第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「そういえば…最近、気づいた事があるんだけど。」
露伴の仕事が終わったのなら扉絵の続きを描こうと準備している時、ふとある事を思い出して口を開いた。
改まって言うことでもないため手を動かすのはやめなかったが、露伴の視線がこちらを向いたのを感じた。
「典明、ピアスがなくても行動範囲が広がってない?」
「あぁ…言われてみれば、確かにな。」
さっきリビングを離れる時に、二人の邪魔をしないようにと声はかけずに出てきた。もちろん、あのチェリーのピアスは未だ私の耳に着いている。だというのに、典明は初流乃のそばにい続けられている。という事は、私がいなくとも、ピアスがなくとも、私と典明は離れる事ができるという事。
「私、二人の邪魔をしないようにって何も言わずに来たんだけど、ピアス、渡すの忘れちゃって…。」
「……寂しいのか?」
「!…うん、寂しい。嬉しいけど、私だけが特別だと思ってたから。」
露伴に言われて気がついた。典明が自由に動き回れるようになったかもしれないというのに素直に喜べなかったのは、寂しかったからなのだと。
「はぁ…今すぐ典明を抱きしめて、典明の匂いに包まれたい…。」
典明が離れていってしまった気がして、寂しい。だけど典明は今、初流乃のスタンドについて研究している。とてもじゃないが邪魔できない。
「…花京院さんの匂いはしないが、僕でよければ代わりに……いや、やっぱりやめた。」
「代わりとか言わないでよ。…ねぇ、典明の話とは関係なく、露伴を抱きしめたいんだけど、いい?」
「はぁ?この話の流れで、花京院さんと関係ないは無理があるだろ。」
「いや、ほんとに違くて。いま純粋に…露伴の気遣いにキュンとしたというか…。そういうとこ、好きだなぁって。」
「ッ…!……ハァ…本当に君は、ストレートだな…。」
目を見開いて僅かに頬を染めた露伴はため息を吐いて、やがて諦めたように「仕方ないな、ほら」と腕を広げた。仕方ない、なんて、本当にかわいいんだから。
「はぁ〜…露伴だ。」
「あぁ。当たり前だろう。」
「露伴の胸は硬いね。ねぇ、筋肉触っても「ダメだ。」
まだ最後まで言ってないのに、ピシャリと遮られてしまった。いいじゃないか、触るくらい。
「露伴、少しインクの匂いがするよね。気化する時に染み付いてるのかな?」
「そうか?…君が"気化"なんて言うと、バカが難しい言葉を使いたがってるみたいだな。」
「む…意地悪だなぁ。私、本当に偏差値70あるんだからね。」
「はいはい。言い張ると余計に嘘っぽく聞こえるから、やめた方がいいぜ。」
なんだこの男。全然信じてないじゃないか。いいもんね、典明だけでも信じてくれていれば。
「私と典明と承太郎、1学年ずつ違うでしょう?典明は転校してすぐに死んじゃって、一緒には通えなかったんだけど…前の学校では毎回、学年一位だったって。」
「あぁ、想像できるな。」
「承太郎は当時、めちゃめちゃ不良だったんだけどなぜかずーっと学年一位でね。」
「待て、承太郎さんが不良だったって?そっちの方が気になるんだが。」
「えぇ…?承太郎の話?」
私や典明の過去よりも承太郎の過去に興味を示され、思わず顔を上げ、眉間に皺が寄る。ついでに体も露伴から離して、作業スペースに腰掛けた。
「承太郎ね…。高校生の時は喧嘩で負けなし。女の子の事は"アマ"って呼んでたし近寄ってくる子を怒鳴りつけてたよ。酒もタバコも当たり前で、たまに無銭飲食もしてたみたい。以上。」
これ以上話すことはないと、扉絵の制作を始めると「君…本当に承太郎さんの事が嫌いだよな」と呆れたような声が降ってきた。別に、承太郎の事が嫌いなのではない。むしろ高校生の頃の承太郎は好きだ。だがそれよりも。
「私よりも承太郎に興味を持つなんて、むかつく!」
「……ふ…なんだ、ヤキモチか。」
「それに、承太郎にヤキモチ妬くのもなんかむかつく!」
「はは、…なるほど。ヤキモチを妬かれるのは案外悪いモンじゃあないな。認識を改めよう。」
「もう!私の機嫌をとるのが先でしょう!」
露伴の態度に、承太郎の事なんて関係なく腹が立ってきた。
進展があったのは、それから2日後の事。露伴と2人で仕事場で扉絵を描いていた時だった。
「できた…!結構いい感じかなって思うんだけど…先生、どうですか!」
「……うん、いいんじゃあないか?ただ、ここは光がもう少し欲しい。直してくれ。」
コンコン
「はぁい。」
露伴の修正を求める声とほぼ同時に響くノックの音。露伴への返事とノックへの返事を一纏めにして声を出すと、ゆっくりと扉が開かれ、2人が揃って部屋の中へと足を踏み入れた。同じ家で過ごしていて、食事の時や就寝の際には顔を合わせているというのに典明の優しい微笑みを見たのはものすごく久しぶりな気がする。ようするに、典明の微笑みを見てものすごくドキドキしたという事だ。
「典明…!」
「!…はは、熱烈だな。かわいいな…。」
典明に会えたのが嬉しくて立ち上がっただけで"熱烈"とは。きっと私のこのドキドキや嬉しい気持ちが伝わったのだ。少し眉を下げた典明がまた魅力的で、直視できない。好き。
「…全く、君達の純愛っぷりは、見てるこっちが恥ずかしくなるな…。ほら、君は座って作業に戻れ。」
露伴の言葉に渋々席へと戻ったが、もう少し見つめ合っていたかった…。チラ、と典明を盗み見たらパチ、とウインクされて危うく気を失うところだった。「おい、盗み見てるんじゃあない」と頭を掴まれて視線を無理やり原稿用紙に向けられたが、これだけは…と手でハートを作って典明に向けたら「ふ…」と優しい吐息が聞こえてきたのでちゃんと見てくれたみたい。好き。
「初流乃、もうほとんど制御ができるようになったよ。これなら、学校に行っても問題ないだろう。」
「へぇ…やるじゃあないか、初流乃。」
「本当?初流乃すごいね!さすがジョースター一族ね。」
「花京院さんの教え方が分かりやすくて…。ありがとうございました。」
視線を初流乃に向けたら露伴が振り返ってじと、と睨まれた。初流乃の成長を喜ぶくらいいいじゃないか。
「承太郎には連絡しておくね。あと、仗助と億泰にも一応伝えておかないと。」
「なまえさん、事ある毎に仗助に連絡するよな。」
「はいはいヤキモチね。かわいいかわいい。」
「ヤキモチなわけないだろう!バカか君は!!あんなクソみたいな奴に関わるのはやめろって言ってるんだ!」
「ふふ…岸辺先生、仗助さんの事をクソとか言ってますけど、女性に大声をあげるなんて、岸辺先生も大概ですよ。」
「はっ、はる、……ッ、あっははは!!初流乃、日を追う毎にどんどん辛辣になっていくね…!」
全く誰に似たのだろうかとチラリと典明を見ると口を抑えて肩を震わせていて、きっと彼に似たのだろうなと思った。
「初流乃…お前、だんだんかわいげがなくなってきたな。」
「そうですか?なまえさんはそれでも、かわいいと言ってくれると思いますが。」
「!…かわいい。かわいいに決まってる!」
「なまえさんに聞くのが間違ってるだろ。仗助や億泰ですらかわいいって言ってるんだぞ。」
「えーかわいいじゃない、二人とも。」
「それがもうおかしいって言ってるんだよ!…というか、君、手が止まってるぞ。さっさと直せ!」
当たり前のように会話に参加していたのがバレ、再度頭をグイ、と原稿用紙へと向けられた。こんなの、八つ当たりだ!
「えーん典明!露伴が意地悪!」
「ふふ、なまえには優しくしないとダメじゃあないか、露伴。なまえ、どこを直すように言われたんだ?」
「典明〜!ここ、もっと明るくするようにって言われたの。」
「なんだ。君ならすぐに直せそうじゃあないか。これが終わったら昼食を食べて、そしたら久しぶりに僕とデートしよう。」
「!!…っがんばる!すぐ終わらせる!!」
典明は本当、私の扱いが上手だ。典明の登場で途切れた集中力だったが、それを元に戻したのも典明。典明の言葉ひとつであっちへこっちへ振り回されるとも言えるが、それはそれで嬉しいのでやっぱり私は重症なのだと思う。