第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「おはよう、なまえさん、花京院さん。」
「…おはよう。」
なんだかあまり眠れなかった。昨日の会話が頭の中でグルグルしていて、眠れたのが恐らく遅い時間だったせいだろう。先に起きていたらしい露伴は既に着替えて歯磨きを始めており、私も追いつくべくとりあえず布団の上で体を伸ばした。
「よく伸びるな。君は体も柔らかいのか?」
「んー、どうだろう。高校の体力測定の長座体前屈は校内一位だったけど。」
長座体前屈どころか全種目で一位だったが、それは今の話と関係ないので省いておいた。
「君、確か勉強もできるんだろう?それに言わずもがな運動もできる。苦手な事ないのか?」
ベッドから起き上がって、考える。苦手な事くらいある。DIOだったり、昔の記憶だったり。だけどそれは苦手な"もの"であって、苦手な"事"ではない。露伴の求めている答えとは違う気がする。
「君、泳げないだろう?」
「!」
典明の答えにハッとした。そういえば、私は泳げないんだった、と。
「へぇ。運動神経がいいのに、泳げないのか。」
「懐かしい…。クイーンで水を掴めるから、泳がなくても移動はできるの。」
自分の事ではあるが、10年間もの間泳ぐ必要性がなかったので忘れていた。エジプトでは泳げない事で典明に何度も助けられたのに。
「なるほど…。じゃあ実質苦手な事はないって事じゃあないか。文武両道で美人で、妬まれそうだな。」
「それを言ったら典明だって…。いや、承太郎もそうだった。」
「…君達、同じ高校だよな?一学年違いでそんな完璧な人間が集まるなんて、どうなってる。」
「さーね。あぁほら、早く口ゆすいできなよ。垂れるよ。」
口から歯磨き粉を垂らしそうになっている露伴を洗面所に見送り、やっとベッドから降りて服を手にする。ここで着替えようかと思ったが思い直して、露伴が戻ってくるのを待った。昨日の事を思い出して、ここで着替え始めてはまた怒られると思ったからだ。私、偉い!
身支度のあとホテル近くのカフェで朝食を摂り、そこで露伴と別れた。「じゃああとでな」と言う露伴とハグをしたかったがしても大丈夫なものか図りかねて手を振るだけに留めたら「…これはこれで寂しいものだな」と呟いた露伴が優しく頭を一撫でしていったので結局ハグはセーフなのかアウトなのか分からずじまいだった。
「なまえ!」
「いらっしゃい。」
徐倫の住む家に辿り着いてインターホーンを押すと昨日と同様ものすごく歓迎されて、考え事は一旦頭の隅へ追いやった。昨日とは違ったのは、徐倫が両手で大事そうにチェリーのピアスを見せてきた事で、昨日渡した時となんら変わらず、そのままの状態で私の元へと返ってきた。カフェで買ってきたおやつとそのピアスを交換して、私の仮ピアスを外して定位置に戻すと不思議と気持ちが落ち着いた。私はやっぱり、これがないとダメだなと再確認した。
「ありがとう徐倫。今日は何をして遊ぼうか。」
「公園に行きたい!」
少しだけ徐倫のママとおしゃべりをしてから、徐倫の希望通り公園へと出掛けた。色々なアスレチックがあって徐倫もお気に入りの公園のようで、着いてすぐに目的の遊具に向かって走って行ってしまった。
「徐倫ー!待ってー!」
あんまり遠くに行かれると困る。いざとなったらハイエロファントで捜索をするが、そもそもいざという場面などない方がいい。走って徐倫に追いつくと「なまえ、足速いのね!」と嬉しそうに笑顔を浮かべていて、今日は体力勝負になりそうだな、と覚悟した。
「今日のなまえ、なんか変だわ。」
30分ほど公園を駆け回って少し休憩、とベンチに腰掛けて飲み物を飲み始めた頃、唐突に徐倫がそう口にした。変、とは具体的にどういうところだろうかと聞くと「分かんないけど…なんか、ノリアキに対してよそよそしい」と言うので内心ギクリとした。「ねぇ、なんで?」と続ける徐倫の言葉に答えられなくて言葉に詰まっていると、後ろから典明の腕が伸びてきて優しく包み込まれた。
「なまえはね、色々と僕のために考えてくれているところなんだ。そんなところも愛おしいと思っているから、心配しなくて大丈夫だよ、徐倫。」
「……ッ、…典明、ありがとう…。」
典明の言葉を聞いて、安心した。そして嬉しかった。ありがとうと好きが伝わるようにと、体の向きを典明の方へ向けて身を預け、熱くなった目頭を徐倫から隠した。
「ふぅん…、よく分からないけど、それも愛の形って事?」
「愛…そうだね。さすが徐倫。物分りがいい。」
本当に典明は、私の、一番の理解者だ。分かりすぎているといってもいいくらい、私の事を分かってる。
「…それが愛なら…、徐倫のパパのも、愛なの…?」
トーンを少し落として静かに呟く徐倫の声に、ハッとして顔をそちらに向けると、先ほどまで明るく笑っていたその顔は寂しそうに伏せられていて胸がぎゅ、と締め付けられた。寂しくないわけがない。私だって典親になかなか会えなくて、いつも寂しく思っているのだ。それが子供なら尚更だ。
「承太郎は、徐倫の事ちゃんと愛してるよ。愛し方が、ちょっと特殊というか…下手だけど。」
典明から離れて徐倫を抱きしめると、彼女もその小さい手を私に伸ばすので愛おしく思った。典親が承太郎に懐いているように、徐倫も私に懐いてくれているのが嬉しい。だけどまずは先に、自分の子供に愛をあげなくちゃいけないな、と改めて実感した。
「承太郎に電話しちゃおうか。」
「えっ。…いいの?」
「あぁ、なまえの携帯からなら、いいんじゃあないか?」
承太郎はきっと、2人に連絡を取るのも制限しているはずだ。だが私には別に、制限などない。私がこうしてアメリカにいる今ならば、私の携帯を通じて、承太郎と話をさせてあげられるのだ。典明のお許しをもらったのをいい事に、すぐさま承太郎へ電話をかけると数コールで繋がり、電話の向こうから承太郎の声が聞こえてくる。
「もしもし。またなにか、問題でもあったのか?」
「承太郎?問題はないんだけど、ちょっと急ぎなの。今時間大丈夫?」
「テメー今、徐倫と一緒にいるはずじゃあ…。」
「その徐倫が寂しがってるの。たまにはちゃんと話しなさいよ。」
間髪入れずに徐倫に携帯を渡すと、少し迷った末に「パパ…?」と話し出す。何言か話すうちに次第に徐倫にも笑顔が戻ってきて、ようやく一安心できた。
「君の発想力というか行動力には、いつも驚かされるな。」
「そう?私は典明の頭の良さが羨ましいけど。」
「じゃあ僕達2人でいれば、なんにも怖くないな。」
「ふふ、そうだね。典明がいてくれたら、私なんにも怖くないかも!」
前は、色々怖いものがあった気がするが、最近はまるでマリオがスターを取った時のような気分で、つまり無敵な気がしてならないのだ。言葉通り典明がいれば、なんにも怖くない。なんだってできる。
その後数分は徐倫を見守りながら典明と他愛ない会話をして、承太郎との話が終わる頃には徐倫はいつもの明るい笑顔に戻っていた。
「承太郎とたくさんお話できた?」
「うーん…。パパは返事してただけだったけど、一応?」
その言葉を聞いて思わず額に手を当てた。突然の事だったとはいえ、子供にも分かるレベルで会話ができないなんて…。本当に、承太郎のコミュニケーション能力はどうにかならないものだろうか?
「でもなまえ、ありがとう。パパと会話できただけでも、嬉しいわ。」
「徐倫…。…いい子ッ!」
本当にいい子だ。そして健気だ。こんな子に寂しい想いをさせているなんて、本当に許せない!
「今度会ったら、肩パンしとくね、徐倫。」
「はは…。君の肩パンは、シャレにならないな…。」