第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「なまえ。俺はそろそろ帰るぜ。露伴、邪魔したな。」
お昼の時間を少し過ぎた頃、リビングへ戻るとみんなはもうゲームをしていて、私と露伴に気づいた承太郎が上記のセリフを口にした。心做しか、少し疲れているようだ。
「今から…?次はどこで仕事なの?お昼ご飯、食べていけばいいのに。」
「これから、ホル・ホースに会いに行く。奴はエジプトに帰ったらしいが、SPW財団が連れてくる手筈になっていてな。本社で落ち合うつもりだ。」
「じゃあ別に大丈夫じゃない。ホル・ホースなら、待たせても問題ないでしょう?」
「…そう言われてみれば、そうだな。」
納得した様子の承太郎の姿を前に「やったー!」と両手を上げて喜んだ。なにも、承太郎と食事ができるのを喜んだわけではない。
「そうと決まれば。ねぇ典明、なに食べたい?初流乃も、食べたいのがあれば言ってね。承太郎に奢ってもらうから。」
「!…テメェ…。」
私の言葉を聞いて振り返った2人はニコ、と綺麗に笑って「チェリーを使ったデザート」「美味しいプリン」とかわいらしいものを答えるのでキュンと胸がときめいた。2人とも、かわいすぎる…!が、それでは食事にならない。
「仗助は?なにが食べたい?」
承太郎のお金だからなんでも食べられるよ、と小声で伝えると目を輝かせて「肉!」と答えるのでこちらもかわいらしくて笑ってしまった。今日はお昼から、豪勢にステーキだ。
「美味しかったぁ。ご馳走様、承太郎。」
「テメー…好き勝手食いやがって…!」
少し値の張るステーキ屋さんで食事を終えて、私はもちろん仗助と初流乃も満足そうである。正直もっと食べたかったが、高級ステーキ屋さんで好き放題食べるのは憚られたので一応セーブはした。それでもかなりの金額にはなっただろう。
「じゃ、私達はカフェ・ドゥ・マゴでデザートを食べて帰るから。またね〜。」
「なまえさん…承太郎さんの事嫌いなんスか?」
あまりの塩対応を見て仗助は呆れたようにそう問うてくる。つい先日露伴にも聞かれた気がするが、2人はやっぱり似たもの同士だ。
「フン。仗助、お前はなまえさんの事なにも分かってないな。嫌いなら、なまえさんはこんな笑顔は見せないんだぜ。」
露伴は得意げに仗助を見下しているが、自分も同じ質問をした事を忘れているのだろうか?
「別に嫌いじゃないよ。…好きなところと、嫌いなところはあるけど。」
「それはお互い様だな。」
「え〜承太郎、私の好きなとこあるの?どこどこ?」
「…はぁ…うっとおしい…。」
これ以上は時間の無駄だと、承太郎は一人、別方向へと歩き出した。「じゃあな」と典明へ一声かけて去っていったのだが、私には?いや、別にいいや。
コンコン
帰宅後、仕事部屋で露伴と扉絵の相談をしていると、控えめなノックの音が響いた。このノックの仕方は初流乃かな?と思い返事をするとゆっくりと扉が開き、顔を出したのはやはり初流乃だった。
「お茶を淹れたので、良かったら。」と紅茶を乗せたトレーを持つ初流乃の気遣いに、ひとりひっそりと感動した。なんて気の利くいい子なのだろうと。
「ありがとう。いい香り…。淹れ方、上手になったね。」
色も香りも申し分ない。この家にきて初めて飲んでから、初流乃はいたく紅茶を気に入り、淹れ方を私が教えてあげたのだ。私も別に上手い方ではないので、今では初流乃の方が上手かもしれない。
「ありがとうございます。あの、邪魔はしないので少し見学してもいいですか?」
「いいけど…ゲームはもう終わったの?」
「ちょっと疲れちゃって。今は仗助さんの特訓中で暇ですし。」
あぁなるほど。典明の特訓は厳しそうだが、恐らく仗助が気軽に頼んだのだろうなと予想がつく。
「そういう事なら、おいで。」
デスクの横に椅子を用意して座るよう促すと、大人しくちょこんとそこに腰を下ろす。一連の流れを見ていた露伴も特に何も言わず、ただ優しい眼差しだけを初流乃に向けた。
カリカリとペンが動く音と、温かい紅茶の香り、露伴が読んでいる本のページを捲る音。それだけが部屋の中に充満していて、なんだかとても穏やかな時間だ。
「露伴、ここの線の引き方が上手くいかないんだけど…。ここ、こうじゃなくてこういう線にしたいの。」
「…あぁ、なるほど。ここはペンをこうして寝かせて…少し角度を変えれば…。」
「へぇ…そういう描き方もあるのね。勉強になるなぁ。」
具体的にこうしたいのだと聞けば、露伴は実際に描いて実践してくれて、私としては分かりやすく、非常に効率が良くて助かる。露伴が丁寧に教えてくれているというのもあるが、私にはきっと、露伴の教え方が合っているのだろう。教えてもらって、実践して、練習して、自分の手で思い描いている線を引けるようになるというのがすごく楽しい。
「ふ、ずいぶん楽しそうだな。」
「分かる?描けるようになったのが嬉しくて、楽しくて仕方がないの。」
露伴にも気づかれるほど顔に出ていただろうかと初流乃に視線を移すとニコ、と微笑まれた。どうやら初流乃もそう思っていたらしい。
「お2人がお仕事してるの初めて見ますけど…花京院さんがいる時とは全然違いますね。2人とも真剣で、かっこいいです。」
「そう?…でも確かに、ここに典明がいたらあんまり集中できないかも。かっこよすぎて。」
「それはなまえさんだけだろう。僕はあまり変わらないはずだが。」
私だけ、とは、典明の所在に左右される事を言っているのだろうか?もしそうなら、確かにその通りだ。典明の魅力に抗う力があるなんて、露伴は只者ではないな。
「いや、岸辺先生もけっこう違いますよ?自分では気づいてないんですね。」
「なにィ?」
遠慮のない初流乃の物言いに、露伴は眉間に皺を寄せ片眉を上げた。しかし、私にも分からない。露伴は、いつもとなにか違うだろうか?
「岸辺先生、なまえさんが描いている間、すごく優しい顔してますよ。」
「!なっ、なん…そんなわけないだろう!」
あぁ、確かに、そう感じる事はたびたびあった。目が合うと優しく細められる、切れ長の瞳。改めて考えてみれば、あれは確かに優しい顔だった。
露伴は顔を赤くさせて否定しているが、それは肯定しているようなものだと分からないのだろうか?
「ふ…。まぁ、しょうがないよね。私、こんなにかわいいし。」
「はぁ?」
「私を見てかわいいなぁと思ってたんでしょ〜?…え、まさか違うって言うの?かわいいと思ってない?典明呼ぶ?」
「ふふ、そしたら花京院さんの講義2時間目が始まりますね。」
「いらん!呼ばなくていい!分かった、それでいいよ!」
若干投げやりな気がしないでもないが、言質を取った。初流乃に私達の関係がバレるのは少しマズイので空気を変えようとして発言しただけなのだが、やっぱり無理やりにでもかわいいと言われると嬉しい。嬉しいもんは嬉しい。
「ほら、いいから作業に戻れ。真面目にやらないと、もう教えてやらんぞ。」
「とか言って〜。ちゃんと教えてくれるくせに〜。」
「あぁ、なるほど。いま流行りの"ウザい"って、こういう事を言うんだな。」
「承太郎でいう"うっとおしい"って事?」
「あぁよく分かってるじゃあないか!分かってるなら直せよな!」
「えぇ〜、こういうところが私の良さじゃない。ね、初流乃?」
「あはは!はい、そうですね。」
もうすっかり集中力は切れ、完全に休憩モードになってしまった。露伴も読んでいた本を閉じてデスクの端に置いているし、私も先ほどまで持っていたペンは置いている。こうなったら、無理にがんばる気にもなれない。
「休憩しよ。ね、露伴先生。」
「…そういうのは、本来教える側が提案するものなんだがな。」
「確かこの前のお土産で買ったクッキーまだあったよね?ちょっと取ってくるから露伴、デスク片付けておいてよ。初流乃、紅茶淹れ直そ。」
「おい君…まさかここでティータイムしようとしてるのか?リビングに行け、リビングに。」
仕事場が汚れるのが嫌なのか、露伴は手でシッシッ、と払う仕草を見せた。私がお菓子のカスを散らかすと思ってるのだろうか。とても心外だ。
「仕方ないですね。なまえさん、リビングへ行きましょう。」
「うん。典明〜仗助〜、おやつ食べよ〜!」
「わぁ!」
階段を歩いて降りるのも面倒で、初流乃を抱えてひとっ飛びで1階の床に着地した。少し驚かせてしまっただろうかと心配したが「ふふ、びっくりしました」と笑顔を浮かべていたのでむしろ楽しかったみたいだ。かわいい。