第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「よろしくお願いします。」
財団員に初流乃を預け、足を自然と担当部署へと動かしていると承太郎の姿を見つけた。てっきりアメリカにいると思っていたのだが、どうやらこっちにいたらしい。聖子さんや典親に、会っていけばいいものを…!
「承太郎!何してるの?てっきりアメリカに帰ったんだと思ってた。」
「!なまえ。お前こそ、何してるんだ?花京院はどうした。」
やばい。今日は典明の命日だ。そんな日に私が典明を伴わずにSPW財団を彷徨いているなんて、どう考えても変だ。落ち着いて、言い訳をしなければ。
「典明は、露伴と典親と一緒に空条邸に帰ったよ。今、お線香をあげてきたとこ。」
「露伴…?杜王町から一緒に帰ってきたのか?知らねぇうちに、随分仲良くなったんだな。」
「え…うん。」
そっちかー!と内心叫んだ。初流乃の事を隠そうとするあまり、露伴の事を話してしまった。いや、別に隠しているわけではないのだが、余計な事を話した。
「ちなみに承太郎、まだ康一くんと連絡取ってるの?」
話題を逸らすために気になっていた事を聞くと「あぁ。そうだが。」と肯定の言葉が返ってきた。どうやら康一くんは、未だ承太郎派の人間らしい。
「…露伴と仗助と億泰は、典明派なんだからね。」
「?…何の話をしてる?」
「こっちの話!」
用事が済んだのか承太郎はカフェテリアへ歩を進めているようで、内心ヒヤヒヤしてしまう。通りがかった財団員を捕まえて「検査が終わっても初流乃は連れてこないように」と念を押してお願いした。
「承太郎、いつまでこっちにいるの?」
「2、3日…といったところか。なまえは、いつアメリカへ行く。」
「明日、杜王町へ帰るけど…。預かってる子がいるから、予定がなぁ…。」
承太郎の問いに、私は頭を抱える。アメリカへ行かなくてはならないと話したら、なぜか、露伴も一緒に行くと言ってきかないのだ。冬休み期間中であれば初流乃も連れていく事ができたが、生憎、もう学校は始まっている。本当は露伴には初流乃と留守番をしてほしいのだが、漫画の取材と言われてしまっては何も言えない。
「…分かってる。なるべく早めに行くから。」
だから無言で険しい顔をして、アピールするのはやめて欲しい。この話は終わりにして、話題を変えよう。
「あぁ、そういえば。4月の個展、承太郎も来る?」
「…4月か。…行けたら行く。」
鞄からチケットを出そうとしたが、そのまま閉じた。承太郎のこれは、行きたい気持ちはあるが時間が取れるか分からない、という意味だ。適当に言っているわけではなく本当に、行けるか行けないか、現時点では判断できないという意味。
「どうせ受付はSPW財団に任せてるから、顔パスでいいよ。来る時は、事前に連絡してね。」
初流乃と居合わせるとマズイから、と心の中で付け足した。
「あぁ、悪いな。…なまえ、このあと時間あるか?」
「えっ?」
「以前の、例の件の詫びに飯でもと思ったんだが…なにか都合でも悪いのか?」
じ、とまっすぐ私を見据えるその視線の意図は読めない。読めないが、ここで断って大丈夫だろうか?
「んー。典明も一緒に「いや、花京院が来るとややこしくなる。」
「えぇと…、最近、典明が寂しがって離れな「今は離れてるじゃあねぇか。」
「もう!典明に連絡してくる!!」
なんだ、この押しの強さは!人の喋ってる言葉に被せてくるし、揚げ足を取ってきてめんどくさい!本当に、人と会話するスキルがなさすぎる!
検査が終わった初流乃の元へ行き、先にSPW財団の車で帰るように伝えると「分かりました。なまえさんも、帰り道、気をつけてください。」と笑顔で答えてくれて泣きそうになった。承太郎にも、初流乃を見習ってほしい…!
「という事で、承太郎と食事に行くのでご飯はいりません。」
「分かった、伝えておくよ。…店に入ったらまた連絡しろって、花京院さんが。」
「典明…!えーん典明、会いたいよ〜!好き!…って伝えといて!」
「この岸辺露伴が、そんな事言う訳ないだろう!第一、もう聞こえてるよ!」
露伴と電話でじゃれていると、不意に頭に重みを感じた。承太郎だ、と思ったのもつかの間、「悪いな。なまえは借りてくぜ。」と電話の向こうに話しかけた。それよりも、重いのだが。
「…承太郎さん。花京院さんが、なまえさんになにかしたらエメラルドスプラッシュ、と。」
「……。」
「典明…!好きー!」
承太郎は静かに眉を顰めているが、まさかまた尋問でもするつもりだったのではあるまいな?と承太郎をじと、と睨みつけていると話は終わったとばかりに歩き出した。いや、まだ電話は終わっていないのだが。
「じゃあ露伴、典明も。あとでね。」
「あぁ、気をつけて。」
きちんと別れの挨拶をして電話を切り顔を上げると、承太郎は既にエントランスを出てタクシーに乗り込もうとしていたので慌てて追いかけた。本当、なんでこの男が結婚できたのか、謎である。
「私が泣いたり怒ったりしたら、典明にも伝わるから気をつけてね。」
「今そんな事になってるのか。それは気をつけねぇとな。」
ここから空条邸はそんなに遠くない。先ほどきちんと、電話でお店の名前も伝えた。私に何かあれば怒った典明はきっとすぐに飛んでくるし、言葉通り何をするか分からないので、承太郎も下手な事はできないだろうと、安心してお酒を飲んでいる。
「んで、無理やり私を連れてきて、なにか話したい事でもあるの?」
「…いや、お前がどうしてるか心配でな。」
承太郎がお酒を煽るのとは反対に、私はグラスを置いた。承太郎が岸辺邸にたまに電話をしていたのは知っているが、直接「心配していた」と聞くと少し申し訳ない気持ちになる。
10年もの間一緒に暮らしていたのだ。いくら承太郎が悪いとはいえ、面会謝絶で状況が分からない彼からしたら、心配だっただろう。承太郎が悪いのだが。
「今は…典明も、露伴もいるから大丈夫。毎日楽しいよ。仗助達とお泊まりでゲームしたりもして。」
「へぇ。そりゃ花京院も楽しいだろうな。露伴との関係は、今どうなってる。」
「っ…、…露伴、とは…。」
露伴の名を出されて、思わず口篭る。承太郎は、典明の友達なのだ。私の気持ちが典明だけでなく、露伴にも向いていると知ったら、承太郎は幻滅するだろうか。チラリと承太郎を見ると、尋問しているのではなく純粋に質問をしているらしく首を傾げている。
「承太郎。康一くんには、絶対に言わないでほしいんだけど。」
康一くんづてに承太郎に伝わる事もあれば、逆も然り。前例があるためしっかりと前置きをして、グラスに残ったお酒を飲み干した。
「露伴が、私を好き…なのは、知ってるでしょう?」
「…あぁ、そうだな。」
「それで…一緒に暮らして、もう半年くらい経つでしょう?その間、露伴はずっと、私を尊重してくれたの。自分の事よりも、私の事を優先してくれて、大事にしてくれて…。」
この半年の間に起こった事を思い出しながら話しているが、承太郎にはあまり伝わっていないようだ。理解できていなさそうな顔をしている。承太郎には、直接的な言葉じゃないと伝わらない。
「私は、典明が好き。世界で一番、誰よりも。でもね、露伴の事も好き。」
「!…それ、は…。…花京院は?」
「知ってる。典明も、それで構わないって。」
今思い返せば、露伴とこういう関係になったのは承太郎のおかげだ。承太郎が露伴に告白の後押しをした。岸辺邸で暮らす事を決めたのも承太郎。初めて露伴とキスしたのは、承太郎が私にキスをしてきたからだ。承太郎にその気がなかったとはいえ、その都度きっかけを作ったのは紛れもなく彼だ。
「…理解できん。」
「いいよ、しなくて。別に、私と典明と、露伴さえ幸せなら。それに、私も承太郎の事、理解できないし?」
ニヤ、と笑みを浮かべて承太郎を見ると、彼は盛大なため息を吐いて項垂れた。きっと、私と承太郎は理解し合えない。大事にしたいものや考え方が、違うのだ。だから私は承太郎に恋しなかったし、承太郎も私を好きにはならなかった。そういう事だったのだ。
「本当、承太郎と付き合う女の子が可哀想。顔だけ良くてもねぇ…。」
「テメーも、顔だけはいいのにな。」
「私は典明と露伴がいるからいいの!それに、承太郎の顔が良いっていうのも私が思ってるわけじゃないから。露伴の顔の方が好き。」
「テメー…やっぱりかわいくねぇな。」
あぁこれだ。承太郎と言い合いをするこの感覚、懐かしい。露伴と話す時とはまた違う楽しさだ。私は10代の頃から、承太郎とこうやって憎まれ口を叩き合うのが好きだったのだ。
「ふふ。承太郎の事も、好きだよ。家族として。」
「そういや、俺はテメーの兄、だったな。」
「そうだよ。忘れないでよね、お兄ちゃん。」
「…こんなうぜぇ妹、いらねぇ。」
お酒が入って、承太郎の口調が昔に戻っているのが嬉しい。嬉しくて、私もお酒が進む。普段は飲まないような強いお酒もたくさん飲んで、気がついたら承太郎と煙草をふかしていて10年前に戻ったのかと錯覚した。尤も、私が煙草を吸っていたのは大人になってからで、それも1年にも満たない、短い期間ではあったが。
「んー…典明、抱っこ。」
「花京院じゃねぇ。おい。ここで寝るんじゃあねぇぜ。」
お酒でふわふわした頭で、承太郎がタクシーを呼ぶ声が聞こえた気がする。
「典明…知らない間に体、大きくなった?鍛えたの?」
「俺は花京院じゃあねぇ。ほら、着いたぜ。」
典明に凭れかかって彼の体をペタペタ触ると、いつもよりも硬い感触がして違和感を感じて首を捻った。直後、着いた、という言葉のあとに車が停車した感覚がして、頭が揺れてグルグルする。
「なまえさん。随分飲んで…ウッ…!煙草臭っ!」
「あ〜、露伴〜!」
開いたドアから顔を覗かせたのは露伴で、煙草臭いと顔を顰めているのに構わず、首に腕を回した。露伴の隣には典明の姿が見えて、あれ?とタクシーの中に視線を戻すと中にいたはずの典明は承太郎で、意味が分からない。
「あれ…?タクシーにいた典明は…?」
「なまえ。僕はこっち。花京院典明は、僕ひとりだよ。」
ペタ、と私の頬に触れた手は確かに典明のもので、そう言われてみればさっきの典明だと思ってた人は承太郎の匂いがしていた気がする。
「えへ、典明に会いたすぎて、間違えちゃった。」
「その会いたかった花京院さんが目の前にいるんだ。いい加減離してくれないか。君お酒臭いし煙草臭いぞ。」
ぐぐぐ、と露伴が私を引き剥がそうと肩を押しているが、お酒の力でパワーアップした私の力に敵うはずもあるまい。それに離れろと言われたら、離れたくなくなるのが人の性である。
「あはは、やだ。」
「どっちでもいいから早く連れてってくれ。俺はもう帰るぜ。」
「クソッ…!…重っ…!!」
承太郎の急かす声で仕方なく露伴が私を抱き上げたが、大声で失礼な事を口走るので後頭部にデコピンを入れてあげた。女の子、それも好きな子相手になんて事を言うのだ。
「君、力加減を考えろよ!」
「ごめん、痛かった?痛いの痛いの飛んでいけ〜。」
「飛んでいくわけないだろう!そんなもので!」
かなり重い足取りで車から数歩離れて、タクシーを振り返る。承太郎は頭を抑えてため息を吐いているが、何のため息なのか意味が分からない。
「今度はなまえを泣かせなかったな。偉いぞ、承太郎。」
「…エメラルドスプラッシュは、できればもう喰らいたくないんでな。…じゃあな。」
「じゃあね、承太郎!また行こうね!」
「…テメーと2人では、二度と行かねぇ。」
ビシ、と私を指差して、承太郎を乗せたタクシーはドアを閉めて走り去っていった。その一連の流れに、私と典明は顔を見合わせて笑いだし、そして止まらなくなった。典明がお腹を抑えて笑っているなんて、とても珍しい。かわいい。嬉しい。楽しい。
「君達…近所迷惑だぞ。というか、いい加減重いんだが。」
「だって…!じょ、承太郎…!あっはは!」
「おい露伴、落とすなよ。…ふ、…っはは!」
露伴の言う通り近所迷惑かもしれない。だけど、止めたくても止められないのだ。