第1部 M県S市杜王町
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-岸辺露伴視点-
「ゲ…岸辺露伴。と、なまえさん!…なんでコイツと一緒にいるんスか?」
道中顔を合わせた東方仗助は、僕を見て心底嫌そうな顔を見せたが僕は笑顔で受け答えをし、「そうだ。君も来るといい。」と無理やり家に連れてきた。
普段だったら、絶対にアホの仗助を家に入れるなんて事はしないが、今は彼が必要だったのだ。
ここに来るまでの間に聞いた条件は、彼女に絶対に触れない事。答えたくない質問には答えないが、質問も可。彼に関する事は話さない。タイムリミットは5時。そして、第三者も同席する事。この5点だった。
「本当は承太郎がよかったんだけど…。」と彼女は言うが、彼女の言う空条承太郎は今、所用で外に出ていて手が離せないようで、困っていたのだ。
このまま彼女が帰ってしまっては困る!と、仕方なしに偶然出会った仗助を連れてきた。
家に着いてから彼女に「すまない。同席するのはコイツでもいいか?」と確認を取ると「うん。」と笑顔を見せたので問題がないようでホッと息をついた。
「なまえさん、本当に、無理やり連れてこられたんじゃあねーよな?」
「うん。心配しないで。襲われたら返り討ちにするんだから。」
そう言って仗助に力こぶを見せる彼女がかわいく思えて、思わず笑みが零れた。そして、彼女の隣にいる彼が、目を細めてこちらを見ているのに気がついた。警戒、いや、牽制、しているのか…?
手に持った1人分のお茶を、彼女の前にコト、と置いた。
「そうだ、岸辺くん。彼は花京院典明(ノリアキ)。教えてなかったよね。」
彼女は徐に、彼の紹介を始めた。見つめ合っていたことに気がついたのだろう。
「ノリアキ?テンメイじゃあないのか。」
思った事を口にすると彼女はまたかわいらしく笑い「フッフッフ…テンメイと呼んでいいのは私だけなのです。」と得意げに言ってのけた。なるほど。特別な呼び名か。ただのあだ名なのか、はたまた、別の理由があるのか…。今聞いても、きっと彼女は教えてはくれないだろう。
「花京院、さん。よろしく。」
彼の目を見て挨拶したのだが、彼は僕を見て、プイ、と視線を逸らしてしまった。どうやら、僕と仲良くするつもりはないらしい。
「ふふ。じゃあ、始めようか。」
彼女の明るい声で、みんな椅子に腰掛けた。仗助だけは「お、俺は何をすれば…。」と狼狽えていたが「君は座っているだけでいい。」と声をかけると大人しく席に着いた。
彼女の話す壮絶な人生に、僕はペンを走らせた。どんな事も聞き漏らさないように。時々、質問も混じえて。
なるほど…彼女の心の闇は、こうしてできていったのか…と妙に納得している。
この杜王町の隣町で生まれ、特殊な体質を理由に小学生の頃まで虐められていた。その事を苦に町を出て家族と東京に引越し、空条承太郎という男と出会ったのだという。彼は彼女の事を受け入れ、とても良くしてくれたのだと。その彼の事を好きにはならなかったのか?と問うと「私は王子様を待ってたの。承太郎は王子様じゃない。」と、よく分からない事を言っていたが花京院さんが嬉しそうな顔で彼女を見ていたので、2人には何かこの言葉の意味が分かるのだろう。
そして高校1年生の家族旅行の話が始まり、そこから空気が変わった。DIOという男との因縁のようなものが、始まったのだ。家族を全員殺され、奴の矢によってスタンド使いになってしまった事。空条承太郎の家に居候していた事。そしてDIOを倒すため、たった4人の仲間と共に、エジプトに渡った事。そこまで聞いたところで、彼女は言葉を切った。
見ると、顔色が悪くなっているのに気がついて、一旦休憩の意味も込めて席を立って、お茶を入れ直した。
「大丈夫か?無理しなくていい。今日はここまでで充分だ。」
コト、とお茶を置くと、彼女は両手でそれを持ち、動きを止めた。冷えた手を温めているようだ。
花京院さんはスタンドで彼女を安心させようと触手を巻き付けたり、背中に手を当てたりと心配そうな顔をしている。
「みょうじさん。すまない。ここまで壮絶な過去だとは思わなかった。話すのが辛いのなら、ここまでで充分だ。…本当は、知りたいのだが…。貴方に無理をさせてまで、聞き出そうとは思ってない。話したくなければ、話さなくて良い。」
椅子に座る彼女と目を合わせようと、床に片膝をついて下から見上げると彼女は驚いた表情を浮かべて「君…そんな気遣いもできるの…!?」と若干失礼な事を述べるが、最初の出会いを思い出し、彼女の僕の認識はあながち間違いではないと納得した。
「そうだな…。彼の好きな所なら、話してくれるか?」
椅子に座り直し気分を変えようとそう提案するとパァ、と彼女は花を咲かせたように笑った。よかった。話題選びを間違えてはなかったようだ。
「典明は、私の王子様なの!見てわかる通りどこかの国の王子様ですって言われたら信じちゃうような顔と佇まいでしょう?」
彼女がそう言って彼を指すので、僕と仗助の視線は花京院さんへと向く。彼は突然視線を集められた事に驚いて、手で顔を隠してしまった。確かに、男らしい輪郭に眉、切れ長な綺麗な瞳、スっと通った鼻筋に高い鼻、薄くて広い形の整った唇。誰がどう見ても、整った顔立ちである。その顔に特徴的な、柔らかそうな髪の毛。見た目だけでいえば100点…いや、120点である。そして佇まいの方も、いつも姿勢よく立ち、歩き方も美しい。いつも彼女に触れる手も、優雅で美しい所作だ。うむ、これは誰がどう見ても
「確かに、王子様だな。花京院さんは…。」
横にいる仗助から、今思っていた言葉が吐き出されて鳥肌が立ったが、認めざるを得ないだろう。
「そうだな。」と同意を口にすると仗助も驚いて、嫌そうな顔をこちらに向けた。
「ほらね!私だけじゃないでしょ?典明は王子様みたいにかっこいいのよ!」
彼女は嬉しそうに花京院さんの手を取って笑顔を浮かべている。頬を染めて彼を見る彼女がかわいらしく、心臓がきゅ、と掴まれたような感覚がした。…今の、感覚は…?
「典明、自分の顔がいいって自覚がないのよ。信じられる?」
「まじッスか!?俺だったら、毎日鏡見ちゃうッスけど!」
そう言う仗助も、顔が整っているのを自覚していないようだ。バカなのか?というか、この空間の顔面偏差値が高すぎる。なんだか自分が場違いなような気がしてきたが、そもそも、ここは自分の家なのだ。
「でね、典明、この顔でしょ?このパーフェクトフェイスで優しくされて、毎日のようにかわいいかわいいって言われたら、落ちない人はいないよね?私、自分に優しくしてくれる、紳士的な、王子様みたいな人が好きなの。」
そう言って頬に手を当てて笑う彼女はとてもかわいらしく、やはりとてもじゃないが26歳には見えない。ただの、恋する少女だ。
「典明の好きな所、たくさんあるの。聞いてくれる?」
話したい、聞いてほしいと顔に書いてある。それがかわいくて「あぁ。教えてくれ。」と言うとそれはそれは嬉しそうに話し出して、花京院さんもこういうところが好きなんだろうと思った。…待て、花京院さん"も"ってなんだ。"も"って。
「ちょっと岸辺くん、聞いてる〜?」
「あぁ、悪い。もう一度最初から…」
-ピンポーン
インターホンだ。僕の家に尋ねてくるのは編集社の人間くらいだが、今日予定はないはず。誰だろうかと腰を上げると彼女が「あ、承太郎かも。」と。
「僕が出るよ。」と伝えて時計を見ると16時43分を示していた。留守電を聞いて彼女を迎えにきたのだろう。先程の話に出てきた、空条承太郎という男を一目見たくて、僕は玄関へと急ぎ足で向かった。
「岸辺露伴くん、だな。なまえが世話になった。連れて帰る。」
デカ。彼を見た第一印象は、それだった。そして、彼もとても顔がいい。一体なんなのだ。彼をあの部屋に入れたら、また顔面偏差値がおかしな事になってしまうじゃあないか。
「みょうじさんは、奥の部屋にいます。こちらです。」
空条承太郎を案内しながら考える。彼女が何も言わないのでてっきり純日本人だと思い込んでいたが、彼はどう見てもハーフ。そしてどことなくだが、仗助に似ている。もしかして親戚関係だろうかと。
「君、なまえが嫌がる事は、していないだろうな?」
後ろから、脅すような声が聞こえて思わず背筋が冷えた。この人はきっと、みょうじさんと同じか、それ以上に強いだろう。
「もちろん。無理強いはしてませんよ。」
そう答えて振り返ったが、この人は信じてくれるだろうか。しばし見つめ合っていたら部屋の中から「もう!岸辺くん、まだぁ?」とみょうじさんが飛び出してきたので「⋯本当のようだな。」と納得してもらえたようで安心した。
「あっ承太郎!早く承太郎もこっち来て、私の、典明の好きな所聞いて!」
「⋯いや、いい。車で待ってる。」
承太郎さんが彼女の言葉を聞いて嫌そうな顔になり背を向けると、20メートルほど向こうにいた彼女が既に目の前にいて彼の腕を掴んでいた。⋯速い⋯見えなかった。
「ダメ。聞いて。承太郎が嫌がっても連れてくから。」
かわいい顔をして承太郎さんを見上げているが、彼の腕を掴む彼女の手はギリギリと締め付けている。全然かわいくない。
「ハァ⋯分かった。行けばいいんだな。」
承太郎さんが折れた事で、彼女は笑顔になりその手を離した。そしてそのまま承太郎さんへ引っ付いたので何が起きたのか分からなかった。
彼女は、承太郎さんへ興味がないのではなかったのか。花京院さんは2人に嫉妬しないのか。この2人の関係性は。また、色々な疑問が湧き上がってきてくる。
このみょうじ なまえという女性は、本当に、僕の心を掴んで離さない。今日知れたのは、彼女のほんの一部に過ぎないのだと実感させられた。もっと、もっと彼女の事を知りたい。それは漫画家の岸辺露伴としてなのか、僕という一個人としてなのかは、今はあまり、考えないように頭の隅に追いやった。