第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「承太郎〜!久しぶりね!会えて嬉しいわぁ〜!」
「承太郎さん!抱っこして!」
「あぁ…。」
リハーサルの翌々日。私は朝から…いや、昨日の夜からずっと、ソワソワと落ち着かなかった。露伴だけでなく仗助達にも「落ち着け」と言われたが落ち着けるわけがない。だって、いよいよ今日、あの貞夫さんに会えるのだ。
横で久しぶりの承太郎との再会を喜ぶ聖子さん、典親のやり取りも気にする余裕はなく、私はソワソワと承太郎が入ってきた玄関の扉を見る事しかできなかった。
「…親父、早く入ってきな。なまえが緊張のあまり吐きそうだぜ。」
「おぉ、そうか。ソイツはいけねぇな。」
「!!」
今まで何度か電話で聞いた事のある、耳触りのいい声。貞夫さんだ。コツ、コツ、と歩いてくる足音。それが近づくにつれて早まる鼓動音。そしてついに、足先が見えた。
「…なまえか?」
「!…あ、えっと…、貞夫さん…!」
想像していたよりも少し小柄だが承太郎に似ていて、だけど綺麗な顔というよりはワイルドなおじ様、という感じの人物が、私の名前を呼び、目の前に立っている。堂々としたその姿に、私は動けないし、言葉も出てこない。
「なまえ、息をするのを忘れてる。」
「ハッ…!」
典明の言葉を聞いて、忘れていた呼吸を再開する。初めて会う緊張と、貞夫さんのオーラに圧倒されて息をすることすら忘れていたみたいだ。
「写真で見るよりも綺麗だな、なまえ。」
「さ、さだ、貞夫さん…!は、初めまして…!」
「ははっ!そんなに緊張するな。こっちも緊張しちまう。」
ポンポンと大きな手で頭を撫でられ、体は完全に固まって動けなくなってしまった。
「せ、聖子さん…!貞夫さん、かっこいいですね…!助けて…!!」
「うふふ、そうでしょう?そんなに緊張してるなまえちゃん、初めて見るわ!」
いつもキラキラしている典明といい勝負なのではないだろうか?これが、大人の魅力。これが、オーラというものか。
「あの、貞夫さんに、ちゃんと典明を紹介したくて…!ろ、露伴、お願いします。」
少し離れたところで事の成り行きを見守っていた露伴を呼び頭を下げると、少し躊躇した後、こちらへと一歩踏み出し、頭を下げた。露伴のよそ行きモードだ。
「初めまして。漫画家の岸辺露伴と言います。この度は、なまえさんと個展を開く運びになりまして…ご挨拶が遅れて申し訳ありません。」
露伴がここまで謙っているさまは初めて見る。その様子を眺めていたら、なんだか冷静になってきて、乱れていた息を整える事ができた。
「えぇと…典明の魂がここにいるんですけど、それはご存知ですよね?その魂を、露伴の体に入れて、彼のスタンド能力を使う事で典明の姿に見えるようにする事ができて…。」
あぁ、ややこしい。言葉にするととても複雑だ。実際にやってみせた方が早い。
「よく分からないが、花京院くんに会えるのならお願いしたい。頼めるかな?」
「はい。花京院さん、いつでもいいぜ。」
露伴からの合図を受け、典明は少し迷った挙句、一度私の方に視線を移した。それに笑顔を返すと、典明からも笑顔が返ってきて、さらに気持ちが落ち着いた。
「……初めまして。花京院典明と申します。」
丁寧な挨拶のあと、これまた丁寧なお辞儀をして、二人は対峙した。あぁ、なんだかこの二人を見ているだけで胸がドキドキしてくる。
「初めまして、典明くん。へぇ、さすがなまえが選んだだけあるな。いい男だ。男を見る目がある。」
「!そ、そうなんです!典明はかっこよくて綺麗でたまにかわいくて、紳士的で優しいし、本当に非の打ち所がない完璧な人なんです!」
「なまえ…そんな、恐れ多いです。」
思わず条件反射で、典明のプレゼンを始めてしまった。謙遜している典明はかわいいし、それを見る貞夫さんの瞳はとても優しい。
「いや、そんな事はない。君の、なまえに向ける瞳や声色で、本当になまえを愛し、とても大事にしているのが分かる。」
「そうなのよ〜!この子達、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうくらいラブラブなのよ!」
「違ぇねぇな。」
「…ありがとうございます。」
照れてはにかむ典明がかわいすぎて、貞夫さんに感じていた緊張は全て吹き飛んだ。キュンどころかギュゥゥウン!って感じ。
「承太郎…典明がかわいすぎる…!」
いつも典明がかっこいい時などは露伴に報告していたのだが今は典明が入っているため、そばにいた承太郎の袖を掴んで報告したのだが「は?」と迷惑そうな顔をされた。ふざけんなよ。
「承太郎とも仲が良いんだな。」
「良くねぇ」「良くないです!」貞夫さんの言葉に即座に反応すると承太郎と被ってしまって、思わずお互い睨み合った。そんなところまで揃えないで欲しい。
「ハッハッハ!なまえ、承太郎を好きにはならなかったのか?」
「なりませんよ!私は紳士的な人が好きなんです!」
「そうか。承太郎は?」
「俺はやかましい女は嫌いなんだ。」
「私がやかましいって事!?しかも嫌いって言った!?」
「さぁな。自覚があるならそうなんじゃあねぇか?」
「ふっ…!」
典明が堪えきれず吹き出した事で、一同の視線は典明へと集まった。口元を抑えていた典明は咳払いをひとつして「すみません」と一言言ってすまし顔に戻ってしまった。
「僕は二人のやり取りを見ているのが好きなんです。…賑やかな家族ですね。」
そう続けた典明の瞳はなんだか羨ましそうに見えたが、貞夫さんはそれを見てさも当たり前かのように「何言ってるんだ。君もなまえと結婚するんだから、家族同然だろう?」と言ってのけるので危うく貞夫さんに惚れるところだった。
当の典明はその言葉に目をぱちぱちさせて、下を向いて、胸をぎゅ、と掴むので、典明の正面から抱きしめた。触れ合った典明の体は僅かに震えていて、背中に回した手で背中を擦ると「ありがとうございます…」と震える声で感謝を述べた。ぎゅう、と痛いくらいに抱きしめられて少し苦しいが、それさえも愛おしい。
「君の男前なところは、貞夫さん似だったんだな。」
「ふふ、そうかな?」
「だからかしら?私がなまえちゃんにキュンキュンする時があるのは。」
「それは本当か?おいおい聞いてないぜ。なまえ、俺のホリィを取らないでくれよ?」
「あはは、ごめんなさい。でも、私も聖子さん大好きなんです。」
「キャー!嬉しいわ!私もなまえちゃん大好きよ。」
「おい、両親と友達がイチャついてるところなんて見たくねぇぜ。あとにしてくれねぇか?」
承太郎の言い草に少しムッとしたが、私も目の前で承太郎がイチャイチャしてたらそうなるかもしれないと思い、仕方なく体を離した。典明のまつ毛は少し濡れていたが、涙自体は止まったようで安心した。
「…なまえ、そろそろ時間みたいだ。君と露伴は、着替えがあるだろう?」
典明の言葉を聞き時計を見ると、確かにもうすぐ出発しなければいけない時間だ。典明へと視線を戻すと既に体から出ており、露伴へと戻っていた。
「貞夫さん。私と露伴は先に会場に行かなきゃいけなくて…。それで、今この家には私達以外にもたくさんいてですね。」
「あぁ。なんだか家の中が賑やかだなと思ってたよ。」
「典親の他に、私が個人的に預かっている子と……聖子さんの異母兄弟と、その友達が泊まってて…。承太郎、紹介をお願いしてもいい?」
こんなに時間がギリギリになると思わなかった。手を合わせてお願いをすると、承太郎はため息を吐いて「やれやれだぜ…」と一言。渋々だが、承諾したという事だ。
「ごめん、承太郎!戸締りもお願い!貞夫さん、慌ただしくてすみません!またあとで!」
「あぁ、気をつけてな。」
きちんとした挨拶もできないまま、露伴と共に家を出る。必要なものは全て会場に置いてきているので、財布と車のキーだけだ。
「はぁ…さすがに緊張した…。」
「ねー。露伴と典明を見てたら落ち着いたけど、オーラがすごい。」
「あぁ。あれで非スタンド使いは嘘だろ。立ってるだけで圧倒されたぜ。」
「露伴でもそうなる事あるんだ。やっぱ貞夫さんってすごい人なんだね…。」
貞夫さんの放つオーラから解放されて、三人だけの車内で、一気に緊張が解けた。話しているうちに慣れたとばかり思ったのだが、全然そんな事はなかったらしい。今日は新聞社や地元テレビ局の取材、集英社の取材もあるので、ここからは気を引き締めなくてはならない。……でも、少しだけ、ほんの少しだけ休憩させてほしい。