第5部 杜王町を離れるまで 後編
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「ホル・ホース、テメェ…!」
携帯電話を承太郎に渡すと開口一番承太郎がそう唸った。向こうの声は聞こえないが「ゲッ、承太郎かよ…」とでも言っているに違いない。そのままリビングを出ていったので初流乃との話は終わり。そう解釈してふぅ、と一息つくと部屋の中の空気が柔らかくなったのが分かった。
「初流乃…お前そんなすごい奴だったのかよ…。」
「僕はすごくないですよ。肩書きが面倒なだけで。ね、なまえさん。」
「そうね…。」
初流乃がすごいと言うのなら、仗助だって負けていないと思うのだが、仕方ないか。仗助はその特殊な生い立ちから、ジョースター家が実はすごい一族で、自分もその血を継いでいるという意識があまりないというか…実感できていないように思える。
「仗助さぁ…、ジョースター一族の話は、承太郎にちゃんと聞いてるんだよねぇ?ジョセフさんの祖父の話とか…。」
自分で聞いておいてなんだが、もしかして承太郎は仗助に詳しい話はしていないのではないかと嫌な予感がしてきた。典明も私の言葉を聞いて真剣な眼差しを仗助に向けるも…案の定、仗助は目を泳がせて「いやぁ…あんまし…?」と。
「はぁぁ〜〜……。」
長めのため息とともに、両手で顔を隠した。やっぱりだ。
「確かに承太郎は、長々と話すの上手じゃないけどさぁ〜〜。ねぇ露伴、これで分かったでしょう?私、承太郎のこういうところが理解できないの。」
「ふむ…、確かに、君の考え方とは違うようだな。」
承太郎はこれさえなんとかなれば多少よくなると思うのだが、本人はさして気にした様子もなくてそれすらもイライラする。
「承太郎がごめんね、仗助。自分がどんな一族の血を引いているのか、ちゃんと知っておいた方がいい。ちゃんと説明してあげるよ。典明が。」
「!…ふふ…なまえから指名されたら、ちゃんとやらなきゃな。」
「いいなぁ仗助。私も典明の授業受けたいな…。」
「なまえさん、心の声が漏れてる。」
典明の授業なんて、わかり易すぎて頭が良くなりそう…いや、私の場合は典明に見とれすぎてなんにも頭に入ってこない可能性もあるな。
「そうだ。初流乃にお土産買ってきたの。露伴〜持ってきて〜。」
「僕は君の召使いかなにかか?」
「やだよこんなわがままで我の強い召使いなんて。第一、日本に着いてから寝てなくて眠いんだもん。立ちたくない。立てない。ねぇ露伴〜。」
「わがままなのはどっちだよ。全く、初流乃の前で恥ずかしくないのか?」
小言を言いながらも初流乃へと買ってきた紙袋の束を運んでくれる露伴。彼の小言は息をするように出てくるので、最近ではもう"少しうるさいなぁ"と思う程度には慣れてきた。
「ほら、これで全部か?」
「うん、ありがと〜露伴。」
露伴が持ってきた紙袋は大小合わせて3つ。あれやこれやと見ているうちに増えてしまって、結局全て買ってきたのだ。
「これ、全部僕のですか…?」と戸惑いの表情を浮かべる初流乃は、やっぱり遠慮しているのだろうか?と思って口を開こうとしたら初流乃の綺麗な瞳から涙がポロ、と零れてきて思わず立ち上がった。
「初流乃!?大丈夫?」
「初流乃、どうした。」
私と露伴の様子を見て、離れたところで話していた典明と仗助もこちらに注目した。初流乃が泣くなんて、みんな心配するに決まっているのだ。
俯いて涙を流す初流乃にハンカチを手渡すとそれで目元を抑えながら「すみません、違うんです…」と声を震わせるので、落ち着かせてあげようと背中を摩ってやると、徐々にではあるが零れる涙の量は減って、やがて止まった。その事を確認して「大丈夫、心配しないで」と典明に目配せをして、初流乃が話し出すのを待った。
「僕…今までプレゼントだとかお土産だとか…そういうの、貰った事なくて…。嬉しくて…。」
それを聞いて「あぁ、なるほど」と思った。確かにあの母親ならそうだろう。本当に、不憫だな、初流乃は。
「初流乃が喜んでくれて、私、めちゃめちゃ嬉しい。悩みに悩んで選んだ甲斐があったなぁ。」
「ふ…、そうなんですか…?」
「あぁ、悩みすぎて買い占める勢いだったぜ。」
「ふ…、ふふっ…。」
未だ涙に濡れた顔で、初流乃は笑顔を浮かべた。その顔の綺麗さといったら、典明といい勝負ができそうなくらい綺麗だ。
「初流乃の好みじゃないかもしれないけど、似合うものを買ってきたつもりなの。ねぇ、開けて確かめてみて。」
一番近くにあった小さい紙袋から箱をひとつ取り出して手渡すと、初流乃はそれを大事そうに両手で持ち、緊張の面持ちで開封し、中身を取り出した。
「財布…ですね。」
「初流乃、お前の財布、ボロボロだっただろう?僕もなまえさんも花京院さんも、財布を買うのは満場一致で最優先だったんだぜ。」
「そうですね…嬉しいです。すぐ使います。」
かわいい。大事そうに両手で持ち微笑むその姿は、いつもの落ち着いた初流乃からは想像もつかないほど実に子供らしい。次に手渡したのは、少し早いかもしれないが大人なデザインの革靴。これは、一目見て初流乃に似合いそうだと思い即決したものだ。
「かっこいい靴ですけど…僕に似合うでしょうか?」と心配しているが大丈夫。私が似合わせる。
「この靴に似合う服を私が作るから、心配しないで。」
「…はは、さすがなまえさん。他の人とは違うなぁ。」
さりげなく財布と色も揃えているため、あとは私がデザインした服を着れば完璧だ。それと、アクセントとして最後の箱の中のものもある。
「これは…テントウムシ、ですか?」
「そう!かわいいでしょう?」
先ほどまで見ていた財布や靴とは少しアンバランスなてんとう虫のブローチ。色合いも派手でブローチにしてはサイズも大きい方かもしれない。だけどこれを見た時、純粋に初流乃に似合いそうだと思った。大人っぽいところと子供らしさが残る初流乃にピッタリだと。
「てんとう虫は、幸運を運ぶとか幸せの前兆だっていうでしょう?初流乃にこれから、たくさんの幸せが舞い降りてきたらいいなと思って。」
「なまえさん…。はは…、僕はもう、充分幸せですよ…。」
「あーあ、なまえさんが泣かせたんだぜ?」
「なまえ、テメー…子供を泣かせてんのか?」
あぁもう…、せっかく幸せな空気が漂っていたのに承太郎って奴は本当にタイミングが悪い。
「娘を泣かせてる奴に言われたくないなぁ。もう一回外行く?今度は波紋も使ったっていいんだからね。」
「…おい、その手をしまえ。シャレにならん。」
「承太郎が喧嘩を売るからでしょ?口数が少ないくせにたまに喋ったと思ったら、カチンとくる事しか言わないんだから!」
「なまえ、その辺にしてあげなよ。徐倫の事を言われて、だいぶショックみたいだぞ。」
間に入った典明を見て、承太郎を見る。ショックを受けている顔、だろうか?典明にはそう見えるのか?私には分からない。
「花京院…テメーは楽しそうだな。なにヘラヘラしてやがる。」
「ふふ…承太郎に怒ってるなまえがハムスターの威嚇みたいでかわいいなぁと思って、つい。」
「ブッ…!!」
吹き出したのは露伴と仗助だ。普段仲が悪い癖にこういう時だけ息ぴったり。
「あぁでも、レッサーパンダの威嚇もかわいかったな。どっちも捨て難い。」
「クッ…、花京院さん…!それ以上笑わせねーでくださいよ…これからテレビで見る度に思い出しちまう…ッ!」
「ふっ…!君は猫だ犬だハムスターだと、忙しいな…!」
「…今笑った奴、波紋を流してあげようか?」
バチバチ、と激しい音を出している右手を掲げて「何色がいい?色によってはめちゃめちゃ痛いけど」と脅すと2人の顔が青くなり、逆に典明と初流乃は「ふふ」と微笑んでいる。実に楽しそうな笑顔で、この2人の笑顔を守りたいなぁ、と思った。
「選べないなら私が選んであげる!大丈夫、ちょっと痛いだけだから!」