第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「おはよう、なまえさん。よく眠れたか?」
翌朝、朝食の準備のためにキッチンで動き回っていたら一番最初に起きてきたのは露伴だった。どうやら、今回はちゃんとお酒を飲まずにいられたみたいで少し安心した。
「おはよう。たくさん寝たよ。コーヒー飲む?」
「あぁ、頼む。」
「おはよう。2人とも、早いな。」
タイミングが良いのか悪いのか、承太郎も続けて部屋へ入ってきた。これでは、承太郎の分のコーヒーも淹れなくてはならないじゃないか。
「露伴とこの後、少し仕事があるの。…承太郎、ゲームにスタプラ使ったんだって?典明に聞いたよ。」
「あぁ、少しだけな。ありがとう。」
仕方がないので2人分のコーヒーを出して、私は朝食の準備に戻った。承太郎と話しているとまた小言を言いたくなると思ったからだ。それに、子供達を起こさなければ。
「…ずっと、気になっていたんだが。」
「…僕になにか?」
承太郎の声にチラリと視線をやると、どうやら露伴に話しかけているらしく、珍しいなと思った。私に話しかけているのでないなら、朝食を作り終えてしまおうと視線を前に戻した時。
「露伴は、なまえのどこが良くて一緒にいるんだ?」と、まさかの質問が聞こえてきて体ごと振り返った。まさか承太郎が、そんな事が気になっていたなんて思わなかった。
「それは…。」
「ただの興味だ。花京院以外にも、なまえを好きだと言う奴がいるなんて珍しいと思ってな。」
「一言余計だし、そっくりそのまま返すよ、承太郎。」
結局、口を出してしまった。聞こえるように言うのが悪い。隣に立つ典明も不満げに唇を尖らせているのがかわいいので、それでプラマイゼロにした。
「なまえさんは…魅力が詰まっている。長い事一緒にいて、承太郎さんからしたら見えないものもあるんだろうな。なまえさんは、大人なのに子供みたいに純粋で、見た目は可憐な美少女なのに実は最強クラスに強くて。そういう、一見外からでは分からない彼女の内面が、僕の探究心を刺激するんだ。…納得してもらえましたか?」
「露伴…!」
なんだ、露伴はちゃんと、私の事好きじゃないか!嬉しい!かわいい!いや、やっぱり、嬉しい!
「…いいや、やっぱり分かんねぇな。」
「よし、じゃあ承太郎が理解するまで、僕が説明してあげよう。」
「おはよーっス…。…花京院さんどうしたんスか?承太郎さんも。一体なんの話を…。」
遅れて降りてきた仗助と初流乃が、典明と承太郎の異様な空気を感じてリビングの入口で立ち止まった。典明が眉間に皺を寄せて承太郎に詰め寄り、承太郎は承太郎で顔を顰めて眉間に皺を寄せているので、なかなか珍しい光景ではある。
「承太郎が分からずやでね。なまえの魅力が分からないなんて言うから、これからミッチリ教えてやろうとしているところだ。」
「あぁ〜…なるほどっス。」
「…承太郎さん、なまえさんの魅力が分からないんですか?変わった人ですね。」
「ふっ…、あはは!いいね初流乃、もっと言ってやって!」
承太郎相手に辛辣な言葉を投げかける初流乃は、本当、大したものだ。典明も意外とハッキリ言う時があるが、典明と違って初流乃は表情を変えないので鋭さが増す。承太郎は初流乃を見て少し目を見開いたので、きっと軽くショックだったに違いない。
「まぁ確かに、なまえさんはかわいいっスけどねぇ〜。」
「待て仗助。今"けど"って言ったか?かわいい"けど"なんだ?接続詞を使ったって事は続きがあるんだろう?言ってみろ。」
「わ〜!花京院さん怖い!怖いっス!!」
「典明…。…仗助との身長差を感じさせない圧力…かっこいい…、好き…。」
たまに出る典明のバイオレンスな一面が垣間見えた。こうなった典明の眼は、いつもの優しい藤色の中に少し黒色が混じったような怪しい光を放っていて魅力が増すのだ。はぁ、かっこいい…。
「なまえさんの魅力の講義の前に、朝食だ。なまえさんがせっかく作ったんだ。食べるだろう?花京院さん。」
「…もちろん食べるよ。承太郎、仗助。なまえが作ったものなんだから、味わって食べろよ。」
「ジョースター一族を黙らせる典明…やっぱり最強…。」
朝食後、典明は帰ろうとする承太郎をハイエロファントで捕まえて、本当に講義を始めてしまった。私と露伴は用事があるのでリビングから離れたが、初流乃だけは楽しそうに典明の話を聞いていたのが印象的だった。
「よし、始めるか。」
露伴のその声を聞き、頭を切り替える。今日は、露伴と仕事だ。SPW財団員としてではなく、画家として、漫画家 岸辺露伴とのお仕事だ。
「今日はよろしくお願いします、露伴先生。」
「…またその呼び方をされるとは思わなかったな。」
「あぁ、そういえば前にも言った事あったね。」
あの時は露伴の変なスイッチが入ったのだが、今回はどうやら大丈夫だったらしい。なんの違いなのか分からないが、今からお仕事だからだろうか。
「それで、どれにするか決めたのか?」
「あぁうん。カラーインクを使えたらよかったんだけど、私にはちょっと難しくて、水彩絵の具にしようかなって。」
今日の仕事は、今回露伴とコラボするにあたって、宣伝も兼ねて2人でピンクダークの少年の扉絵を描く事。それも見開きを3枚。最初はキャラクターも描いてくれと頼まれたのだが、漫画を描いた事がない上に露伴の漫画のキャラクターを描くなんて勇気がなくてお断りしたのだ。そもそも扉絵の依頼だって、露伴から直接頼まれたからOKしたのだ。これが編集者からの提案であれば断っていただろう。
「難しい?…あぁ、ペンか。いいよ。特別に、僕が教えよう。」
「えっ。」
露伴が、直々に。それはとても魅力的だが、漫画家が使っているペンは扱いが難しい。以前漫画家がカラー原稿を描く際の画材の説明をしてもらった時に少しだけ練習してみたのだがなかなか上手くいかず、そのあとも部屋で何度か試してみたがとてもじゃないが自分の思い描いているものを形にはできなくて諦めていた。発色や雰囲気は好きなのだが。私が難しい、と言っただけですぐにそれを理解した露伴はすごいが、今から練習したとして、自分が納得できるものになるのか甚だ疑問だ。
「私…ペンを使う才能ないかもよ?練習に時間かかっちゃうし、水彩絵の具なら使えるよ。」
「ダメだ。僕の漫画の扉絵だぞ?カラーインクが一番いいと思ったんだろう?妥協は許さん。僕に従え。」
「そんな事言ったって…。中途半端なものを載せるわけにはいかないじゃない。」
「中途半端にならないように、僕が教えてやるって言ってるんだよ。僕が直々に教えるんだ、すぐ上達するに決まってるだろう。」
その自信は一体どこからくるのだろうか。がんばるのはどちらかというと、むしろ私の方なのに。それに、漫画の事になるとすごく高圧的だ。いや、俺様とでも言うべきか。
「いいから、ここに座れよ。とりあえず、現状を見せてくれ。」
ギ、と音を立てて、露伴が椅子から立ち上がり、ここへ座るようにと促された。これは仕事だ。…やるしかない。