第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「なまえ、今日の夜にはまた日本に行っちゃうのよね…?」
今日もおやつを持って訪問し、徐倫の家の庭で遊んでいたら突然、彼女が寂しそうにそう呟いた。忙しい時期でなければもっと一緒にいられたかもしれないが、今はこれが限度だ。帰ったらまた、忙しい日常が待っているかと思うと私もちょっとだけ帰りたくないが、日本には、かわいい初流乃が待っている。帰らなくては。
「なまえにね、手紙を書いたの。あとで読んでね。」
「私に!?えっ、どうしよう。それだけでめちゃめちゃ嬉しい!」
「本当?」
現物は家の中にあるのだろう。まだ見ぬそれは、最近覚えた字で一生懸命書いてくれたのだろうと思うとそれだけで感動モノだ。間違いなく私の宝物のひとつになるだろう。
「典親からの手紙と同じくらい嬉しいよ。宝物にする!」
「テンシン…ノリチカの事ね。ノリチカは私の3歳上だから…今は9歳?」
「よく覚えてるね!この前誕生日だったから、もう10歳になったの!」
先日帰省した時に撮ってもらった写真を見せると「大きくなってる…」と驚いていて、最後に見せたのはいつだったか覚えていないが心の中で同意した。
「…前に見た時よりもノリアキに似てるわ。ノリアキがだめなら、ノリチカと結婚しようかしら。」
「それはとても喜ばしい事だけど…、ちゃんと会って話してから決めないとダメよ。」
なんだか将来が心配になるセリフだ。今のはきっと、承太郎には言わないでおいた方がいい。
「ねぇ、この子は誰?なまえには似てないけど、この子も綺麗な子ね。」
さすがお目が高い。典親から興味を逸らした徐倫が次に気になったのは、隣にいた初流乃だ。美形揃いのこの写真の中でも特に目立っている初流乃は、誰が見ても正真正銘のイケメンだ。徐倫が気にならないわけがない。
「この子はね、知り合いから預かって、保護してる子なの。」
「へぇ…。こんなに綺麗な子、初めて見た。」
「ねぇ待って徐倫。初流乃は確かに美形だし嬉しいんだけど、同じくらいの美形がここにいるじゃない。初めてじゃないでしょう?」
「あぁ、うん…。」
「ふふ、なまえ。徐倫が怖がるだろう?」
聞き捨てならない言葉が聞こえて、思わず真剣なトーンで話してしまった。反省反省。
「じゃあ、これは誰?なまえの友達?」
「…えぇと、これは…。」
この写真に写っている、他に徐倫が知らない人物は、露伴だ。彼を紹介するのは構わないが、友達かと言われると微妙なところ。しかし恋人だと言う勇気もない。
「彼は岸辺露伴。日本では知らない人がいないくらい、有名な漫画家なんだ。」
「そんなに有名な漫画家なの?そんな人がどうして、なまえの家にいるの?」
「なまえの仕事の関係で知り合ってね。一緒に仕事をして、仲良くなったんだよ。」
「ふぅん。」
説明は典明がしてくれたので私は見守っているだけだったが、なにもおかしなところはないはずだ。このまま納得してくれ、と思っていたら願いが通じたのか「はい」と写真を返され「お腹空いた。そろそろお昼じゃない?」と言うのでホッと胸を撫で下ろした。女の子はこういうのに敏感だというから、内心いつ核心を突かれるかとハラハラものだった。
「なまえ、ノリアキ、行きましょう。」
徐倫に導かれて家の方へと進むと、確かに美味しそうな匂いが外まで漏れている。これはスープの匂いか、と考えながら、3人で家の中へと足を踏み入れた。
「なまえ、これ。」
美味しいサンドイッチとスープを戴いて、食後のコーヒーを飲みながらゆっくりしていると、もじもじした徐倫が封筒を私へと見せてきたのでさっき言っていた手紙か、と手にしていたカップを置いた。徐倫の手から私の手に渡ったそれは女の子らしくピンク色の封筒で、拙い文字で「なまえへ」と書かれていてそれだけで胸がいっぱいになった。
「ありがとう、徐倫…。本当に、大切にするね。」
「…うん。帰ってから読んでね。」
今ここで見られるのは照れくさいのだろうと察し、すぐにでも読みたい気持ちを抑えてカバンの中にそっとしまいこんだ。
「…徐倫。もうひとつはいいの?」
徐倫の母がそう言うので徐倫の方を見ると、下を見て俯いて少し考えたあと、回れ右をして部屋へと駆けていく。まだ、なにか私に渡したい物があるのだろうか。そのまま少し待っているとパタパタと足音が聞こえてきて、徐倫が戻ってきた。その手には、私がさっき貰った封筒と同じものが納まっており、やはり迷った末に私にそれを差し出した。
「!…徐倫、これ…。」
それには同じような拙い文字で、パパへ、と書かれていて、なんというか、なんともいえない気持ちになった。徐倫は、承太郎の事が大好きなのだ。会いたいだろうと思う。でも簡単には会えない事も分かっていて、私を呼んだのだ。こんな、小さい子供に我慢させて…!
「承太郎に会ったら絶対渡す…!ついでに、たまには家に帰りなさいって、叱ってもいいかな?」
「!…うん!思いっきりやっちゃって!」
徐倫からのお許しが出た。帰ったらすぐ、承太郎に会う予定がある。徐倫からのお許しが出たのだから、出会い頭に殴りつけても許されるだろう。同時に、典親に会いたいと思った。春休みに入ったら個展が始まるが、そしたら聖子さんと典親を杜王町に呼んで、2週間ほど滞在をしてもらおうか、と頭の中で計画を立てた。
「なまえさん、今回は本当にありがとう。」
「いいんですよ。本当に、暇だったら1ヶ月くらい滞在したいくらい楽しかったし。」
早いものでもう時刻は夕方を指しており、お別れの時間だ。2人揃って玄関までお見送りに来てくれたのだが、徐倫が私の足にしがみついて離れなくなってしまい少々困っている。こんなに懐かれては、引き剥がすのも辛い。
「徐倫、私も徐倫とは離れたくないけど…でも、帰らなきゃ。」
「やだ…。今帰っちゃったら、次にいつ会いに来てくれるか、分からないもの…。」
承太郎の奴…あまりに承太郎が帰らないから、一種のトラウマのようになってしまっているじゃないか…!
「それでも、帰らなきゃ。…日本には、典親もいるし、初流乃も待ってるの。」
「ハルノ…?」
そういえば、徐倫には初流乃の名前を教えていなかったと思い出し「写真に写ってた、あのイケメンの」と言うとすぐに伝わったらしい。
「待ってる人がいるなら、帰らないといけないわね…。ねぇ、次はいつ会える…?」
やっと顔を上げた徐倫と目線を合わせるためにしゃがみこみ、しばし考える。いつ会えるか、現時点では約束はできない。春休みはもう予定があるし、夏休みの前半は結婚式に充てられている。
「早くても8月、とかかなぁ…。何も予定が入らなければ、だけど。」
アメリカの承太郎の家にもしばらく帰る予定はないし、早くてもそれくらいになってしまう。徐倫は「長いよ〜」と口にするが、申し訳ないがそれが精一杯。
「…でも、なまえなら絶対に、また会いに来てくれるよね…?」
その問いは私ではなく、典明に向けて発されていた。私の隣にしゃがんで視線を合わせた典明は、優しく彼女に微笑んで「僕のなまえが、徐倫に嘘をつくわけないだろう?」と王子様度100パーセントで言うので絶対にこの約束は守らなければと心に誓った。
「分かった、信じるわ。」
典明の言葉を聞き、気持ちを切り替えた徐倫はもう泣いていなかった。その姿は、なんだかとってもかっこいい。
「じゃあね、またね。」
お互いまたねと挨拶を交わして、ようやく徐倫の家をあとにした。私の名前を大声で呼んで手を振り続けるその姿が見えなくなるまで、私も同じように徐倫を呼び、手を振り続けた。やがて見えなくなって、そこに来てようやく寂しさがやってきて、誰もいない、私と典明だけの道で、少しだけ泣いた。