリポートへ向かう車内で、彼はそう言った。かっこいい、とは。世界一かっこいい典明に言われると、違和感がものすごいが。
「典明のかっこよさには、敵わないよ。典明は世界一、かっこいいから。」
そう言うと彼は笑うだけだった。本当に、事実なのに。
「典明…頑張ろうね。」
ちょっぴり真面目にそう言うと彼は、うん、と静かに頷いた。杜王町に、殺人鬼のいるあの町に、戻らなければ。気持ちを、切り替えなければ。
「みょうじさん、これを。」
杜王町の町外れに着陸したヘリコプターから降りると、預けていた上着とアクセサリー類が返却された。
金属はだいぶくすんできて、上着もよれてきていたので、帰省と同時にメンテナンスに出していたのだ。
返ってきたそれらを確認すると、アクセサリー類は新品同様だ。上着の方は、もうだいぶ着古しているので新品には程遠いが、とても綺麗な状態で返ってきた。彼の、典明の学ランをリメイクした、私の上着。夏以外はほぼ毎日着ているので、劣化が早いのだ。
「ありがとうございます。助かりました。」
丁寧にお礼を述べ、ピアス、髪飾り、指輪を装着した。やっぱり、これらがあると安心する。そして最後に、バサッと上着を羽織った。うん、いつもの私だ。
気持ちを切り替えて、私達は歩き出した。
「ん?岸辺くん?」
承太郎との待ち合わせ場所へ行くと、いたのは承太郎ではなく岸辺くんだった。ヘリポートからホテルまで行くのに、承太郎が車で来てくれるはずだったが…。
「すまない。承太郎さんに頼まれて…。ホテルまで送りますよ。」
数日前とは雰囲気が違う。何かあったのか…?と思ったが、緊急事態ではなさそうなので、何も言わず彼の言葉に従うことにした。
「承太郎、事前に言ってくれてもいいのに。」
典明は警戒した様子で姿を現している。
「僕もさっき連絡をもらってね。何がなんなのか分からずにここに来たんだ。…犬は?」
岸辺くんはキョロキョロと辺りを見回す。出発した時にいたイギーがいない事に気がついたのだろう。
「あぁ、懐いて離れなかったから置いてきた。お留守番。」
典親がイギーに懐いてかわいがっていて、イギーも聖子さんが大好きだし典親にも心を開いて、なかなか離れようとしなかったので置いてきた。イギーを迎えに行くという、承太郎と一緒に帰る理由にもなるので一石二鳥だろう。
「ふぅん。…さ、どうぞ。」
イギーのことはさほど気にしてないようだ。岸辺くんが助手席のドアを開けてエスコートしてくれるが、典明が即座にハイエロファントでドアを閉じた。そのまま岸辺くんは諦めるかと思われたが、意外にももう一度ドアを開け、もう一度ハイエロファントが閉じる。ガチャ、バタン、ガチャ、バタン、と何度かそれを繰り返したところで「どっちでもいいから早くして。承太郎に会いたいの。」と私の我慢の限界がきた。承太郎に早く、見せたいものがあるのだ。
結局、乗ったのは後部座席だった。ハイエロファントがドアを開け、典明にエスコートされたら乗るしかなかった。岸辺くんには申し訳ないが。
「なまえさん。」
岸辺くんが静かな車内で私を呼ぶと、典明がピクリと反応を示す。なまえさん、と。いま、そう言ったか、岸辺くんは。
「はい…?」
今まで岸辺くんは、きちんと典明の言った事を守っていたので、まさか典明の許可なしに名前で呼ぶなんて思ってもなかった。驚きから敬語で返事をしてしまった。
彼の纏う雰囲気もいつものものとは違っていたため、車内は僅かに緊張感が漂っている。
彼は決意したかのような表情を示し、言葉を慎重に選びながら、言葉を紡ぐ。
「僕は、どうやら君の事が気になっている…いや、好き、みたいでね。」
「えっ。」
彼のその言葉を聞き、ハイエロファントが触手を伸ばして岸辺くんに巻き付こうとするが、私はそれを手で制した。
「典明。彼、運転中だから。」
口ではそう言ったが、私の頭は岸辺くんのまさかの告白に混乱していた。好き、とは。私が典明に抱いている感情と、同じ意味の好き、なのだろうか。
「自分自身、とても驚いているんだ。この僕が、誰かを好きになるなんて…思ってもいなかったんだよ。」
確かに、岸辺くんはあまり人が好きではないように見える。そこまで深い付き合いではないが、それくらいは分かる。
「既に知ってると思うが、僕は一度気になったら気の済むまで調べる質でね。ここ数週間、君と会うとおかしな感情になる事に気がついて…そしてこの数日で、僕を悩ませているこの気持ちがなんなのか、やっと分かったんだ。」
信号が赤になって車が止まり、岸辺くんがこちらに顔を向けた。その顔は初めて見る真剣な表情で、私は言葉に詰まった。
「返事はしなくていい。答えは分かりきっているからな。」
岸辺くんはチラリと典明を見る。岸辺くんも、典明も真剣な顔で向き合っている。
「ただ、なまえさんは、岸辺露伴が、君の事が好きなのだと、知っててくれればいい。…今はな。」
信号が青に変わる直前、彼は僅かに微笑んだ。優しい顔だった。私が小さい声で「うん。」と返事を返すと車は再び走り出し、やがてホテルのロータリーへと到着した。
「花京院さん。」
車から降りて去り際に、岸辺くんは典明を呼び止めた。あれから彼は無言で口をへの字に曲げてご機嫌ななめだ。典明が眉間に皺を寄せて岸辺くんを振り返ると、2人の視線は交差した。ただならぬ雰囲気に、私は声をかけることができずに静かに2人を見守った。
「僕は、貴方に認めてもらいたいんだ。敵対するつもりはないし、絶対、害は加えないと約束しよう。…なまえさんに誓うよ。…僕に、なまえさんを守る、手助けをさせてほしい。」
彼のその言葉を聞いて、典明は無言で彼を見据えた。岸辺くんも言いたい事は言ったと、じっと典明を見ている。数秒そうして見つめ合った後、典明がプイ、と視線を逸らして背を向けて歩き出したので、私は慌てて彼の背を追いかけた。
岸辺露伴が、私を、好き。今までそんな人、典明以外にいなかったので、突然の出来事に頭が真っ白だ。
それに岸辺くんは、典明ともいい関係を築きたいのだと言っていた。その点は、私としては安心できる言葉ではあったのだが…。
問題は、典明にその気がないのではないかという事だ。目の前を歩いていく典明は、肩が強ばり長い足を上手に使いズンズンと歩いていく。このまま行くのは承太郎の部屋だろうか。
当事者である私よりも取り乱す彼を見て、私の心は理解はできないまでも、既に冷静さを取り戻していた。