第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「この絵は、今から2年前の作品です。この頃はお恥ずかしい話、かなり精神的に憔悴しきっていた時期で…。"Tenmei"の中では珍しく、目元以外の顔を描けなかった物になります。何度も描き直した物になるので、今でも強く印象に残っています。」
今は新聞社のインタビュー中で、"私の過去作で特に印象に残っている作品は?"という質問に答えているところだ。露伴は暇を持て余し、記者たちと一緒になって私の様子を眺めている。意外にも真剣な顔で聞いているようで、少し緊張する。
「それと…やっぱり第1番は大事ですね。私は元々、画家になるつもりはなかったんですので、見よう見まねで描いた物なので今見ると下手くそなんですけど…あれは1番、思い入れは強かったかもしれません。」
典明と出会い、典明の肉体とお別れしたあとに描いた物。そもそも"Tenmei"は、典明が生きていた証を残そうと始めたものだ。1番最初の作品に思い入れがないわけないのだ。
「ありがとうございます。続けてお2人にインタビューをしたいのですが、宜しいですか?」
「はい。あちらのロビーにソファがありますので、そこでも良ければ。」
この新聞社のインタビューの後は、間を開けずに地元テレビ局のインタビューが入る。各々そんなに長時間拘束されるわけではないが、写真や映像に残るという事で疲れた顔はできないし姿勢も気を遣う。座れる時には座っていたかった。
「なまえさん。後ろのリボンが解けかけてる。」
「本当?ありがとう、露伴。」
「お2人は、仲が宜しいんですね。あぁ、これは雑談なので、お気になさらず。」
露伴が私の後ろに回ってリボンを結び直している間、記者の方に何気なく聞かれた質問。雑談だと前置きされたこれは、どういう意図で言ったのだろうか?
「まぁ、そうですね。芸術に関して言えば、美的感覚がほぼ同じだったので。だからこうして、コラボが実現したんです。」
「そうなんですね。これは雑談としては勿体ない。ちゃんと記事に書きましょう。」
記者のその答えを聞き、"2人は恋人同士なのか"と聞かれたのだと理解した。そんなの、言うわけないだろ!
「よし、インタビューを始めてくれ。」
ドサ、と音を立てて隣に座った露伴は足を組んでいて、いつも通り偉そうだ。記者の方達はあまり気にした様子はないが、私はどうかと思うのだが。
「では、改めて今回のコラボが実現した経緯は…
「つ、疲れた…。」
新聞社とテレビ局のインタビューを終えて、やっと休憩時間だ。これから1度家に帰って昼食を摂り、また午後には戻ってこなくてはならない。
「なまえ、お疲れ様。」
「典明…典明こそ、ずっと暇じゃなかった?」
「君が仕事してる姿を見られて、幸せだったよ。仕事中の君、かっこいいからな。」
「本当?典明がそう言ってくれるなら、お仕事もっと頑張っちゃお!」
「やる気を出してるとこ悪いが、早く帰ろうぜ。貞夫さん達が待ってるんじゃあないか。」
「!そうだね!」
承太郎に連絡し、岸辺邸近くの個室のあるレストランで合流する事にして、車を走らせた。貞夫さんがこんな田舎の町にいるなんて噂が広がったら、堪ったもんじゃない。そんな事になったらきっとすぐに人だかりができて食事どころじゃなくなるだろう。
「なまえ。」
「承太郎。何から何まで、ありがとね。」
「本当にな。個展だけチラッと見て帰ろうと思ってたんだが、まさかこんなにこき使われるなんてな。」
「それは本当にごめんね。色々終わったら、承太郎の仕事私に回してくれていいからさ。」
「本当だな?あとからやっぱり無理はナシだぜ。」
ニヤ、と口角を上げて笑う承太郎。一体何件回してくるつもりだろうか。まぁなんにしたって、承太郎には色々してもらっているので全て受け入れよう。
「まぁなまえちゃん!お化粧してもらって、ますます綺麗ね!」
「聖子さん。貞夫さんも、お待たせしました。」
「あぁ、気にしなくていい。」
「本当、ママ、綺麗だね。」
典親と貞夫さん、そして初流乃が並ぶと絵面がすごい。そこに典明まで並んだら、きっと眩しすぎて私の目は開かなくなってしまうかもしれない。
「なまえさんなまえさん。」
テーブルの奥側に座る仗助が小声で私を呼ぶので彼らの元へ行くと「俺ら、ここにいていいんスか!?場違いじゃないっスか!?」と心の内を打ち明けてくれた。確かに、この集団はなかなかに圧がある。
「大丈夫だよ。本当に気にしないで。初流乃を見てよ。めちゃめちゃ堂々としてるでしょ?」
「…初流乃は精神力がバケモンっスからね…。」
「仗助さん、聞こえてますよ。」
「ゲッ…!」
「あははっ!仗助も、初流乃には敵わないね。」
この場で萎縮してしまっているのはどうやら仗助と億泰のみのようで、初流乃に至っては自分から貞夫さんに話しかけたりしていて純粋に尊敬する。
萎縮してしまうのが当たり前なような気もしないでもないが。
しかし食事が進むにつれて緊張感は解れていき、貞夫さんが仗助の靴を「いい靴だな」と褒めた事で意気投合し、最終的には連絡先も交換したらしい。さすが年上キラー。
「すみません貞夫さん。5分程お待ち頂けますか?急いで着替えてきますので!」
食事を摂った後、もう1度岸辺邸に帰ってもらうのは気が引けたため車2台で会場まで直行した。それでも5分は待たせてしまうので申し訳ないが、せっかくなので手作りした衣装も見て欲しかったのだ。
「あぁ、別に構わないさ。ゆっくり着替えてきな。」
そう言って頭をポン、と撫でる手付きは承太郎のものに良く似ている気がする。やっぱり、親子だ。
着替えとメイク直しは本当に5分以内に終わらせてもらい、いよいよ、お披露目だ。
まだ私と典明、露伴以外に新作を見たのは初流乃しかいない。自信作ではあるが、やはり他の作品とはテイストが違って緊張感が振り返してくる。
「ふふ…なまえ、緊張してるね。」
姿を現して隣に立つ典明は、優しい笑みで私を覗き込む。その瞳は本当に優しくて、肩の力が少しだけ緩んだ。
「典明…。うん、さすがにね…。でも、早く見て欲しいな。」
「…僕も、僕が描いた"Tenmei"が認めてもらえるか、少し緊張するな。」
「露伴も、緊張するの?」
控え室から会場の入口へと向かう道すがら露伴がポツリと零した呟きは、私にとって意外なものだった。露伴はいつも自分の描くものに誇りを持っているから、不安に思っていたなんて知らなかった。
「そりゃあするさ。"Tenmei"は君のものだ。本来僕が描いていいものではないからな。僕としては最高の出来だが、それが人に認められるかどうかはまた別の話だ。」
「…そうだね。私達が良いと思ってても、見る人が違和感を覚えたら意味ないもんね。」
「そういう事だ。まぁ、今さらどうしようもないけどな。どんな反応だったとしても、受け入れよう。」
「露伴…芸術に関しては本当に真摯だよな。」
感心したように言ったのは、私じゃなくて典明だった。私も思っていた事だったので、無意識に口から出てしまったのかと思った。
「露伴のそういうところ、好きだな。尊敬する。」
「…ありがとう。」
「ふ…、2人とも、かわいいなぁ…。」
「本当?典明も好き。大好き。」
「ありがとう、なまえ。ほら、貞夫さん達が来たみたいだ。お出迎えしないとな。」
典明の声に外を見ると、大所帯でぞろぞろとこちらに向かってきている様子が見え、改めて佇まいを直した。
いよいよ、公開だ。