第5部 杜王町を離れるまで 後編
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翌日、体調不良を理由に学校を休ませて典明から初流乃へスタンドの制御の仕方についてのレクチャーが始まった。「まずは己を知るところからだ」と言う典明に従い、頭脳派の二人らしく、どのような時にスタンド能力が発動するのか、その性質は…と紙に書き出しているようだ。物事を教えるのは典明の方が上手い…特に初流乃に関しては考え方が似通っているので頭に入ってきやすいはずだ。仮説を立ててひとつひとつ実行してスタンド能力の正体を探っている二人は真剣な顔をして言葉を交わしていて、私がここにいてもできる事はなさそうだ。むしろ気が散るかもしれないと「何かあったらすぐ呼んで」とだけ声をかけてリビングを出た。
向かう先は露伴の仕事部屋で、漫画の原稿を描いている彼の邪魔にならないよう、すぐ側のテーブルの椅子に腰掛けた。
「あぁ、来たのか。こっちにいていいのか?…すまない、新しいインクを取ってくれないか。」
「うん。…はい、これでいい?向こうは典明だけで大丈夫そうだからこっちに来たの。ここにいてもいい?邪魔はしないから。」
「あぁ、ありがとう。別にいいぜ。」
仕事モードの露伴は意外にも真面目でいつもより大人っぽくてかっこいい。いつもこうしていればいいのになぁ、と思う。
さて、この部屋への滞在を許されたわけだが、何をしようか。露伴はいま集中していて気分も乗っているため、お喋りはなしだ。読書でもしようかと思ったがそういう気分でもない。となれば、露伴の仕事を眺めるか、絵を描くしかないな。…いや、眺めながら描こう。そうと決まれば、とすぐそばにあったまだ比較的新しいスケッチブックとその辺に転がっている鉛筆、消しゴムを手繰り寄せた。扉絵の続きを描こうかとも一瞬考えたが、カチャカチャと物音が立つのでやめた。
「…ずいぶん、集中してるな。」
露伴の声が聞こえてハッとして顔を上げると、未だデスクに着いていた露伴と視線が交わった。しかし既に原稿に向かっていた手は離れ、今は片付けを始めている。一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「あれから1時間も経ってないぜ。そんなに集中して、何を描いてたんだ?」
「…露伴を描いてた。」
「僕を?へぇ…珍しいな。見てもいいか?」
「いいよ。」
私の返事を聞いてから、露伴は椅子から立ち上がる。珍しい…、確かにそうかもしれない。私は基本的に、典明ばかり描いているから。思えば露伴を描いたのは、もしかして初めてではないだろうか?
「…僕、こんな顔してるのか?さすがに少し誇張してるのもあるだろう?」
スケッチブックに描かれた自身の顔を見、露伴は片眉を上げて微妙な反応を示した。いま現在の露伴以外にも怒った顔、優しい顔、面白いものを見つけた時の顔、仗助に向けられる顔など、様々な表情を描いたのだ。それは私の記憶をスタンド能力を使って見ながら描いたものであり、普段の露伴とは大きく違わないはずである。
「昨日、初流乃が言っていた通り、露伴は自分が思ってるよりも色々な顔をしてるのよ。」
「…そうか。……誰かにこうして僕自身を描いてもらったのは初めてだ。…嬉しいもんだな。」
「そう言ってもらえて、私も嬉しい。」
じっとスケッチブックを眺めている露伴は本当に喜んでいるようで、少し照れくさいが、珍しい彼の一面が見られて嬉しい。それを言葉にするといつものよにツンケンしてしまうので、口にはしないが、露伴の喜ぶ姿がとてもかわいらしく映った。
「お、これは、僕のを見て描いたのか。」
「あっ…。」
ペラ、とページを捲った次のページに描いたのはピンクダークの少年の主人公で、露伴が描いたものを見ながら真似して描いたもの。漫画のキャラクターなんて初めて描いたし、絵画を描くのとは全然違って自分で見ても拙いなと思う。
「これは、僕が教えればすぐにでも上手くなりそうだな。なまえさん、漫画家になる気はないのか?」
「…これ以上忙しくなると困る。それにストーリーだって考えられないし。」
SPW財団員であり、画家であり、デザイナーでもあるのだ。ただでさえ時間を削っているのに、これ以上肩書きを増やしたらまたさらに典親との時間が取れなくなってしまうだろう。
「そうか…残念だな。」
露伴は本当に残念そうにそう零すが…DIOの件だってまだまだこれからなのに、たまったもんじゃない。
「なぁ、これ全部貰っていいか?いつか、本を出した時の表紙にしたい。」
「えっ!?い、いいけど…露伴、本出すの?」
「いつかはな。実は既に出さないかと何度か打診はされているんだが…まだ本を出すほど人生経験は豊富とは言えないから断ってるんだ。…君は、本を出せるくらいには色々な経験をしてるよな。」
「あぁ…あまり好ましくはない経験ばかりだけど…。"花京院典明と生きた50日間"とかならいくらでも書けそう。」
「はは、そんなの僕ら以外に誰が読むんだ。」
「ふ…確かに。」
自伝本を読むのは余程のファンか、人の人生を覗いてみたいという露伴みたいな人だけだ。その露伴は私の人生をヘブンズドアでもう読んでいるし、典明の存在は今のところ公開するつもりもない。つまるところ現時点では私は本を出すことにはならなさそうだ。
「あぁでも、露伴はいつかでいいから自伝本出してよね。露伴の方が先におじいちゃんになって、私を残して死んじゃうんだから。」
「…君のそれは冗談ではないから笑えないよな。」
「ふふふ…。今のうちから覚悟しとかなきゃね…。それより先に私が死ぬ可能性も無きにしも非ずだけど…私には典明がいるから、…いや、典親と初流乃もいるし、そう簡単に死ねなくなっちゃった。」
「僕は君を見送るのはごめんだ。絶対に僕よりも先に死ぬんじゃあない。」
「はぁ…かわいい事言うね、露伴。…みんなの事、見送るの嫌だなぁ…。」
ジョセフさん、聖子さん、イギー、承太郎、露伴、杜王町で出会った人達。そして遠い地にいるポルナレフも。私はここ数ヶ月で、大切な人が増えすぎた。その人達をいつかは私が見送る事になる。そう考えるだけで、まだ遠い未来の事かもしれないというのにお腹の辺りがズシンと重くなる。寂しい。みんな、みんな波紋使いになればいいのに、と思う。
「後悔しないように生きるんだな。…人が死ぬのは自然の摂理だ。」
「それ、承太郎に言ってくれる?」
「確かにな。あの人は死ぬ時に、色々と後悔してそうだ。」
未だ露伴にすらそれを見抜かれている承太郎はやはり、誰の目に見ても不器用なのだろう。私は承太郎に、幸せに生きていてほしいのだが。
「うぅ…承太郎に会いたい…。」
「はぁ?この前会ったばかりだろう。」
「違うの…昔の、10年前の承太郎に会いたい…。」
「あぁ、そういう…無理だな、諦めろ。」
「分かってるよ…。あの時の承太郎、好きだったんだよ。今よりも自由で、楽しそうでさ。」
「…それが、大人になるって事だろ。」
ポン、と私の頭に手を乗せる露伴は、そのまま優しく頭を撫でた。なんだか私が子供で、露伴が大人のようで悔しい。そして寂しい。私は、何歳まで生きるのだろうか。私が死ぬ頃には、みんなはとうの昔に死んでしまっているのだろう。そう考えて、私はDIOとなにが違うのだろうと思い至った。吸血鬼と生身の人間。ではあるが、どちらも傷は人よりも早く治癒し、老いも遅い。たまに思うのだ。DIOは私に、自分の血を少量でも入れたのではないかと。もちろんそんな事はなかったはずだが、年々、自分が強くなるたびにそのような事が頭をよぎってしまうのだ。
「露伴…もしも私がDIOみたいになったら、一思いに殺してね。」
「は?何言ってるんだ、君。一体何をどうしたらそんな言葉を口にするんだ?第一、君を殺すなんて無理だ。僕の方が返り討ちにあって死ぬだろ。」
「いくら私が落ちぶれても、露伴に危害は加えないと思うけどなぁ…。」
「漫画だと、堕ちた奴はだいたいやるんだ。君が奴のようになるなんて事はないだろうが、もしそうなるとしたら余程の精神状態のはずだ。見境なんてなくなるさ。」
「そうだけど〜、嘘でも言ってくれるかなって。」
きっと、典明ならば「分かった。君を殺して、僕も一緒に死ぬよ。」と言ってくれたに違いない。別に露伴にもその言葉を期待した訳ではないが、やっぱり露伴は現実主義者だ。
「まぁ、僕の能力なら、良くて相討ちってとこか?それでも良ければ殺してやるよ。」
「!」
現実主義の露伴にしては珍しい台詞。さっき想像した典明の言葉よりいくらか物騒な言い方だが、その意味はほとんど同じではないだろうか。
「ふふ。じゃあもしもの時は典明と露伴がいるから安心ね。」
「……殺すと言われて喜ぶなんて、君はマゾヒストなのか?」
なんだか失礼な事を言われたが、これはたぶん照れ隠し。らしくない事を言ったと思っているに違いない。本当、どこまでも本心を隠そうとする。…ほんと、かわいい。