第5部 杜王町を離れるまで 後編
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承太郎が「今日は泊まっていく」と当たり前のように言うので露伴を見ると軽く睨まれて、これは家主の露伴にも私にも事前に言ってないと判断して承太郎を睨みつけた。
「…悪い。泊まらせてもらってもいいか?」
「あのねぇ、そういうのは事前に言うもんでしょ?いくら露伴が独身で一戸建てに住んでるとはいえ、色々と準備があるんだから。」
「悪かったな、独身で一戸建てに住んでて。」
おっと、意図せず露伴を巻き込んでしまった。
というか…承太郎は本当に泊まる気でいるようだが本当の本気だろうか?なんだか近頃承太郎と話すと疲れるのでできれば遠慮したいのだが。康一くんの家にでも行けばいいのに。
「えぇーじゃあ俺も泊まっちゃおっかな。」
「なんでそうなる。お前は帰れよ。今すぐに。」
「いいじゃねぇか別に減るもんでもねェし。俺は花京院さんとゲームしてェだけだ。」
「花京院さんの名前を出せば僕が折れると思ってるだろ!家主の僕が嫌だって言ってんだよ!」
私が静かに嫌がる横で露伴と仗助も泊まる泊まらないの口論を始めた。正直うるさいが、このうるささがあれば承太郎の事も気にならなくなるかもしれない。
「まぁまぁいいじゃん露伴。見てよ典明のこの嬉しそうな顔。かわいいでしょ?」
「うッ…!!」
最近ゲームに割く時間を取れていなかったので、典明はいつもよりも僅かにその瞳を輝かせている。黙って露伴を見つめ続けているその姿が子供のようで、かわいいがすぎる…!
「この顔を見てもなお露伴がダメって言ったら、典明、泣いちゃうかも。」
「クッソ…!!卑怯だぞなまえさん、花京院さん!!」
卑怯だろうがなんだろうが、典明が楽しい時間を過ごせるのならそれでいい。それは私も、露伴も同じはずだ。
「じゃあ仗助、着替えとか取りに一回帰りな。朋子さんにはちゃんと連絡しとくからね。」
「ッス!」
「おい!僕はまだ許可してないからな!」
そんな事言って、露伴の表情はもう仕方ないな、と言っているようなものなのに。
「温泉行かないっスか?」
「温泉?」
一度家に帰ってもう一度やってきた仗助が、帰ってくるなりそう言いながらリビングへと入ってきた。どうやら杜王グランドホテルの温泉に行こうという事らしいが、行く気にはなれない。いや、行けない。
「私はいいよ、疲れたし。」
「えっなまえさん行かないんスか?好きそうなのに。」
好き嫌いでいえば温泉は好きだ。だけど行けない。行ったとしても入れないのだ。
「みんなで行ってきなよ。私は先に寝るから…。」
見ると初流乃は行きたそうにしているし、連れて行ってあげてほしい。
「行きてぇ奴だけ行けばいい。俺は行くぜ。」
「俺も行くっスけどォ〜。ほんとーに行かないんスか?」
「仗助。女の子をしつこく温泉に誘うのはカッコ悪いぞ。」
典明に言われて、仗助は苦い顔に表情を変えた。典明は本当に、人の心を操るのが上手だ。
「僕も行かない。クソったれ仗助と温泉なんか絶対嫌だね。承太郎さん、子供のお守りは任せたぜ。」
「初流乃も行きたいんでしょう?仗助、初流乃の事お願いね。」
意図せずジョースター一族とそうじゃない人達に分かれた。みんな顔がいいから温泉なんて行ったら囲まれるんじゃないだろうか?それだと帰りは遅くなるかもしれないな。
「なまえさん、なんで断ったんだ?君、温泉好きだろう?」
みんなを送り出して少しして、露伴が首を傾げてそう疑問を口にした。温泉は確かに好きだが、わざわざ露伴に言った事があっただろうか?
「温泉好きって、露伴に言った事あったっけ?」
「いや…前に独り言で、温泉に行きたいと言っていたぞ。それも大声でな。」
「えぇ?嘘。」
嘘、とは言ったが、確かに言っていそうだなと思った。
「実はなまえ、刺青が入ってるんだ。」
「は?刺青…!?」
「あぁうん、そうなの。」
サラッと典明が種明かしをするので拍子抜けしつつも同意した。別に隠しているわけではないが、あんまり言いふらすものでもないので言わなかっただけだ。
「背中にね、藤の花を少々。」
「藤の花…。花京院さんのイメージと言ってたな。」
「よく覚えてるね!ふふ、…ねぇ露伴、藤の花の花言葉は知ってる?」
典明の藤色の瞳が好きなのはもちろん、典明は藤の花がよく似合う。緑色や赤色も典明のイメージではあるが、私の中で典明の色といったら藤色一択なのだ。その、典明に似合う藤の花の花言葉は。
「優しさ、歓迎、忠実な。この他に、恋に酔う、決して離れない、だな。」
「露伴すごいね!物知り!」
「まぁな。確かに、藤の花はなまえさんと花京院さんにピッタリだ。」
「でしょ?だから結構気に入ってるんだ。大浴場には入れないけど。」
これが、私が温泉に入れない理由だ。元々はDIOとの戦いで負った傷跡を隠すために彫ったのだが、これがなかなか気に入って、今では色を入れ直す度に細かく注文するようにまでなってしまった。
「今は見えないとこにあるけど、次は二の腕にハイエロファントの触手を巻き付けたいなぁって思ってて。」
「デザインとしてはいいが…痛そうだな。」
「ふ…。痛いけど、意外と慣れるもんだよ。」
「なぁ、良かったらでいいんだが、見せてくれないか?藤の花の刺青なんて珍しいだろう?」
まさか露伴がそんな事をお願いするなんて思ってもみなかったのでチラ、と露伴を見ると、先ほどの典明のように目を輝かせて期待したようにソワソワしているのと目が合った。どうやら純粋に興味があっての発言だったらしい。
「別にいいけど…、お触りは禁止ね。」
「あぁ、スケッチはしてもいいか?」
「はいはい。最初からそのつもりで聞いたでしょ?」
露伴の部屋でしっかりとカーテンを閉めて、スケッチブックを抱える露伴には背を向けて。背中側にある下着のホックを外して、バサ、と脱いだ服を胸の位置で抱え込む。露伴は純粋にスケッチがしたくて言ったのを分かっているので快く承諾したが、さすがにこの状況で服を脱ぐのは恥ずかしい。だけど、私もTenmeiを描くためにいつも典明の服を脱がせているのだ。これは芸術には必要な事だと、自分で自分に言い聞かせた。
「君、こうして見ると肌が白いよな。髪の毛が真っ黒だから、余計に際立つ。」
「まぁ…基本的に引きこもりだったからね。」
友達がいなかった上に弟と共に外に出ても誰かしらに虐められるので、必然的に家に籠ってばかりいるしかなかった。ゆえに、ただ紫外線を浴びる時間が人よりも少なかっただけだ。悲しい事に。
「なまえ、こっちに視線をくれないか。」
典明のお願いに応えようと視線を巡らせると、露伴の横に立って優しい微笑みを浮かべていて、いつの間に移動したのかと思った。さっきまで、隣にいたのに。
「あー花京院さんナイスアシストだな。なまえさん、そのまま花京院さんを見ててくれ。」
「ふふ…典明を見てていいなんて、幸せな仕事だなぁ。お金を貰うより、ずっと有意義。」
「確かに。ただ立って君を眺めているだけで感謝されるなんてな。」
「あぁ、その笑顔いいな…。もう少しそうやって、2人で喋っててくれ。」
露伴のお願いは、喜んで引き受けた。本当にこんなお願いならば、毎日だって引き受けたっていい。