第5部 杜王町を離れるまで 後編
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S市、S駅。新幹線が停まるこの駅は、この辺だと一番大きい駅で、人の量がものすごい。特に春休みの今は、若い子達が駅構内を埋めつくしているように思う。そんなところに私と初流乃が立っているとどうやら目立っていたらしく、何人かに声を掛けられた。所謂ナンパというもので、私と初流乃、男女で一緒にいるというのに声を掛けてくる精神力はすごいと思う。が、普通にうっとおしい。露伴をここに連れてこなくて正解だった。典明も今は、周りに姿が見えなくて良かった。
「お姉さん、ここで何してるの?待ち合わせ?時間があるなら…「待ち合わせしてるんです。それまでは僕とのデートの時間なので、貴方とどうこうする無駄な時間はありません。」
「ふふ、そうなの。だから諦めて。」
初流乃が割と辛辣な言葉で追い払ってくれているというのに次から次へとやってきて、本当にめんどくさい。
「あ。…典親!聖子さん!」
改札から出てくる目的の人を確認し初流乃の手を引いて歩き出すと、聖子さんさ少し視線をさ迷わせたあとこちらに気がついた。
目が合った典親が「初流乃くん!」と言ってまっすぐ初流乃のところへ行ったのには涙が出そうだったが、微笑ましいので泣くのは我慢した。
「アラアラ…初流乃くん、本当に金髪になったのね。」
久しぶりに会った聖子さんの第一声はそれだ。前に会った時はまだ黒髪だったから、金髪になった初流乃に会うのは初めてで、その綺麗さに驚いている。
「ふふ、お久しぶりです。そうなんです。黒髪、結構気に入っていたので残念です。」
「そうねぇ。でも、金髪も似合ってるわ!素敵!」
「ありがとうございます。」
聖子さんと初流乃が話している様子はなんだかぽわぽわしていてお花が見える気がする。癒される。
「パパは、なんか雰囲気が変わったね。もっとかっこよくなった気がする。」
「!分かる?露伴にお願いして、今は21歳くらいの姿なの。典親は大きくなったね。今、身長いくつ?」
「もう140センチだよ。だから、抱っこされると恥ずかしいんだけど…。」
抱っこしようと手を伸ばしたところを典親の言葉で制止された。我が子を抱っこできるのならしたかったが、このように言われては我慢するしかなかった。
「じゃあ、行こうか。車、向こうに停めてあるの。」
ここへ長居する理由もない。二人分の荷物を持って歩き出すと、初流乃が自然に聖子さんの手を取ってエスコートし、典親も初流乃の逆側の手を握っていてなんだか不思議な感覚がした。
なんか、初流乃…いつの間にか子供から大人になったな、と。
「ねぇママ。今日は露伴先生に会える?あと、承太郎さんは?」
「露伴は帰ったらいるよ。少ししたらママと出かけなきゃいけないんだけど、夕方頃には帰ってくるから。代わりに初流乃のお友達がいるから、たくさん遊んでもらいなね。」
「初流乃くんの友達?」
「仗助は前に一瞬、会った事があるかな?見た目は怖いけど、優しくていい子だよ。僕となまえの友達でもあるんだ。」
聖子さんの弟でもあるが。普通に考えれば会わせるのはあまり良くないかもしれないが、聖子さんはその辺気にしなさそうなので、大丈夫だろう。
「承太郎は明後日には来るって言ってたよ。一泊したら帰るみたいだけど。」
「えー、そっかー、残念。」
承太郎との時間があまり取られないと知って、典親は本当に残念そうだ。
「あの、聖子さん…、貞夫さんは…。」
「ふふ、あの人も明後日来るわよ。承太郎と一緒に来たりして。」
「本当ですか…!!…どうしよう、緊張してきた…!!」
「…さすがに、僕も緊張するな…。」
貞夫さんとは空条家と付き合いが始まって13年もの間、電話で話した事はあるものの一度も顔を合わせた事がない。それに、世界的なジャズミュージシャンで、私からしたら幻の人。そんな人と、明後日、ついに会えるだなんて…!あの典明も緊張するという事は、やっぱりすごい人なのだ。今日も明日も、眠れないかもしれない。
「僕が運びますよ、なまえさん。」
岸辺邸へ到着し、典親の荷物だけ下ろそうとカバンを手にすると初流乃がそのように声をかけてきた。典明を見てきたからか、元々か、初流乃は女性への気遣いができていて素晴らしい。それに素直に「ありがとう」と感謝を述べて聖子さんと典親を玄関へと案内しドアを開けると何やら騒がしい。この時間には着くと連絡をしていたのにまた喧嘩をしているみたいだ。
「露伴〜!かわいいなまえちゃんが帰りましたよ〜!」
大声で帰宅を告げると騒ぎは止んだが、物を壊したりはしていないだろうか?聖子さん達を残してリビングのドアを開けると三人ともいて、全員、険悪な雰囲気だ。「ちょっと待っててくださいね」と聖子さんへ断りを入れると「なまえさん、早かったな」と露伴が口を開いた。
「時間通りだけどね。聖子さんが来てるんだから、少しは大人しくしてね!」
「!…承太郎さんのお母さんっスよね〜…、緊張してきたっス…。」
「大丈夫だよ、仗助。聖子さんは意外とお茶目だし、全てを受け入れてくれるから。」
「承太郎さんの母ちゃんが、お茶目…?」
「見たら分かるよ。じゃ、もう呼ぶからね?」
あまり待たせるのも宜しくない。破壊されたり壊れている物はないかパッと部屋の中を見回し、異常がない事を確認して、リビングのドアを開ける。玄関には全員揃っていて、リビングから出てきた露伴を見て最初に反応したのは典親だった。
「露伴先生!お久しぶりです。」
そう言って露伴に駆け寄り脚に抱きつく典親がかわいくて、露伴が羨ましくなった。さっき抱っこを拒否されたから、余計に。
「よく来たな、典親。ホリィさんも、ご無沙汰しています。空条邸に比べたら狭い家ですが、ゆっくりしていってください。」
典親に懐かれ、聖子さんにきちんとした挨拶をする露伴の姿に、仗助と億泰は目を見開いて口を開けて、あからさまに驚愕の表情を浮かべていてさすがに笑ってしまった。
「聖子さん。こっちは仗助と、億泰です。承太郎から既に聞いていると思いますが…仗助は、その、ジョセフさんの…。億泰は仗助の友達で、初流乃含め私達も仲良くさせてもらってるんです。」
「…っス…!」
直接的な事は言うのを憚られ言葉を濁したが、ちゃんとこの場の人間には伝わっただろう。姿勢よく頭を下げた仗助を眺める聖子さんは少しの間を置いて「まぁ…こんなに若い子だったなんて…!」と口元を隠して驚いた様子だ。
「私にこんなかわいい弟がいたなんて、嬉しいわぁ〜!」
「…へ?」
「ふふ、そうですね!かわいいんですよ、仗助は。」
聖子さんの気の抜けるようなセリフが出れば、もう大丈夫。緊張していたはずの仗助は聖子さんの意外な言葉を聞き戸惑った様子だが、それもじきに消え失せるだろう。聖子さんのマイペースさは筋金入りなのだから。
「さぁ、立ち話もなんですし、座りましょうか。」
「なまえさん、お茶を淹れるのを手伝ってくれるか?」
「うん。初流乃。典親の荷物は一旦リビングに置いておいていいからね。」
「分かりました。」
初流乃の返事を聞き、露伴と共にキッチンへと向かう。今日は未だかつてないほどの人数がこの岸辺邸へ集まっていて、お茶を淹れるのも一苦労だ。
典親の分のジュースをコップに注ぎ「仗助と億泰も、紅茶よりジュースの方がいいかな?」と何の気なしに尋ねたら「あんな奴ら、水道水でいい。いや、空のコップでいいな」と言うので聞くんじゃなかったと思った。