第1部 M県S市杜王町
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「よし!」
承太郎のおつかい完了。これから移動になるので飲み物でも買おうとコンビニで飲み物を買って出てくると、見覚えのある人物が2人。康一くんと、岸辺くんだ。
「なまえさん!」と康一くんが気づいたのを合図に、岸辺くんもこちらを見た。しまった。早く東京へ向かいたいのに、ちょっと厄介な相手に見つかってしまった。
「待て、康一くん。君までみょうじさんを名前で呼んでいるのか。ずるいじゃあないか!」
「え?なんで露伴先生は呼ばないんです?」
突然難癖をつけられた康一くんはそんな事言われても⋯と戸惑っている。岸辺くんに気に入られているようだが、それはそれで可哀想である。分かるよその気持ち。
「僕も名前で呼ばせて頂きたいのだが!」
声高らかにそう言う岸辺くんだが、そもそも名前呼びを拒否したのは私ではない。
「私は別に構わないけど、典明が⋯。」
ダメだ。と典明が姿を現す。眉間に皺を寄せて拒否の態度を見せている。典明にこんな顔させるなんて、岸辺くんは逆にすごい。
「クッ⋯なぜだ!!なぜ僕だけ認められない!?」
そう言って頭を搔く岸辺くんは、本当に悔しそうで見ていてちょっと怖い。
「って、雑談するなら僕は帰りますよ。」康一くんが、じゃ、と岸辺くんに背を向けて歩き出そうとすると、ものすごい勢いで引き止めていて若干恐怖だった。
「あ、私も、急ぎの用があるから⋯。」と席を外そうとしたのだが、彼は私の腕を捕まえた。すぐにハイエロファントで締めあげられていたので手は離してくれたが⋯一体、なんの用があるというのか。
「まぁまぁ、これを見てくれよ。」
そう言って彼が示したのは、町によくある案内板。地図のようなものだ。彼の言う事を要約すると、地図に無い道が存在するのだという。これは⋯まさか、スタンド⋯?そう思い当たって、私は典明を見た。彼も同じようで、真剣な顔でこちらを見た。典明の真剣な顔⋯かっこいい⋯。
「聞いているのかみょうじさん!見とれているんじゃあないッ!!」
岸辺くんのうるさい声で現実に引き戻されたが、待ってくれ。もう少し。もう少しだけ見させてくれ。
ジーッと彼の顔を眺めていたら、困惑したような顔に変わり、やがて居心地が悪くなったのかサッと手で顔を隠してしまった。あー今の一連の流れ、かわいすぎる。ありがとうございます。いいものが見れたと満足し、そこでやっと岸辺くんの方を向いた。
「君、本当に⋯!⋯いや、なんでもない。⋯とにかく、僕はここに行ってみようと思う。」
ふむ。この正体不明の小道に足を踏み入れるというのか。好奇心旺盛な彼の事だ。止めても無駄だろう。しかし、戦闘経験の少ない子供だけで行かせるのは、少々不安である。スタンドの可能性も大いにあるだろう。仕方ない。ここは私も、ついて行くのがいいだろう。
「イギー。15分経っても帰ってこなかったら、承太郎に知らせてくれる?」
そう言って抱いていたイギーを下ろすと、アギ⋯と返事をひとつ零した。典明も、止めはしなかった。私が苦戦するようなスタンド使いは、そうそういないだろうと信頼しているからだ。何より、ここで無視して行ってしまって、2人が怪我をしてしまったら後味が悪い。サクッと見てきて、サクッと行ってしまおう。
「私も行くよ。君達に何かあったら困るから。」
「なまえさん!」
岸辺くんと2人で行くのは嫌だったのだろう康一くんは、ものすごく嬉しそうに私の名を呼んだ。そんなに、岸辺くんと関わりたくないか⋯。
この人の良さそうな康一くんに嫌われている岸辺露伴という男が、今更ながら恐ろしく思えた。
「ループしている⋯。典明。」
道がループしている事に気がつき典明を呼ぶと、彼は既にハイエロファントの触手を伸ばしていた。しかし、左へ伸ばした触手は右から出てくるし、逆も然り。上へと伸ばすも、見えない壁のようになっているらしい。
試しに上へとジャンプして壁のある高さを蹴り上げるも、特に手応えはなかった。
「困ったな⋯こういうのは、何か解決の糸口を見つけなければ⋯。」
顎に手を当てて、目を閉じて考える。そういったパワー型ではない敵との戦いは、テレンス・T・ダービーとの戦い以来だ。以降はずっと、肉体派の敵との戦いばかりで、思考が鈍っている。もっと、頭を働かせなければ。
なんだか妙な気配がする、と気づいて目を開けると、目の前に少女が立っていた。この、女の子は⋯!
彼女は典明をチラリと見た、気がする。そして、
「あなた達、道に迷ったの?案内してあげようか。」と口にした。
この、かわいらしい少女。スタンド使いではない。なぜならこの子は、もう死んでいるのだ。彼女の纏う雰囲気は、典明のものとよく似ている。典明と、いつも一緒にいるから分かる。では、なぜ、この空間にいるのか。もしかして、この空間は、スタンドでは、ない、のか⋯?
私が思考を巡らせていると岸辺くんが彼女をヘブンズ・ドアで読み始めている。名前、年齢、住所、スリーサイズ、そして身体的な特徴まで⋯。彼の能力で、私達に攻撃をしてこないようにしたのはありがたいが⋯⋯。私も、一度アレをやられたのか⋯あの時、典明がいてくれてよかった。典明を見ると岸辺くんを軽蔑するような目で見て、私の方を見て、一度頷いてみせた。その顔は、これからも僕が守る、と言っているようで、思わず心臓が高鳴るのが分かった。好き。
目を覚ました彼女が「案内してあげるからついてきて。」と言って辿り着いたのは、1軒の家。15年前に殺人事件があった家だと、彼女はそう言った。1人の女の子と、その両親、そして愛犬までも⋯。それを聞いて過去の家族の記憶が呼び起こされ、少しよろめいてしまった。支えてくれたのはハイエロファントだ。
「ありがとう、典明。大丈夫⋯。」
ぐ、とハイエロファントの腕を抑えて体制を立て直し、典明に笑顔を向ける。彼は心配してくれているが、私が思ったよりもマシな顔色をしているみたいで安心したように息をついた。
「なーんて。本当に聞こえた?」
目の前の彼女は冗談めかして笑っているが、岸辺くんの後ろ側、門扉の向こうには、首から血を流した犬がいるのが見える。
「そう。その女の子ってのは、あたしなのよ。幽霊なのよ。アーノルドとあたしは。」
やっぱり⋯彼女は⋯。ここは、あの世とこの世の境い目。スタンドでは、ない。
「逃げるぞ!」
岸辺くんが康一くんの腕を掴んで走り出すのを見て、私は彼を追いかけた。
「待って!岸辺くん!」
すぐに追いついて腕を掴んだが、恐怖からか顔が強ばっている。そして、焦っているようだ。
「落ち着いて。私を見て。大丈夫だから。」
典明のように、優しく。顔を両手で掴んで目を合わせた。笑顔も忘れずに。私のお腹にハイエロファントが巻き付くが、構わず続けた。
「大丈夫よ、岸辺くん。落ち着いて。彼女は貴方の能力で、私達を攻撃できない。そうでしょう?」
「⋯そ、そうだ。攻撃、できない⋯。」
先程の自分の行動を思い起こしたようで、瞳から恐怖の色が徐々に消えていくのが分かった。
「こういう時は、落ち着いて対処するの。分かった?」
最後にもう一度笑顔を見せると、彼の瞳から完全に恐怖が消え、ゆっくりと大きく頷いた。
「うん。いい子。」
ヨシヨシと頭を撫でると、ハイエロファントは触手ではなく実体で、私を岸辺くんから引き剥がした。
典明は眉間に皺を寄せて私と岸辺くんを見ている。
「えぇと⋯ごめん⋯?」と典明に言葉だけの謝罪をすると手を握り「君の距離感はおかしい⋯。」と。典明だって、私に対して、彼がしていた行動なのに。
追いついた彼女、鈴美がいうには、ここはあの世とこの世の境い目で、私達がスタンドという特殊な力を持っているので迷い込んでしまったのではないかと言うのだ。なるほど。では本当に⋯これはスタンド攻撃の類ではないのか。
鈴美は、殺された時の話を始めた。背中からナイフで刺されたのだという彼女は、必死で逃げようと、生きようとしたのだと思うと胸が痛い。
そして、その後に続いた言葉に、私達は戦慄した。鈴美を、その家族を殺した男は、まだ捕まっておらず、この杜王町にいる、というのだ。この町に溶け込み、未だ捕まらず、今も殺人を繰り返していると。
「今も誰かが狙われてるわ!あたしには何もできない⋯!今度殺されるのは一体誰なの!?あなた達生きてる人間が、町の誇りと平和を取り戻さなければ、一体誰が取り戻すっていうのよ!?」
涙ながらにそう話す彼女の姿に、私は、ここにいる全員は、動けなくなった。エジプトへの旅をしていた時のような、厳しい戦いなんて、この杜王町ではないと思っていた。とても、いい町だと、思っていた。だが、これは、今の話は⋯きっと事実なのだ。
DIOのような、反吐が出るような男が、この町にいるのだ。今ものうのうと、生きている。⋯吐き気がする。
ここから先、決して振り返ってはならない。この世とあの世の決まりだという。もし、振り向いたら⋯魂が、あの世に引っ張られてしまう。らしい⋯。
不安になって、典明の手をぎゅ、と握ると優しい笑顔で顔を至近距離へと近づけてきた。綺麗な顔。美しい。そして相変わらず、綺麗な藤色の瞳だ。
「オイオイ。そのままキスでもするんじゃあないだろうな?」
と岸辺くんはうんざりしたように言うが、キスできるならとっくにしている。したくてもできないのだ。その不満をぶつけるように睨みつけるとため息をつかれたが、絶対分かってない。
「さ、帰ろう。イギーが待ってる。」
そう言うと鈴美ちゃんが先陣を切って歩き出したので、それに従ってついて行く。
後ろを歩く岸辺くんと康一くんは背後のただならぬ気配に冷や汗をかいているようだ。
「岸辺くん、康一くん。落ち着いて。私と、典明がついてる。私達が、守ってあげるから。」
ちょっとかっこよすぎただろうか?だが、後ろの2人の呼吸が落ち着いたのが分かって、私も安心した。
「あそこが出口よ。」
鈴美がそう言ったのを合図に、康一くんは我慢できずに走り出してしまった。あの精神状態で走っては転んでしまうだろうと、私は典明を呼んでハイエロファントで転ばないように補佐を頼んだ。が、康一くんは事もあろうに振り返ってしまった。声に、騙されたのだ。
「ヘブンズ・ドア!」
岸辺くんのその声がすると同時に、私は足に力を込め、一気に飛び出し⋯⋯康一くん諸共、出口の外へと飛び出した。しまった。飛びすぎた!
そのまま道路を飛び越えて向かいの建物へ着地し、ゆっくりと降りた。良かった。康一くんに怪我はないようだ。
「あ、あれ!?いま、なまえさん、壁を歩いて⋯!?」
「まぁね。⋯典明!!」
道から出てくる典明を見つけ、康一くんはそのままに典明のそばへ駆け寄り、体を、ハイエロファントを見る。良かった。欠けたりはしていないようだ。
「みょうじさん。僕の心配は?」
岸辺くんは私にそう言ったが、手も足もある。血も出ていない。
「無事で良かったね。」
そう、笑顔で伝えると岸辺くんは悔しそうな顔をし、反対に典明は、得意気な表情を見せた。
「えっ何その顔!典明!その顔好き!もっと見せて!お願い!!」
初めて見る典明の顔に、私は興奮を抑えきれずに顔を隠そうとする腕を掴んで揉み合いになった。力は私の方が強い。やがて典明が後ろに転んだことで顔が見えたのだが、既にあの顔ではなくなっていて、代わりに、久しぶりに見た無邪気な笑顔を見ることができた。もう⋯これはこれでかわいい!!
「あなた達、変わった2人ね。」
鈴美ちゃんは私達を見てそう言った。幽霊の彼女から見ても、私達は変わっているらしい。
「鈴美ちゃん⋯私、貴方の仇、取るからね。」
突然真剣な顔で言われ、なんの事か分からなかったのだろう。少し面食らった顔をした後、「ありがとう。」と笑顔を見せた彼女は、たまらなくかわいらしかった。
「じゃ、私達、大事な用があるから。東京に行かなきゃならないの。」
イギーと道の入口で分かれてから、さほど時間は経っていなかったらしい。イギーは分かれた時と同じく、大人しくコンビニの前で待っていたのだ。
今からイギーをカゴへ入れ、電車で新幹線の通る駅まで行き、新幹線で東京へ。そして東京駅からは、SPW財団の車が迎えに来てくれるという。
「用って、そんなに大事な用か?殺人鬼の話はどうする。」
「殺人鬼は、15年もの間逃げ続けている。1日2日でどうこうできる問題じゃないんだよ、岸辺くん。」
そう言うと岸辺くんは納得したように、悔しそうに口を閉ざした。
非常識で破天荒な人間と思いきや、意外と常識があり、素直だ。いや、素直とは違うか。顔に出やすい、とでもいうか。
「それに⋯⋯!かわいい我が子に会いたいって言われたらさぁ!行くしかないでしょ〜?」
頬に手を当ててデレデレ顔でそう言うと、2人の空気が止まった。空気が凍りついたかのよう。
「わ、我が子⋯って、犬とか猫、じゃあないですよね⋯?」
康一くんが言いづらそうに、混乱しているかのようにそう言った。そうか、言ってなかったんだ。
「うん。私と、典明の子。今年10歳になるんだけど、典明に似てかわいくてね〜!」
おっと。暗に典明をかわいいと言っているのがバレてしまう。そう思って口を抑えたが、遅かったらしい。唇を尖らせて不満顔だ。⋯その顔がかわいいって言ってんのに。
「こ、子供⋯⋯。みょうじさんと、か、花京院さんの、子供⋯⋯。10歳⋯⋯。」
岸辺くんは何やらブツブツ呟いて笑っている。なんだか嫌な予感がして、私は典明を掴んで走り出した。
「何ィイ!スタンド、だと!!?待て!僕も連れて行け!!」
連れて行け、とは。ついてきて何をしようとしているのだ。走りながらチラリと後ろを見ると、岸辺くんが鬼の形相で追いかけてきているのが見えて恐ろしくなり、そして同時に楽しくもあった。典明が、楽しそうに笑っている。
「じゃあね岸辺くん!杜王町を頼んだよ〜!」
彼の脚力が私に敵うはずもなく、距離はどんどん離れ、やがて見えなくなった。
承太郎は元々、1週間ほどの滞在を勧めていたが、状況が変わってしまった。空条邸への滞在期間はせいぜい3日⋯いや、2日が限度だろうか。典親と聖子さんと思う存分過ごせない事への落胆と、何がなんでも杜王町に潜む殺人鬼を始末するという決意を込めて、私は息を吐いた。
まずは、栄養補給だ。