第5部 杜王町を離れるまで 後編
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挙式、披露宴が終わり、露伴の家に帰ってきた。典親と初流乃は、承太郎と共にそのまま杜王グランドホテルに宿泊する。
つまりは、この家には家主である露伴と、私と、典明だけだ。
広いこの家に3人だけというのは、なんだか久しぶりで少し静かで落ち着かない。
いや、落ち着かないのは、結婚式を終えたばかりだからかもしれない。
「露伴…あの…。」
入浴を済ませてから、露伴を呼び止めた。もう寝るつもりだったかもしれないが、このタイミングでなければ、もう言う勇気は出ないかもしれない。
「なんだ。今日は疲れただろう?まだ寝ないのか?」
「う、うん…。露伴に、伝えたい事があって…。」
口篭りながらもそう言うと露伴は、やや訝しげではあったがテーブルの向かい側に腰を降ろした。ちゃんと、言わなければ。
「えぇと、まず、露伴。今日はありがとう。」
「あぁ、どういたしまして?」
違う。これも必要ではあるが、本当に言いたい事は別だ。
「なまえ。大丈夫、落ち着いて。」
隣に座る典明の優しい声に、少しだけ気持ちが落ち着く。じっと瞳を見つめると、肩の力が抜けたのが分かった。さすがは典明だ。これで、ちゃんと言えるかもしれない。
「3人でアメリカに行った時、露伴に怒られたの、覚えてる?」
「あぁあれか。覚えてるよ。」
「…あの時、露伴は"僕とセックスできるのか?"って聞いたよね?」
「!…あ、あぁ、そうだな…。」
「あの時は、勇気がなかった。勇気がないくせに露伴にくっついて、好き好きー!って言ってた。ごめんね。」
「…それは、あの後、ちゃんと改善しようとしてただろ。だから謝る事じゃあない。」
それでも今、謝りたかった。露伴は受け入れてくれないだろうが。
「ありがとう、露伴。それでね…私、典明が1番なの。1番大事で、大切で、1番好きなの。これは変わらなかった。たぶん、これからもずっとそう。」
「……そうだろうな。」
「…だから…えぇと…、それでも、露伴の事は好き。尊敬もしてる。」
「それは前にも聞いた。」
「あぁ、そうだよね…。」
おかしいな。支離滅裂だ。それでも露伴は、私が話したい事を話せるまで待ってくれている。
「露伴…、キス、してもいいかな?」
「は?…今か?」
「うん…。」
「…僕は構わないが…いいのか?」
それは私と典明、どちらへの問いだろうか?典明へ視線を移すと優しい瞳でこちらを向いており、再度露伴の方へと向ける。しばし無言で見つめあって、意を決したように露伴が席を立ち、隣へと移動してきた。
「ありがとう、露伴。色々と、全部。」
「…こちらこそ。」
ちゅ、と小さな音を立てて重なった唇は暖かく、緊張も相まって心臓の鼓動を速くした。繰り返していくうちに深くなって、ぬる、と舌が絡まると脳が電気が走ったように痺れた。
「ち、ちょっと待ってくれ。…これはなんだ。僕を試してるのか…?」
試してる?違う。そうじゃない。
「露伴…私、覚悟ができたの…。」
「は…?覚悟って、なん、の…。」
「今ので分かっただろう、露伴。なまえは、君に体を許せるようになったって事だ。」
典明の言葉を聞き、露伴はガタ、と音を立てて後ずさった。
「露伴が、私に愛想を尽かしてなかったら…、私…露伴をたくさん、待たせたから…。」
「待て…。愛想を尽かしてなかったら、ってなんだ。…そんなわけないだろう。そんな、急に…。」
「急じゃないよ。露伴、ずっと待っててくれたじゃない。」
「そうじゃあなくてだな…!なんだって、花京院さんとの結婚式の日に…!僕だって罪悪感というものが…!」
ポロ、と涙が一粒溢れた。なんの涙かは分からないが、典明は優しくそれを拭ってくれた。
「典明…。」
「なまえがこうして、涙を流すくらいに勇気を出して言ったんだ。無理強いする事ではないし、するつもりもないが…。なまえの事も分かってほしい…とは思う。」
「…その言い方は狡いんじゃあないか、花京院さん。」
「そうか?…だけど、ここで断れば、後々後悔する事になるんじゃあないか?露伴。」
「……っ!」
私はもう、言いたい事は言った。あとは、露伴がどうするかだ。
「…今、僕とするとして、なまえさんは後悔しないのか?」
驚いた。ここまで来て露伴は、自分がどうしたいかではなく、私が後悔しないかを気にしているのだ。本当に、優しい人だ。
「後悔なんてしないよ。私、今まで後悔なんてした事ないもの。」
エジプトに行った事だって、典明が死んだ時だって、悲しみ嘆きはしたが、後悔はした事がない。
「はぁー……。…分かった。僕も覚悟を決めるから、少し、待っててくれないか。」
「あの…こんな事言うのは変かもしれないけど、無理はしないでね…。」
「…馬鹿か君は。ハァ…、こんな馬鹿が好きな僕も、大概だな…。気が変わらなかったら、僕の寝室で待ってろ、馬鹿。」
真っ赤な顔で馬鹿と連呼し部屋を出ていった露伴は、そのまま家の外まで出ていってしまった。典明は「照れ隠しだな」と言っていたけど、馬鹿を連呼するなんて、子供みたいだ。間違いなく典明ならば、そんな事は言わないのに。
「どうしよう典明…緊張してきちゃった…。」
「ふ…かわいい…。あんまり露伴が遅かったら、僕が食べちゃいたいくらいだ。」
「もう…誘惑しないでよ、典明…。」
「はは、本当にかわいい。」
ここで誘惑に負けてしまったら、さっきの努力が水の泡だ。
「ねぇ、最終確認だけど、典明は本当にいいんだよね…?」
私が後悔しなくとも、典明が実は悲しかったり、後悔するなんてあってはならない。そんな事になったら、さすがに私でもきっと後悔する。
「しつこいぞ。君が幸せなら、僕は幸せなんだ。言い方は悪いけど、僕じゃ足りない分を、露伴に埋めてもらうだけだ。それに僕は、君が思っているよりも露伴の事が好きだし、信頼してる。」
「私ばっかり幸せで、いいのかな…。」
「ふっ…、君だけが幸せなわけないだろ?君が幸せなら僕も幸せだって言ったじゃあないか。露伴も同じだよ。」
確かに露伴はいつも、私と典明が幸せそうにしているのを見るのが好きだと言っていた。
じゃあ、いいのかな…?
私も、典明と露伴が幸せなら幸せだ。もちろん、典親と初流乃も幸せじゃなきゃ駄目だが。
「典明…抱きしめてくれる…?」
「もちろん。おいで、なまえ。」
薄暗い部屋。抱きしめられた事で典明の匂いで満たされるが、部屋の中は露伴の匂いがする。露伴は今、どこにいるだろうか。あとどのくらいで、ここへやってくるだろうか。今、何を考えているだろうか。
典明の胸の中で、露伴が現れるのを静かに待った。