第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「!承太郎達、帰ってきたみたい。」
少し遠くからあの車のエンジン音が聞こえる。いくら芸術だからとて、この状況を見られるのはマズイのは分かる。光の速さで服を着て、典明を抱えて部屋を飛び出し階段は使わず手摺を乗り越えて飛び降りた。床に典明をそっと降ろしたそのタイミングで家の前に車が停まる音がして、ホッと一息ついた。
「ただいま〜、って…なまえさん、起きてるじゃないスか。」
「おかえり仗助、初流乃。もう寝るよ。おやすみ。」
「いーや!寝かせねェっスよ?承太郎さんに聞きましたよ。なまえさん、背中に墨入れてるんらしいっスね。先に言ってくださいよ〜!」
「……へぇ、承太郎がね。」
なぜこうも、この男は私の事を私のいないところでペラペラ話すのか。それもプライベートな事をだ。
「…別に隠すような事じゃあねぇだろう。」
「隠すのと話さないのとでは意味が違うんだけど?話すにしたってどうして承太郎から「ほらなまえ。寝るか寝ないか、どうする?」
承太郎に噛み付く私を宥めるように典明が間に入って私に笑顔を向ける。こうなれば優先順位は必然的に典明になる事を、彼は分かっててやっている。
「シャワーを浴びて寝る!」
本当なら典明と一緒に起きていたいが、明日はやる事がある。ピアスは一番近くにいた仗助と交換をして、今日はもうおやすみだ。
「なまえ、おやすみのキスを忘れてる。」
「あぁ、ごめ、…!」
私とした事が忘れていたと振り返るとまさかのまさか、典明が頬ではなく唇にキスをするので何が起こったのか分からずに固まってしまった。あれ、今、みんなの前で、おやすみのキス、唇に…と時間をかけて頭が理解をすると、途端に顔が熱くなって慌てて顔を隠した。
「典明…急にかっこいい事しないでよ…!心臓に悪い…!」
「ごめん、つい。」
出た。典明の「つい」。典明は、そう言えば許されると思っている。結局いつも許してしまう私がそうさせたのだが、本当に狡い。
「典明はいつも…!」と指の隙間から覗いたら目を細くして微笑んでいるのと目が合って「いつもかっこいい!好き…!!」といとも簡単に言いくるめられてしまった。典明は、何も言葉を発していないけど。
「は〜〜、花京院さん、参考になるっス…。いや、逆になんねぇか?」
「当たり前だ。花京院さんだから通用してるんだ。クソみたいな仗助が真似したって悲惨な結果になるだけだぞ。やめとけ。」
スケッチブックを片付けたらしい露伴が憎まれ口を叩きながら降りてくるのが聞こえてきて、少しだけ顔の赤みが引いた気がする。
「ほら、君は早く行けよ。その赤い顔、花京院さんは隠したいだろうからな。」
「えっ、あ、痛っ!」
その露伴にグイ、と肩を掴まれ回れ右をさせられて、これまたグイグイと背中を押された。この力加減、本当、露伴は私に遠慮がない。
「なまえさん、おやすみなさい。」と初流乃が言うので振り返ろうとしたらガッ、と頭を掴まれたので振り返るのもダメらしい。「おやすみ〜、初流乃もあんまり夜更かししちゃダメだよ〜!」とだけ言って、みんなとは分かれた。
「なまえさん。なんで、仗助なんかのピアスをつけてるんだ。今すぐ外せ。」
「えぇ〜、露伴、ヤキモチ?痛っ!」
部屋の前まで来たところで露伴がかわいい事言ってるな、と思ってからかったら正面からデコピンされた。女の子にやるデコピンの威力じゃない。
「いいから外せよ。仗助のなんかより僕のやつを付けろ。」
「あはは、かわいー。でも部屋に入れば、自分のピアスあるんだけど?」
「…まだ、部屋には入っていないぜ。」
本当、ああ言えばこう言う。ヤキモチを妬いてるなら、典明のように素直に妬いてると言えばいいものを。
「そんなに嫌なら露伴が外してよ。…や、待って、思ったより擽ったい!」
「なんだよ、君が言ったんだろう?大人しくしてないと怪我するぞ。」
「もう、分かったってば!自分で外すから!」
仕方なく耳にある仗助のピアスを外して手渡すと露伴は機嫌を良くし、今度は自分のピアスを外して私へと手渡した。どうやら私がそれを着けるのを見届けるまでここにいるつもりみたいだ。
「…着けないのか?」
「…なんか、見られてると恥ずかしいなぁって。」
「……はぁ……。」
突然、ため息をついて項垂れる露伴。私、今なにか間違っただろうか?
「あの、露伴…?」
「…いや…。危機感を持つのはいい事だが、君が触れてこないのは、それはそれで寂しいもんだな、と思ってな。」
言葉通り少し寂しそうに言うので、心臓がチク、と痛んだ。そんなの、私だって寂しい。私だって、もっと典明と露伴に触れたい。
「ねぇ露伴、少しだけ、触れてもいい…?」
「…あぁ、少しだけ、な。」
触れてもいいと、許可が出た。触れたかったから、喜ばしい事ではあるのだが…いざ触れられるとなると少し緊張する。そっと手を握ると露伴の指が絡みついてきて、露伴も触れ合いたかったのだと分かって思わず手に力が入る。じわじわと熱を帯びてくる繋がれた手。その手とは逆の露伴の腕が背中に回って、体がピッタリとくっついた。既に心臓がドキドキと音を立てていて、きっと露伴にも伝わっているだろうと思う。好き…!と思った時にはもう、露伴の体をぎゅ、と強く抱きしめて、繋がった手も握ってしまって「グッ…!」と露伴が声を漏らした。力の加減を間違えたのだ。
「ごめん露伴…!露伴の手、大事なのに…。」
「いや…問題なく動く。心配するな。」
漫画を描くためには、手の怪我はご法度である。それを私が力加減を間違えたせいで怪我させてしまったら、申し訳ないでは済まないのだ。閉じたり開いたりして見せてくれているので大丈夫そうではあるが、本当に気をつけないと。
「んんん〜、露伴〜。」
「お、おいなまえさん…!」
露伴の硬い胸板にぐりぐりと顔を擦り付けても到底物足りず、頬へとキスをしたら止まらなくなって、数回頬へのキスを繰り返したあと自然に唇へのキスへと移行していった。せっかく我慢してたのになぁ、と一瞬頭をよぎったが、気持ちよさですぐに吹き飛んだ。キスをしている時はいつも、頭がふわふわして気持ちいい。
「はぁ…、…離れなくないなぁ…。」
「はぁ?…っダメだ、もう終わりだ。僕が耐えられない。…君に覚悟があるっていうなら、続けてもいいが。」
「う…。」
彼の胸板に頬を付けているので見えはしないが、絶対にいま露伴は、男の顔をしている。たまに見せるあの、かっこいい顔。
「…ふっ…、ほら、シャワー浴びてから寝るんだろう?早く入れ。僕は後で適当に入るから、終わったら知らせなくてもいい。あと、ピアスは着けろよ。」
最後に「おやすみ」と頬にキスをして、露伴は踵を返し去っていった。どうやって、露伴は上手に自分を抑えているのだろうか。私はいつも、こんなにもドキドキしているというのに。まさか、ここまできて私の事をそんなに好きじゃないなんてあるまいに。…え、ないよね?たまにとてもじゃないが好きな子に向ける目じゃない時があるけど、ないよね?若干不安ではあるが、露伴はもう下に戻り、騒ぎの中へ加わっている。とてもじゃないがあの中から露伴を呼び出して問い詰める気には、ならなかった。
「明日…聞けたら聞こ…。」
忘れないようにと声に出して、未だ手の中にあるピアスを耳のホールへと通した。今日はもう、シャワーを浴びて寝てしまおう。