第1部 M県S市杜王町
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「承太郎!承太郎!!」
朝、電話の音で目を覚ますと、典明が嬉しそうな顔で私を見ていたのでディスプレイを見ると、典明と同じくらい、私が愛してやまない相手からの着信であった。電話を繋いですぐ、話しながら承太郎の部屋に行き部屋のドアを叩くと、彼は寝起き姿でドアの前に姿を現した。
「なまえ⋯。どうした。なにか、あったか⋯?」
ふわぁあ、と欠伸をする承太郎はとても珍しい。が、今はそれどころではないのだ。
「電話!典親(テンシン)から!!」
承太郎の目覚めを待ってられないとばかりに大声でそう告げると、承太郎の頭は覚醒したようだ。驚きに目を開いた。
「ママ⋯うるさいよ⋯。」
電話の向こうからは愛しい典親(テンシン)の迷惑そうな声が聞こえる。ちょっとばかし、声が大きかったようだ。
「典親(テンシン)、元気?聖子さんのとこでいい子にしてる?ママは今、承太郎とお仕事してるとこなの。」
承太郎に続いて部屋に入りながらそう言うと、
「知ってる。ねぇ、承太郎さんに変わって。」
と、冷たくあしらわれた。誰に似たのか、クールすぎる⋯。
「ええっ!」
私のその声に反応したのは承太郎で、こちらを見てニヤリと笑みを浮かべ、手を差し出した。俺だろう?と言っているような表情は、少しばかり憎たらしい。
「承太郎さんと話したあとに代わるから。待ってて。」
典親(テンシン)が言い含めるようにそう言うものだから、代わらない訳にはいかない。私が携帯電話を承太郎へと手渡すと、ふ、とまた笑ったのでひと睨みしておいた。
「あぁ、典親(ノリチカ)か。俺だ。」
花京院典親。彼の死後、お腹にいる事が分かったのだ。学校を休学して彼を産み、典明のご両親へ頭を下げて彼の姓を貰った、彼に似た男の子。名前は私が付けた。テンシンとノリチカ。テンメイとノリアキのように、2つの読み方をする呼び方。戸籍上はテンシンだが、私以外の人は彼をノリチカと呼んでいる。大事な人だけに、教えてあげなさいと私が言って教えた。自己満足、かもしれない。子供に、彼の姿を重ねてしまっているのかもしれない。しかし、それでもいいのだ。いつか大きくなって、私の事を嫌おうとも、私の、典親への愛は変わらないのだから。
典親は、承太郎によく懐いている。大きくてかっこよくて、優しい。そんな承太郎に憧れている。
だから、私がもし間違っても、承太郎が、典親だけは正しい道に導いてくれると信じているのだ。他人任せかもしれないが、私はそれだけ、盲目的に承太郎を信頼している。
「あぁ、そうだな。⋯⋯分かった。なまえに代わる。」
「!」
私に代わるという承太郎の声に、私は犬のように喜んだ。承太郎も、隣いる典明も笑うのが分かったが、そんな事より今は典親だ。
「典親〜〜!会いたいよ〜。会いに行っていい?」
アメリカに暮らし始めてもう随分経つ。帰れる時には帰っていたが、最後に典親に会えたのはもう半年ほど前だ。典親を思い切り抱きしめて、一緒に眠りたい。
「うん。いいよ。」
典親のその言葉に、私は思わず言葉を失った。今、なんて?私の反応を見て、隣に立つ典明は電話口に耳を寄せている。
「会いにきてよ。僕も会いたい。」
その後に続いた言葉に、私はハートを撃ち抜かれた。さすが典明の子。私のハートを掴むのがとても上手い。いつも誰に似たのかクールな物言いにツンとした態度を取っている彼からは想像もつかない素直な物言いに、私は聖子さんに感謝した。こんなにいい子に育ててくれて、ありがとうございます⋯!
「うん⋯会いに行く⋯すぐに行く。」
「えっ。ママ、仕事中なんでしょ⋯?」
無言で承太郎の方に視線を向けると、OKサインが出た。今現状、私にできる事は少ない。そもそもジョセフさんがここに来るまでの護衛役として同行したのだ。その任務は無事、完了している。
「行っていいって、承太郎が。承太郎は来られないけど、それでもいい⋯?」
承太郎が来ないならいらない、とワンチャン言われないかと不安だったが「うん。嬉しい。」と帰ってきたので、かわいすぎて思わず涙が出そうになった。
「この長期任務が終わったら、ちゃんと承太郎も連れていくからね。約束。」
「やった!約束ね!」
こういうところは、以前出会った5歳の典明に似ていてとても嬉しい気持ちになる。見た目も典明に似ているが、中身もちゃんと、典明の片鱗のようなものが見え隠れするのだ。
「じゃあ、なるべく早く行けるようにするね。いつ帰れるか分かったら、また連絡する。⋯⋯典親。典明、パパが、愛してるって。」
目の前の典明が手を差し出してソワソワしているから何かと思ったら、我が子に愛を伝えたかったようだ。かわいい2人だ⋯。
「うん、僕も。って伝えて。」
典親の言葉を聞いてちら、と彼を見ると、感極まった表情をしている。どうやら、ちゃんと伝わったようだ。
「ふふ。パパ、嬉しくて泣いちゃった。」
典明は首を振って泣いてない!と訴えるが、それくらい嬉しそうにしていたのだ。あくまで比喩だ。
「じゃ、近々また電話するね。じゃあね。」
「うん、またね。」
名残惜しいが別れの挨拶をし、電話を切った。
典明は、泣いていると言ったのを訂正しなかったので唇を尖らせている。かわいい。
「承太郎、今日これから行ってもいい?それか、今日なにか私がやるべき仕事があるならサクッとやっちゃうけど。」
既に着替え終えた承太郎は、顎に手を当てて考えて、じゃあ、とひとつ、おつかいを頼まれた。といっても、ポストに手紙を投函するだけで何も難しいことはない。
そうして私は、承太郎のいる杜王町から、空条家のある東京へと行く事になった。
典親に会えるのも嬉しいが、聖子さんにも会える。
聖子さんによく懐いているイギーも連れて行ってあげようと、私は意気揚々と、ホテルをあとにしたのであった。