第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「露伴…、漫画家としては尊敬できるけど、大人としてどうかと思うわ。」
カフェには着いたが、先に席に着いていた露伴はテーブルに頭をもたげながらも外の景色をスケッチしていてその異様な光景に人々の注目を浴びている。それも悪い意味で。
「あぁなまえさんか…。吐き気はないが頭痛が止まらなくてな…。」
「はぁ…なにか食べたの?薬買ってきたから、飲んで。それ飲んだら帰るよ。」
本当に恥ずかしい。店員さんにお会計をお願いすると共に「すみません、すぐ連れて帰ります。これ、チップ。」と多めのチップを渡して謝罪をした。なんで私が。
「飲んだ…、飲んだぞ…。」
「はいはい。帰らないって言っても連れて帰るからね。こんな状態で取材したって、効率が悪いでしょう?」
「ま、待て…。自分で歩く…。」
「早くこの場を立ち去りたいの。我慢して。」
お店の邪魔にならないように露伴を肩に担いで歩くと違う意味で注目を浴びてしまったが、露伴の醜態を見られるよりは充分マシだ。最後にもう一度謝罪をして店をあとにしてタクシーを探すが、なかなか捕まらない。通行人に驚かれたりしながらやっと見つけたタクシーに乗り込んだ時には、カフェをあとにしてから15分は経過していた。露伴には、お酒の楽しみ方をきちんと教えてあげないといけない。
「露伴。こんな状態でよく外に出たものだね?いや、その前に、お酒を飲むなら自分の限界を越えないように飲まなきゃダメでしょう?貴方は日本では有名人なんだから、上手に飲めないのなら飲んじゃダメです。」
「…いけると思ったんだよ。飲んだ時も、今日も…。」
「なんだって?もう一回言ってみて。」
「すみませんでした。」
いま私は過程の話ではなく結果の話をしている。結果の方が大事!というつもりはないが、これに関しては結果が全てだ。露伴は有名人。露伴がお酒で失敗した時は、一緒にいた人に無理やり飲まされて、だとか仕事のストレスで、なんて事より先に"失敗した"という結果だけが見出しとなり、注目されるのだ。露伴はその辺分かっていると思ったが、まだ20歳。お酒の加減が分からなくとも無理はないのかもしれない。私がきちんと、管理しなくては。
「電話でも言ったけど、お酒はしばらく禁止。その後も露伴が自分に合った飲み方を見つけるまで、お酒は1日2杯まで。分かった?」
「分かった…。」
ソファに座り項垂れる露伴はまるで叱られた猫のようで、思わず頭を撫でてしまう。お酒を飲んだ露伴はとてもかわいいが、毎回翌日二日酔いではプラマイゼロどころかマイナスである。早急に矯正をしなくては。
「露伴は寝なくてもいいから、布団に横になって。明日から元気に取材に行くんでしょう?」
「…そう、だな…。」
「私はちょっと、仕事をするから。」
こんな事もあろうかと買っていたノートパソコンをカバンから取り出して、コードを接続して起動する。画面がつくのを待っていると、露伴が重たい体を引き摺るようにして立ち上がり、服を持ち洗面所へと入っていった。恐らく着替えるのだろうと思ったところで画面がついた。
バン!
「そういえば、起きたら服を着ていなかったんだが、なにかあったか?」
大きな音を立てて扉を開け放った露伴が焦ったように言うので私は聞こえないふりをして、逆に典明は声を上げて笑いだした。
「あっはは!残念だったな露伴、記憶がなくて。」
「…あぁつまり、なにかはあったんだな…。」
「いいから早く着替えて寝なさい。」
今日はもう疲れた。まだ時刻は夕方の5時だが、なんなら私もこのまま眠ってしまいたい。
典明の眼鏡をかけてカタカタとキーボードを打っていたらいつの間にか集中していたようで、一連の経緯を記した資料は8割方完成した。ここからまだ、予測できる懸念点や問題点、対処法の提案など挙げていかなくてはいけないので中々に骨が折れる。チラリと時計を見ると7時近くなっていて、次に露伴を見ると目を閉じて静かに眠っているようだった。傍らにはスケッチブックが落ちていて、私と典明を描いていたようで私の傍らでこちらを見ている典明と、私と一緒にパソコンの画面を見つめる典明と、私を優しい瞳で見つめる典明がいるが、私だけは微動だにせず画面を見つめていて驚いた。露伴が描いたのだから、本当にこの通りなのだろう。通りで首や肩、その他至る関節が痛いわけだ。ぐぐ、と腕を上げ首を回すとバキバキと音を立てて、多少は楽になった。
「よかった。もうだいぶ楽になったみたい。」
子供のように静かに眠る露伴の顔色はいつも通りに戻って、眉間の皺ももうなくなっている。ベッドの脇にしゃがんでその気持ちよさそうな寝顔を眺めていたら段々と眠くなってきて、ついうとうとしてしまいそうになる。
「なまえも少し眠るか?まだかかるんだろう?」
耳に心地よい典明の声で紡がれた言葉は甘い誘惑で、そのままその声に従って眠りたいと思った。だけど…このまま眠ってしまったら、今日は起きられない自信がある。
「典明のキスと、甘いものがあれば頑張れる気がする…。ほしいな…。」
「はぁ…君は本当に…、」
「かわいい?」
「…よく分かってるじゃあないか。」
あぁ、今日も典明がかっこいい。私のお願いをこんなに優しい顔で聞いてくれて甘やかしてくれて、好き、大好き。
「……いい景色だな…。」
「!露伴、起きたの?」
突然横から聞こえた声に、私も典明もビクッと肩を震わせた。見ると露伴が薄らと目を開けていて、今起きたばかりのようだった。かわいい寝顔はまたしばらく見られなくなってしまった。
「横で話されたらさすがに起きるだろう。…お、随分楽になったな…。」
「露伴…謝罪か感謝か、くれてもいいんじゃないの?」
「………悪かった…。」
沈黙のあとに小さい声で呟かれたのは、不本意そうな謝罪の言葉だった。露伴は本当に天邪鬼だ。感謝したり謝ったりするのが苦手、というかできないのだ。それを今、頑張って絞り出した。その努力を評価して、今回の事は許してあげよう。
「露伴、私、甘いものが食べたい。あと、紅茶が飲みたいな。」
「…夕食は?」
「どこか行きたいところでもあった?ないなら今日は、ルームサービスでも…。あぁ、そうね。外に行こうね。」
ルームサービスという単語を聞いて眉をひそめた露伴の顔を見て、すぐにその真意を理解した。ようは、海外に来ているのにその地の食事を食べないなんて、という事だろう。そういう細かいところまで目で見て耳で聞き口に入れ手で触れて、その全てを吸収して漫画を描いているのだ、この岸辺露伴という男は。芸術家という大きな枠組みで見たら、とてもじゃないが敵わないな、とつくづく思う。