第5部 杜王町を離れるまで 後編
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恐る恐るリビングへと入ると意外にもいつも通りの二人と目が合って、典明が「なまえ」と柔らかい笑みを浮かべるので内心ホッとして胸を撫で下ろした。しかし、話が話だけにどんな話の流れになっているのか全くと言っていいほど読めない。だから、初流乃が言った言葉を、最初、理解できなかった。
「なまえさん。…僕、あの人のところに戻ります。」
「…!…え、っと…。」
心臓がドクンと嫌な音を立てて、思考が停止した。典明との間でどんな会話が繰り広げられたのかは分からないが、そんな、あっさりと…と、ショックの気持ちが大きい。行かないでくれ、と言いたいが、初流乃が自分で決めた事。その言葉は喉に詰まって、外に出す事ができなかった。
「なまえさん。僕、ここでなまえさん達と暮らせて、幸せでした。生まれてから今までで、一番幸せな時間でした。だから、もう大丈夫なんです。」
「は、はる、の……。」
涙が零れるよりも先に初流乃の指が頬を撫でて、その優しさに反応し、涙が零れた。ポロポロと続けて流れる涙を拭う仕草が優しくて、しばらく止まりそうもない。
「なまえさん、僕にたくさんの愛をくれて、愛を教えてくれて、ありがとうございます。これからも、遠く離れても、僕を愛してくれますよね?」
「…!…うん…。ずっと、初流乃の事、大事に想ってるよ…。」
「ふ…、ありがとうございます。」
初流乃がヨシヨシと頭を撫でてくれて、なんだか初流乃の方が大人で、泣いている私が子供みたいだ。初流乃は優しいだけじゃなく、強い子だな…。
「…なまえ、おいで。そんなに強く擦ったら、腫れるぞ。」
「ん…、典明…。」
ハイエロファントの触手がいつもより多めに巻きついて、そばにあったティッシュで優しく涙を吸い取ってくれる。おいで、と伸ばされた手を取ると優しく典明の膝へと誘導されて、大人しく、軽く腰掛けた。
「うん、偉い偉い。なまえも少し大人になったね。」
「初流乃、の方が、大人みたいだけど…。」
「そうですか?でも確かに、こうして泣いてるなまえさんは、子供みたいで放っておけないですね。」
「…なまえさん、13歳の子供に言われてるぞ。」
「露伴…うるさい…。」
今まで黙っていたと思ったら、口をついて出てくるのはチクチクしたからかいの言葉だけ。つい少し前は、あんなに優しかったのに!
「私、典明も露伴も初流乃も、みんな大好きだよ…。とっても、大事だよ。だから、離れて暮らしても、私の事、忘れないでね…!」
「ふふ…忘れませんよ。僕も皆さんの事、大好きですから。」
「初流乃の服、たくさん作るから、毎日着て。あと、小さくなったと感じたら採寸して、すぐに教えてね。」
「はい、分かりました。幸運のブローチも、毎日着けます。」
「本当にいい子だね、初流乃は。…イタリアはスリも多いし、ギャングもいるし…心配だなぁ。初流乃、今からでも、護身術の特訓しようね。」
「本当ですか?なまえさんに直接教えてもらえるなんて、嬉しいです!」
そう言って初流乃は本当に嬉しそうに私の手を握るので、気がついたら涙は落ち着いていて、ハイエロファントの触手はもう動きを止めていた。
「初流乃…残りの数ヶ月、たくさん、色んな事しようね…!」
「…はい。ありがとうございます。」
やっぱり、寂しい。それでも生きているのだから、会おうと思えばまた会えるのだ。SPW財団にお願いして、これからはヨーロッパ諸国の仕事は優先的に回してもらおう。そういえば、ポルナレフは元気だろうか?承太郎が結婚式をするという連絡をしたら「絶対に行くぜ」と返ってきたらしいが、私は久しく彼と連絡を取っていない。イタリアに行った時には、ついでにポルナレフにも顔を見せてあげてもいいかもしれないな。
「学校や、仗助達にも連絡しないとね。あと、SPW財団と承太郎にも。」
また、やる事がいっぱいだ。服も仕立てなくちゃいけない。こんなに大忙しで、個展が終わって結婚式をして、初流乃を見送って…全ての用事が済んだら、寂しさが一気に襲ってきそうだ。
「次のお休みは、みんなでお出かけしよう。付き合ってほしいところがあるの。」
「次の休みか…。ちょうど予定がないから構わんが、どこに行くんだ?人混みは遠慮したいんだが。」
「初流乃の服を作るのに、生地を選びたいの。露伴にも色を見て欲しいし、個展の時に着る服も作ろうかなって思って。」
「へぇ、君が作った服を着られるなんて楽しみだな。デザインは?」
「まだ紙に起こしてはないけど、なんとなく。相談しながら決めたいな。」
個展の衣装に関しては、個展のイメージに合わせてだいたいの色は決めてある。次の休みまでにデザインを決めて、必要な分の布も買ってしまいたい。思い立ったらすぐに行動するのがいい。
「初流乃の服は、完成まで楽しみにしてて。」
「はい、楽しみです。典親の服も、なまえさんが作ってるんですよね?」
「うん。典親と初流乃は顔の系統が違うから、一からデザインするのが楽しいよ。」
もうさっきまでの悲しい気持ちも薄らいで、少しずつ気分が上がってきた。
3人に機嫌を取ってもらって、なんだか恥ずかしいし情けない。特に初流乃なんてまだ13歳なのに、大人の私が機嫌を取ってもらってどうする。しっかりしなくては。
「私、初流乃を預かって良かった。ね、典明。」
「…あぁ。やっぱり、君はすごいな。」
「私、なんだかんだ幸運なのかも。承太郎と知り合って、典明と出会って…典明の死は、止められなかったけど…こうして今もそばにいてくれてるし。露伴のおかげで過去とも向き合えたし、初流乃も、DIOの子だっていうのに預かってみたらとてもいい子だったしね。」
初流乃はどちらかといえばジョセフさん伝手に聞いた、ジョセフさんのおじいさんであるジョナサンの方に似ているのかもしれない。真面目で紳士的で、正義感の強い人だったと聞いている。たまに笑顔で辛辣な言葉を吐く事もあるが。
「はぁ〜〜。初流乃を養子に入れれば良かった…。今なら私、ジョセフさんの気持ちが分かるわ…。」
「なんだ君、養子の話を断ってたのか。」
「私は…家族との繋がりを、少しでも残しておきたかったから…。ねぇ初流乃、今からでも遅くない。私の養子に入らない?」
「ふふ…お断りします。」
「えっ!な、なんで…!?」
まさか、笑顔で即答とは。一体なぜ。冗談めかして言ったが、結構本気だったので動揺が表に出てしまった。
「…養子に入ったら、なまえさんと結婚できないじゃあないですか。」
「…え?…あぁ、うん、それはそう、だね。…え?」
結婚?初流乃が、私と?なぜ?相変わらずニコニコしているが、本気で言っているのだろうか?反応に困る。
「…初流乃。なまえは、初流乃の13個上だぞ。」
「分かってますよ。でも、なまえさんの体は歳を取るのが遅いじゃあないですか。」
「おい。なまえさんはお前の母親代わりじゃあなかったのか?そんな目で見られていたと分かれば、戸惑うだろう。」
「あぁ、勘違いしないでください。なまえさんの事は好きですけど、母として好きなのか女性として好きなのか、自分でも分からないんです。だから、もし今養子に入って、後々これが恋だったと気がついた時、後悔するんじゃないかと思っただけです。」
典明と露伴は苦い顔で視線を送りあい、そして私を見た。うーん、これは一体、どうしたら…。
「私は、きっといくつになっても、何年経っても、典明が一番好きで、大事だよ。それに……、」
「なまえさん。大丈夫です。分かってます。別に無理に返事をくれなくていいんです。花京院さんの事を心から想っているのも知ってますし…。それに、続きも言わなくてもいいですよ。」
チラ、と逸らした視線は露伴へ向けられて、いい大人3人がピクリ、と僅かに体を硬くした。初流乃…露伴との関係にも気づいて…!
「僕は、なまえさんを困らせたいわけじゃあない。この気持ちが何なのか知るためにも、離れて暮らすのがいいんじゃあないかと思ってるんです。」
「初流乃…本当に、大人顔負けの思考してるね…。」
今まで普通の13歳だと思って接してきたが、そこまで深く考えて、未来の事も見据えているなんて思いもしなかった。改めて、なんて子なのだ。汐華初流乃という子は。
「週末は出かけるという事なので、宿題を先に終わらせちゃいますね。」
飄々とした態度でそう言いながら立ち上がった初流乃は、呆然としている大人3人を残し一人リビングを出ていった。初流乃の姿が見えなくなると、自然と典明と露伴の視線は私へと集まった。
「なまえ…。君、魅力的すぎるな。」
「まさか子供にも好かれるなんてな。本気になったらどうする。」
「どうするって…、初流乃の事は子供にしか見えないけど。」
大人になった初流乃に言い寄られたとしても、きっと応えられない。初流乃も、それを分かっているようだった。初流乃も「返事はいい」と言っていたし、私達は今まで通り、変わらず接しよう。いくら大人びて見えても、まだ初流乃は13歳の子供なのだから。