第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「なまえさん。」
待ち合わせ場所に着いて視線をさ迷わせていると、露伴の声に呼ばれ、無事に合流できた。時刻は午後5時で、夕食には少し早いがこちらの用が済んだので早めの合流を提案したのだ。
「露伴。取材は順調?」
「まぁまぁだな。昨日の遅れは取り戻せそうだ。」
近くのカフェに入り落ち着いてから、露伴は徐ろにカバンから取り出したスケッチブックを差し出してくるので中を見るとものすごい量のスケッチや書き込みがあってやはり圧倒された。街の風景は風の吹いている方向や強さまで分かるし、通行人の表情も様々でまるで写真を見ているような感覚になる。思わず「とてもよく描けてる。」なんて、画家っぽいセリフが出た。実際画家なのだが。
「…このスケッチブック、画集にしたらファンは喜びそう。」
「これを?ただのスケッチだぞ?僕は漫画家だ。ファンには僕が描いた漫画を読んでもらえれば、それでいい。」
「そうなの?てっきり、露伴は意外とファンを大事にしてるから、需要があるならやるって言うかと思った。」
「意外と、は余計じゃあないか?僕は僕のファンを大事にしてるんじゃあなく、僕の漫画のファンを大事にしているだけだ。これは僕の中では、全然意味が違う。」
露伴の言葉を聞いて、改めて尊敬の念を抱いた。本当に彼は、自分の漫画やファン、そして自分自身と真摯に向き合えている。非常識でモラルがない行動を起こす事も多々あるが、そこにさえ目を瞑れば本当にすごい人間なのだ。この、岸辺露伴という男は。
「でも、漫画のファンって事はさ、露伴のファンでもあると思うよ。露伴がいなかったら、ピンクダークの少年は生み出せないわけだし。」
「…ふむ、一理あるな。」
珍しく納得したように顎に手を当てて同意の意を示す露伴を少し意外に思いながらコーヒーを口に含むと思っていたよりも美味しくて、やっぱりアメリカのコーヒーは美味しいな、と気を取られた。
「だがやはり、気は進まん。僕が見てほしいのは漫画だからな。」
「…じゃあ、私のためだけに一冊作ってよ。費用はSPW財団が負担するから。」
「なんだ、君が欲しかったのか。いいぜ。仕事部屋にあるスケッチブックなら、貸し出してもいい。」
「ふふ、ありがとう露伴。」
それまで気が乗らないという言葉通りつまらなそうにしていたのに、その顔は嬉しそうに緩められた。色々と気難しいところがある露伴だが、最近少しずつではあるが彼の喜びそうな言葉や嫌いそうな言葉など、扱いが分かってきた気がする。現に私のお願いを聞いて嬉しそうにしていてかわいい。
「なまえさんも、せっかくだからスケッチしようぜ。少し行った先に、自然豊かな公園を見つけたんだ。」
「そうだね。コーヒーでも買って行って、少しゆっくりしよう。」
今しがた飲んでいたコーヒーを持ち帰り用に買い直して、外に出る。季節はまだ冬なので寒さはあるが、買ったばかりのコーヒーもあるのでしばらくは大丈夫だろう。と、思っていたのに。
「ねぇ待って。思ってたよりも寒い。」
「そうか?なまえさん、意外と寒がりなんだな。」
寒がりとかそういうレベルではない。鉛筆を持つには素手でなければ描けないというのに、外気に晒された手はみるみるうちに冷えて動かなくなるし、頼みの綱だったコーヒーすらみるみる冷めてしまい、冷めきる前に飲み干した。しかし隣のベンチに座る露伴は寒さなんてものともせずスケッチブックに鉛筆を走らせている。いつものお腹の出ている服を着ているにも関わらず、だ。年末年始の夜に外に出た時は寒そうにしていたので、決して露伴も、特別寒さに強いというわけではないはずだが。
ツン、
ちょっとした悪戯心が芽生え、冷えた人差し指の腹で脇腹をつつくと案の定ビクッと大きく体を跳ねさせた。触れた指先から僅かに熱が伝わってくる。
「君なァ…!!」
「あっ………たかいッ…!!」
ギロ、と効果音がつきそうな顔で振り向いた露伴に気にもとめずにその温かさに感動していると、やがて諦めたようなため息が聞こえてきた。別に露伴の邪魔をしたいわけではないので申し訳ないが、寒いものは寒い。
「触るのを指一本に留めたのは褒めてやる。だが僕だって、別に寒さを感じていないわけじゃあないぞ。」
「えっ、そうなの?」
「しかし君、それにしたって冷たいな。波紋の呼吸とやらで温められるんじゃあないのか?」
「…ふふふ…そんなの、わざとに決まってるでしょ?」
正直、常人の体温に合わせて呼吸するのは少し面倒だが、露伴と同じ状況で同じ時を過ごしたくてそうした。しかし結果的に露伴は想定よりも寒さを我慢できてしまって、先にこちらの限界が先にきてしまった。
「世の恋人達が"寒〜い"ってやってるの、羨ましいなぁって思って。」
「…本当に純粋だよなぁ…。君は色々と、アンバランスだ。それが魅力のひとつなんだろうが…。」
「アンバランス?」
露伴のお腹から離した手を擦り合わせると、露伴が伸ばした手がそれを包んで温めようとしてくれる。しかし、露伴の手も冷たくて、温まるのには時間がかかりそうだ。
「君は人懐っこいのに、友達と呼べる友達がいないだろう?知らない奴との間に作る壁はとても高くて厚いのに、それが無くなると一気に距離を詰めてくる。恋愛に関して言えば、26歳で子供もいるというのに、恋愛経験は高校生…いや、下手したら中学生並。こんな奴、他に見た事ないぜ?」
「……。」
露伴の言っている事は全て的を射ていて、返す言葉が見つからない。要は人付き合いはいいが、人との適切な距離感が分かっていないのだ。それは自分でも薄々分かっていた事だが、これがなかなかに難しいのだ。
「まぁ…君の境遇を聞いたら仕方ないとは思うが…。育った環境というものは、その人の人格を構成するのに影響するからな。君が明るいのは、元々の人格なんだろうけどな。」
「露伴…カウンセラーの先生みたい。」
率直な感想を述べたのだが「ちゃんと聞いてたか?」とでも言いたげな顔で片眉を上げる露伴を見て思わず笑みが漏れた。
露伴は漫画を描くのに、常にリアリティを求めている。故に人のそういうところに詳しくなるのは必然なのだろう。そういう理屈的な意味では、露伴も私の事をよく理解していると言える。
「なんだ、もう温まったじゃあないか。」
「うん。呼吸を戻したからね。」
私達の間で重なり合っている手は、もう充分暖かい。それでも寒そうな格好の露伴の頬を「えいっ」と両手で挟むと驚いた顔を見せたあと、「はは、すごいな、波紋ってやつは」と笑顔を崩すのでつられて私も表情を崩した。
「今日も任務完了〜!」
「ふ…、1日の終わりなのに元気だな、なまえ。」
「だって明日には日本に帰れるし!あ…承太郎を初流乃に会わせなきゃいけないんだっけ…。」
「よく覚えてたね。偉い偉い。」
「花京院さん、またなまえさんを甘やかして…おい待て。なんでまたベッドがくっついてる。」
シャワーを浴び終えて、露伴がシャワーを浴びている隙にベッドをくっつけてゴロゴロしていたら、案の定出てきた露伴は顔を顰めた。予想していた事である。
「だって、せっかくだし?明日には帰っちゃうんだよ?」
明日の今頃はきっと空港にいるはずだ。故にこうしてホテルで過ごすのは今日で最後。せっかくだし、とくっつけたのだが、露伴は未だ嫌そうな顔をして…呆れた顔へと変わった。
「うん…分かった。分かったよ…。君の頭の悪さがな。」
「露伴がそんなに嫌なら戻すけど。」
「……いや、このままでいい。…"せっかくだし"な。」
本当に、素直じゃない人だな。今の間はどう考えたって、嫌だったからできた間だった。素直じゃないところが本当にかわいい。
「どうする?もう寝る?お酒を飲もうにも、露伴は禁酒中だからね。しりとりでもする?」
「バカか。今どき子供でもやらんぞ。やるなら一人でやってくれ。」
「典明〜。露伴が冷た〜い。」
「なまえ、しりとりがしたいなら僕と2人でやろう。」
「ふふふ。典明のそういうところ、好き。」
そうだ、典明は意外とノリがいい。いつものかっこいい顔で、サラッとノッてきてくれるんだった。私、典明の好きなところいっぱいだな。