第4部 杜王町を離れるまで 前編
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そこから2週間経ち、典親は学校が始まったが、今日はお休みさせている。初流乃も諸事情で学校を休ませている。
諸事情というのは、典明の実家へ行きお線香をあげるためだ。今日は、彼の命日なのだ。
「典親、初流乃。準備できた?…うん、よく似合ってる。」
全員スーツではないが黒めの服を着て、用意を終わらせた。初流乃は最初「僕が行っても、迷惑ではないですか?」と遠慮していたが私と典明と露伴の説得で、ついてくると決めた。ご両親への説明は、私達がなんとかするからと。
「ここが、花京院さんの…。案外、普通の家だな。」
失礼な事を言う露伴は放っておいて、私はインターホンを押した。しばらくしてスピーカーから聞こえてきた声に「みょうじです。」と名乗ると門の鍵が解錠され、全員、敷地内へと歩を進めた。
「いらっしゃい、なまえちゃん。」
「お邪魔します。あの、大人数ですみません。」
事前に電話で話してはいたが、改めて謝罪する。いつもは私と典親だけなのが、露伴と初流乃もいる事で倍になっているのだ。あちらも気を遣ってしまうだろう。
「こちらが漫画家の岸辺露伴先生で、こっちの子が、いま私が預かっている汐華初流乃です。」
一応2人を紹介はしたし2人もきちんと挨拶をしたが、ご両親はなぜ2人が典明にお線香をあげにきたのかと訝しんでいるのが分かる。
「とりあえず、上がって?」と案内されるままリビングまで行くと、典明とよく似た匂いがする事に気がついた。思わず「この匂いは…。」と呟くと「あの子が好きなお香なの。この前、やっと見つけてね。」と嬉しそうに話してくれた。
「お香…。」
盲点だった。これまで彼の匂いの正体を知りたくて柔軟剤や香水など、数え切れないほど試してきたが全てハズレだったのだ。それがまさか、お香の香りだったなんて…!通りで見つからないわけである。
「あの、パッケージを見せてもらえますか?私もほしいです。」
「いいけど…ひとつあげるわ。なまえちゃんも好きな香りなのね。」
その問いの答えは、「はい、とっても!」だ。とびきりの笑顔も忘れずに。
「まさか、両親が覚えていたなんて…。」
仏壇に向かって手を合わせていると、典明が震える声で、感極まったようにそう漏らした。本当に嬉しそうで、なんだか私まで涙が出そうだ。
「覚えてるよ。…典明のお母さんだもの。」
「なまえちゃん…?」
思わず典明にいつも通り話しかけてしまって、ハッとする。典明のご両親には、彼の姿は見えないのだ。
「いえ、彼と話してて。」
露伴と会話してた事にして誤魔化すと、ご両親の視線は露伴へと移った。
「あの…岸辺さん、は…典明と、どんな関係が?もしかして、なまえちゃんの…。」
「えっいや、違います違います!」
椅子に座り、とても言いにくそうに何を話すかと思えば。何ひとつ間違ってはいないのだが、典明のご両親に恋人のような人です、と紹介する度胸はない。
「4月に、個展を開くんです。"Tenmei"の。」
「まぁ!」
フライヤーとチケットをテーブルに並べると、ご両親は嬉しそうにそれを手に取って喜んだ。その笑顔が典明にそっくりで、微笑ましく思う。
「彼とコラボしているんです。彼の描く典明は、本当によく彼の特徴を捉えていて…。」
「仕事柄、です。どんな人だったか聞けば、どんな顔か、どんな表情をするか分かります。」
思わず口が滑りそうになったのを、露伴がフォローしてくれて助かった。私は隠し事をするのに向いてないみたいだ。
「あの、ぜひきてください!お2人には、絶対にきてほしいです!」
大声で懇願すると、ご両親は目を丸くして、顔を見合わせた。ちょっと、必死すぎただろうか?最近露伴と過ごしていたせいか、普通のテンション感が分からなくなってきている気がする。
「大きくなったわね、典親。」
「うん。パパよりも大きくなるよ。」
典親を見るご両親の瞳はとても優しい。その優しい瞳は典明の眼差しそのもので、胸がいっぱいになって、苦しくなった。
「なぜ君が泣く。…ほら。」
「あ、ありがとう…。」
差し出された露伴のハンカチで涙を拭いながら、意外と露伴、ハンカチ持ち歩いてるんだ…と失礼な事を考えていたら涙はすぐに止まった。よく見たらハンカチには"露"とデカデカと書かれていて、自己主張が強いな、とも思った。とても、彼らしいが。
「個展…行くわよ、もちろん。」
「!本当ですか!あの、S市でやるので、ちょっと遠いんですが…!」
思わず立ち上がった私を見るご両親は典明のように優しい顔で私を見るので思わず心臓がきゅ、となるのが分かった。本当に、好き。典明も、ご両親も。
「私達、なまえちゃんの描く典明が好きなのよ。応援してるわ。」
「ッ!…う、嬉しいです…!嬉しいッ……!!」
嬉しくて、止まったはずの涙が流れてきて、止まらない。誰よりも認めてもらいたい人に、好きだと言われた。応援していると、言ってくれた。こんなに嬉しい事はない。今まで、描き続けてきて本当に良かった。
「彼女は、本当に花京院さん…典明さんの事が好きで。彼女が描いた"Tenmei"の新作を見たら、どれだけ好きか分かるんじゃないかと思います。」
「新作を出すのね…楽しみだわ。」
「なまえさん、意外と泣き虫ですね。」
私があんまり泣くものだから、典親とおしゃべりしていた初流乃が心配してハンカチで涙を拭いに来てくれた。もう露伴のハンカチは涙を吸いそうもないので助かった。
「お邪魔しました。来年は…承太郎も一緒に連れてきます。」
守れるか微妙なところだが、なんとしてでも連れていこうと決心して、典明のご両親へ伝えた。承太郎は忙しさにかまけて忘れてしまう恐れがあるが、私は絶対に忘れない自信がある。もし承太郎が忘れていたら、殴ってでも連れてこよう。
「僕、お邪魔じゃなかったでしょうか?」
帰宅中の帰り道で、初流乃が不安げな声でそう漏らすので驚いた。静かだと思ったら、気を遣っていただけのようだ。なんだか申し訳ない。
「邪魔だなんて!初流乃も、お線香あげたいでしょう?それに、ご両親見た?典明にそっくりだったでしょ?そんな人達が、そんな事思うわけないよ。」
私の言葉を聞き、初流乃は少し考えた末に、そうですね、と納得したが…私は典明に静かに抱きしめられて、初流乃の顔は見えなかった。
「僕の家族まで、大事にしてくれてありがとう、なまえ。」
「…当たり前でしょう?こんなに素敵な人を産んで育ててくれた人達だもの。」
本当に、愛おしい人だ。そして彼の周りにも、素敵な人達ばかりだ。
「ふむ、なまえさんにしては良い事を言うな。」
「…露伴は、余計な事しか言わないよね。」
さっきまでちゃんとした大人だと思っていたのに、もういつもの露伴に戻っている。
「じゃあ、またあとでね。」
明日、私達は杜王町へと帰る。長めの休暇で、随分ゆっくりできた。また典親と離れるのは寂しいが、個展を開く関係で、春休みには典親の方が杜王町へ来てくれる事になっている。それまでの辛抱。
そして今日この後は初流乃の検査のため、分かれ道で典明達とは別れ初流乃と私でSPW財団へと向かっている。
杜王町へ帰って、落ち着いてから連れていこうと思っていたのだが、急遽アメリカへ行かなくてはならなくなったため早めに連れていく事にしたのだ。
なにも、異常がなければいいのだが。