第1部 M県S市杜王町
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「典親!聖子さん!ただいま〜〜!」
実に数ヶ月振りに空条亭に足を踏み入れて、大声で帰還を宣言すると、中から聖子さんの「あらあら。」という優しい声が聞こえてきた。声の方向は、台所からだろうか?
「イギー。お疲れ様。ゆっくりしてて。はい。」
足は車内で綺麗にしてきたので、玄関でイギーをそのまま離し、コーヒーガムを1枚あげると、嬉しそうに咥えて2階へと上がっていった。もう、イギーも慣れたものだ。
「聖子さん?典親?かわいいなまえちゃんと、かっこいい典明くんが帰りましたよ〜!」
大きな声で呼びかけながら台所へ向かうと、ちょうど聖子さんと典親が出てくるところに出くわして2人とも抱きしめた。
「あら、ほんとだわ!かわいいなまえちゃんに、かっこいい典明(ノリアキ)くん!」
明るい聖子さんの声に、典明は丁寧にお辞儀をした。まるで、王子様のように。
「ママ!パパ!」
私のお腹に顔を埋めた典親が、私を抱きしめる腕はそのままに私達を見上げる。その笑顔が愛おしくて、私はしゃがんで小さな彼を抱きしめた。
「ただいま典親〜。会いたかった〜!」
クンクンと匂いを嗅ぐと、典明の匂いに似たいい匂いがして心が落ち着いた。私と典親に絡みついたハイエロファントの触手も、私の心を満たす材料になっている。
「もう、また匂い嗅いでるの?」
呆れたように言う典親の声は言葉とは裏腹に優しくて、彼の面影を感じたが、それを振り払うように、典親を抱き上げた。
「この服、着てくれてるのね。」
典親が今着ている服は、私がデザインした物。SPW財団でスタンド事件にあたる一方で画家としても活動をしているが、過去、典明の眼鏡をデザインした時の財団員さんがセンスを買ってくれ、たまにデザインの仕事も貰っていた。その過程を経て、近々まさかの、画家・みょうじ なまえとして子供服ブランドを立ち上げる予定でおり、私が、その服のデザインをしているのだ。典親が着ているのは、そのブランドのサンプル品だ。ただ典親に似合う服を、と思ってデザインしているだけなのだが、それが良いのだと褒めてもらえたので有難く商品化をさせてもらっている。
「うん。これ、僕に似合うから。学校でも褒めてもらえるんだ。」
そう言う典親の笑顔は本当に嬉しそうで、思わず涙が出そうになる。チラリと典明を見ると、私と同じように口元に手を当てて瞳を潤ませていて思わず笑ってしまった。
私も典明も、子供の頃のいい思い出があまりない。いい思い出があるのは、私は中学生、典明は高校生からだ。だから典親が楽しそうに学校に行っているのだと聖子さんから聞くと、本当に嬉しく思うのだ。
「さ、暗くなってきたし、ご飯にしましょ!イギー、ご飯よ〜!」
聖子さんが明るくイギーを呼ぶと、2階から走って降りてきたイギー。典親はイギーを見て目を輝かせたが、決して触りはせず、ただ私の腕から彼を見ていた。典親は、まだイギーに触れた事がないのだ。
イギーは典親に噛みつきはしないのだが、近づこうとするとプイ、とそっぽを向いて、どこかへ行ってしまうのだ。
「典親。あとでまた、イギーに触る練習しよっか。」
私がそう言うと、典親は素直に「うん。」と頷いた。本当に、かわいい子。イギーに対する恐怖が、少しでも軽くなりますように、と願いを込めて、典親の額にひとつ、キスを贈った。
「…ママ…相変わらずすごいねぇ。」
ものすごい勢いで食べ物が口に吸い込まれていく様を、典親は頬杖をついて眺める。その姿はまさに、エジプトで私の食事風景を眺めていた典明そのものだ。
隣で眺めている典明も、同じ格好でニコニコと眺めている。そして、さらに隣に座る聖子さんまでも。
波紋の呼吸を極めてから、私は食事が必要なくなった。厳密にいうと必要なのだが、以前のように大食いをする必要がなくなったのだ。それなのに聖子さんはいつも「なまえちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなのよ!」と言ってたくさん作ってくれるので、食べない訳にはいかないだろう。どれもすごく美味しいし!
典明もいつだったか、私が美味しそうに食べているのを見ているとこっちも幸せになる、と言っていた。私が食べる事で彼が幸せになるのなら、食べない訳にはいかないのだ。現に今、彼の私を見る瞳は優しく細められていてとても幸せそうだ。その笑顔を見て、私も幸せな気持ちになる。幸せの相乗効果が生まれている。お互い「幸せだなぁ…」と見つめ合っていたら典親に「パパとママ、ずっとラブラブだね!」と言われて嬉しかった。「そうだよ。出会った時から今まで、ずっとラブラブだよ。」と教えると「ふふ。」と幸せを噛み締めるように笑うものだから心臓が痛くなった。かわいい…かわいくて、苦しい…!
「お風呂、パパと入る。」
最近1人で入る練習をしているらしいが、今日くらいはいいだろう。行っておいで、と見送ると、2人仲良くお風呂へと向かっていった。
不思議なのだが、典明はいつも、私から離れられないはずなのに、典親がいれば離れられるのだ。離れられる、というと語弊があるが、典親の方にくっつく事ができるのだ。魂の繋がり、というものだろうか?真相は分からないが、とにかく典親と典明は、何かで繋がっているようだ。私と典明のように。
「何日くらいいられるの?」
聖子さんと洗い物をしていると、何気なくそう聞かれた。
「1週間!…は、いるつもりだったんだけど…ちょっと事件が起きちゃってね…。明後日には、出なきゃいけないの。」
本当は1泊2日で、なるべく早く戻るべきなのだが、無理言って1日延ばしてもらった。いや、承太郎はもう少しいてもいいと言ってくれたが、杜王町に住むみんなが心配なのだ。弓と矢の件もあるし、それに加えて殺人鬼なんて…。危険すぎる。
「そう…。気をつけるのよ、なまえちゃん。」
そう言う聖子さんは寂しそうな、心配するような顔をしていて、胸がきゅ、と痛んだ。
「大丈夫だよ、聖子さん。私には典明がついてるし、承太郎もいるし。」
努めて明るく言うと、それもそうね!といつもの明るい聖子さんの顔に戻って一安心する。聖子さんは本当に明るい。そして周りを明るく照らして、優しく包んでくれる。
「そうだ!私、聖子さんのためにデザインしたジュエリーが!」
濡れた手を拭き、鞄からいくつかケースを取り出して蓋を開けていくと、聖子さんも「あらあら、こんなに」と手を拭いてテーブルへとやってきた。
「この指輪、聖子さんの白くて細い指に映えるようにデザインしたの。こっちのネックレスは、大きすぎると聖子さんの美貌を邪魔しちゃうと思ってあえて小ぶりにしたの。それでね、このピアスなんだけど」
どれだけ聖子さんを思ってデザインしたのか伝えたくて、長々と説明をしてしまうが、聖子さんは優しい笑顔で全て聞いてくれる。そして最後には「どれも素敵すぎて早く使いたいわ!ありがとう、なまえちゃん!」と、本当に嬉しそうに言うのだ。はー、好き。もっと作ろう。
ジュエリーは本当にただの趣味として作らせてもらっている。販売も勧められたのだが、ジュエリーはつける人を見て細部まで拘りたいので断っているのだ。…断れる立場じゃないのは重々承知だが。
スッと指輪を聖子さんの指に付けてあげると「ふふ。なまえちゃん、王子様みたいね。」と少女のように笑った。昔、典明に指輪をプレゼントされた時の事を思い出して、静かに胸が震えたが、私はそれに、気付かないふりをした。