第5部 杜王町を離れるまで 後編
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扉絵の制作も終わり、個展に向けての打ち合わせに参加しつつ、初流乃の服や個展の初日に着る衣装などを作るという相変わらずハードな日々を送り、気がつけば3月になっていた。
そろそろ結婚式の準備を始めようかというところだが、会場の手配や招待状に関しては既に終わっているので、今日はいよいよメインであるドレスとタキシードを見に行こうという日だ。
春休みが始まった初流乃と露伴も着いてこようとしていたのだが典明に一蹴されて、今日は久しぶりに典明と二人でデートだ。「何を着ていこうかな」と服を選んでいる最中に「これがいいんじゃあないか?」と露伴が指したのは彼がプレゼントしてくれた服で、「これは露伴の趣味で、典明の好みじゃない」と言ったら舌打ちをされた。理不尽にも程がある。
結局、少し前に典明に「君に似合いそうだな」と言われてすぐ買った新しい服に決めて、伸びてきた髪の毛をかわいくセットした。準備を終えて振り返ると典明は「今日も最高にかわいい」と目尻を下げて言うので朝からドキドキさせられた。典明だって、今日も最高にかっこよくて素敵!
「おふたりとも、いってらっしゃい」とキラキラした笑顔の初流乃に見送られて、典明と二人、迎えに来てくれたSPW財団の車に乗り込んだ。
「すごい…綺麗なドレスがいっぱい…。」
「本当にたくさんあるんだな…。君ならなんでも似合ってしまいそうだ。これは、選ぶのが大変だな。」
視界いっぱいにハンガーに掛けられた真っ白いウェディングドレス達。一面に所狭しと掛けられたドレスが、壁三面分もある。たくさんあって迷うが、この中からひとつだけ決めなければ。
「なまえ、君のドレスは僕が選んでもいいか?気に入らなかったら、また選ぶから。」
「!…もちろん…!私、典明が選んでくれたものならなんでも着るよ!嬉しい!」
「ふ…、かわいい事を言うなぁ…。代わりに、僕のは君が選んでくれると嬉しいんだが。」
「私が選んでいいの!!?ありがとう!光栄です!好き!」
「ははっ、うん。僕も君の選んだものだったら、なんでも着るよ。」
はぁ…典明は今日も王子様…!!21歳にまで成長した典明は大人っぽくなって、段々と色気が出てきて気を抜くと見とれてしまいそうになる。スーツじゃなくて典明の綺麗な顔に視線を奪われないように、気を引き締めなければ。
あまりにドレスが多すぎるので、まずはカタログで大まかなデザインを見ようと、スタッフさんにお願いして持ってきてもらったカタログを開くと、デザインだけでもたくさんの種類があるみたいだ。私も洋裁をやってはいるがドレスは専門外なので、見ているだけでワクワクしてくる。
「Aライン、は…よく見るウェディングドレスの形だな…。へぇ…こういう形もあるのか。…なるほど。」
ブツブツと独り言を言いながらカタログを眺める典明の顔は真剣そのもので、かっこよくてその横顔に見とれてしまう。本を触れない典明の代わりにハイエロファントの触手がページを捲っているので、私は特にする事がない。そのため典明の横顔を思う存分眺めていられる、幸せな時間だ。
「挙式と披露宴で違うドレスを着る事はできるのか、聞いてみてくれないか?…なまえ、僕に見蕩れてる場合か?」
「!…典明があまりに真剣で、かっこいいから…。」
「はぁー…、…だめだ、今すぐキスしたい…。」
「うん…あとでね。すみません、ちょっと聞きたい事が。」
やっぱり典明に見蕩れる時間ができてしまう。ここで流れに身を任せてしまっては、今日中に決まらないなんて事になりかねない。心を鬼にしてでも、ドレス選びを進めなくては。
「挙式のあとに会場を移動して、そのまま披露宴が始まるのが一般的ですが、着替えて頂いても構いません。ただ、お着替えには20~30分程かかってしまいます。」
「そんなにかかるんですか?」
「はい。ですので、ドレスを選べないという事であれば、ウェディングフォトという形で写真に残してはいかがでしょう?」
「写真…。典明、それでもいい?」
「うん。それならたくさん着てもらえそうだな。」
嬉しそうに顔を綻ばせているが、一体何着着替えさせるつもりだろうか。1着の着替えに30分かかるとして、撮影時間は…と考えたところで、それ以上想像するのはやめた。
「じゃあ、挙式ではプリンセスラインのドレスを着てもらって、写真を撮る時はこのエンパイアラインと、ミニ丈のドレスを。」
「そんなに色んなドレス、似合うかな。」
「似合うさ。僕が選んだものなんだから。」
「…もう…好き…。」
「それと、お色直しのドレスは何色にしようか?君は瞳の色がオレンジ色だから、水色だとか緑色が似合うかな?もちろんピンクだって黄色だって、なんでも似合ってしまうんだろうが。あぁ、色で悩むなら、露伴を連れてくれば良かったな。」
珍しく言葉が止まらない典明を見て、愛おしいなぁ、と感じた。彼の口から出てくるのは私に関することばかりで、なんだか典明の話をしている自分を見ているようだ。こういうところは、案外似ているのかもしれない。
「典明の瞳の色のドレスが着たい。デザインは、典明が選んで?」
「なまえ…、君、本当に…。」
典明の言葉は最後まで紡がれることはなくて、代わりに人前だというのに遠慮なしにキスが降ってきた。典明は他の人達に自分の姿が見えていないのをいい事に、何度も何度もキスをしてきて。嬉しい。嬉しいけど!空気を察してスタッフさんはすぐに離席してくれたが、これじゃあ顔を合わせづらいじゃないか。
「典明…、少し、大胆すぎるよ…。」
「ごめんね。君があまりにかわいい事を言うから、つい。」
出た。典明の"つい"。そう言われると私は何も言えなくなるのを分かって言っているのだ。狡い。
「さ、君のドレスを早く決めなくちゃな。」
そう言ってカタログへ視線を戻した典明の横顔は満足そうで、やっぱり私は何も言えなかった。これが、惚れた弱みか。
「で、結局決まらなかったのか?何しに行ったんだ、君達。」
「えーと…デート?」
「ふざけるなよ。」
ピシ、とおでこにそこそこの強さのデコピンがお見舞され、思わずおでこを抑えた。
午前中から行ってお昼を挟んで夕方まで、様々なドレスを見たのだが典明が「あれもいいしこれも捨てがたい」と結局絞り切る事ができなかった。元々今日だけで私のドレスも典明のスーツも決める予定だったので、驚くほど進捗が悪い。
「違うんだよ露伴。白いドレスだけで100着以上あったんだが、なまえ、全部似合うんだ。」
「私は楽しかったからいいんだけど、そろそろ決めないとまずいよなぁって。」
「おい。のんびりしてる場合か?君は暇なのか?違うだろう?」
言いながらトントンと肩を突いてくる指も地味に痛い。言いたい事は分かるが、選べなかったのは典明なのに。
「それはそうだけど…。ねぇ露伴、着いてきてくれない?」
「だから!今日僕を連れていけば良かっただろう!いつだ!」
「もう、怒らないでよ!来週の…「来週に回すな!明日だ!明日は僕も行くからな!連絡しとけ!」
「…はぁい。」
そんなに怒らなくてもいいじゃないか。と思ったが口にするとまた小言が始まるので大人しく口を閉じた。典明を見ると困ったように微笑んでいて、その顔の良さに癒された。明日はきっと典明のスーツも選べるだろうと思うと、楽しみで仕方なくなってきた。尤も、昨日も同じようにソワソワしていたのだが。