第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「典明!おかえり!」
ガラ、と玄関の戸を開ける音にいち早く反応し、走って典明を出迎えた。数時間ぶりの典明にとてもはしゃいでしまって、ヨシヨシと頭を撫で「ただいま。今日は犬みたいだな。」と言われてしまった。確かに、典明の匂いを嗅いだりしているからか猫よりは犬っぽいかも。
「典明、ちょっと問題が。」
「問題?その前に、露伴の話を聞いてやってほしいんだけどいいかな?」
私としては早く典明に話したかったのだが、その典明にお願いされては聞かないわけにはいかない。私の心情など、典明はダイレクトに感じる事ができるので、彼の中でいま優先すべき事は露伴だったのだろう。
露伴に視線を移すと、何やら顔を顰めて言いづらそうな顔をしていたので「おかえり。」と言うと「…ただいま。」と返ってきたので、私と会話はできるらしい。
「露伴。ここで話すか、私の部屋に行くか。私と2人か、典明も同席するか。どうする?」
「…君の部屋で、2人で頼む。」
チラリと典明を見てから、私の質問に対し彼はそう答えた。典明がいると言いづらい話、という事だろうか。今まで一緒にいたはずなのに。
「2人とも、行っておいで。終わったら、なまえは僕のところにおいで。」
「典明…今日もかっこいい…。」
あまりに優しい笑顔で、あまりに優しい声で、優しい言葉を口にするので、返事より先に心の声が漏れてしまった。
「じゃあ典明、あとでね。露伴、こっち。」
典明と別れて長い廊下を進み、着いたのは私の使っていた部屋。使っていたといってもここに来る度に寝室として使用しているので変わらず綺麗だ。
「それで…私はどういうテンションでいたら話しやすい?」
「は…?」
「いや。だって露伴、話しづらそうだし。」
正直言うと、私は言いづらそうにしているのを待つのが好きじゃない。待っている時間は典明と一緒にいたいと思ってしまうのだ。相手が露伴でなければ「話す気になったら呼んで。」と部屋を出て行ったかもしれない。
「君は、そのままでいい。」
「そう…。」
そのままでいい、と言われても、まだ露伴は本題を話そうとしないのでソワソワしてしまう。
「今日、私の典明と何話したの?」
露伴が話出さないので思わず質問をすると「まぁ、君の話だ。」と抽象的な答えが返ってきた。なんだか、承太郎と話しているようである。
「君は…花京院さんしか男を知らないから、あまり過激な事はするなと言われたよ。」
「えっ、あ、そう…だね。」
思いのほか赤裸々な話をしていて動揺した。タイミング的にそういう話をしていてもおかしくはないが、私のいないところでそういう話をされていると思うとなんともおかしな気分だ。反応に困る。
「君の事を分かっているつもりでいた。だがそれはあくまで"つもり"だっただけだったな。昨日は、悪かった。」
意外にも露伴は、素直に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。典明は、なんと言って露伴をこうさせることができたのだろうか。
「うん…。別に、もう気にしてないよ。」
「だろうな。花京院さんが、君はもう怒ってないと言っていた。…花京院さんと君は、お互いの心が読めるのか?」
「いや、心が読めるのは典明だけだよ。それも出会った時からずっと。」
「ははッ!やっぱり花京院さんはすごい。とてもじゃあないが、到底敵わないな。」
敵わない、という割には、なんだか楽しそうだ。典明はやっぱりすごい。本当に、すごい人なんだ。
「それで…君に、渡したい物があるんだが。」
「渡したい物?なに?」
意を決したように彼がポケットから取り出したのは、化粧品のロゴが書かれているもの。まさかこれを買うために出かけていたのか。
「僕が選んで、花京院さんに買ってきてもらった。君に似合う色だと思うんだが。」
「典明が…!?」
化粧品売り場に典明が。想像するだけで心臓が…!ニヤける頬を両手で抑えていると、露伴にデコピンされた。痛い。ちょっと痛い。
「花京院さんの事は今はどうでもいい。いや、君にとってはどうでもよくないのかもしれないが、今は置いといてくれ。」
「う…、はい。」
包装を解く露伴の手元を見ると、どうやらリップのようで、かわいらしいパッケージが顕になっていく。これを、露伴が選んだのか。
「やっぱり、君に似合いそうだな。なまえさん、ちゃんと座って、こっちを向いて。」
蓋を外してクルクルと台座を回す手つきは、なんだか手慣れている。もしかして他の女の子にも塗ってあげていたのだろうかと思ったが、露伴はたまに、お化粧している時があるのを思い出した。私はそういうのに詳しくないので、正しくはしている気がする、なのだが。
「少し、口を開けてくれるか?」
大人しく露伴の言葉に従っているが、静かな部屋でこの距離、この状況は、なかなかに恥ずかしい。それも、唇に触れられているのだ。
「やっぱり…いや、思っていたよりも似合うな。昨日買った服にも合うだろうな。」
部屋にあった鏡で自分の顔を写すと、なるほど、確かに少し大人っぽい印象に見える。
「ありがとう…露伴。」
さすがは露伴というところか。彼の色彩感覚は素晴らしい。まさかこんなところで再認識させられるなんて思ってもみなかった。
感謝の意味を込めてぎゅ、と抱きしめると、優しく抱きしめ返された。
彼は、どんな顔でこれを選んでくれたのだろうか。露伴の事だから即決したに違いないが、女性ばかりの化粧品売り場に行って、居心地が悪かったのではないだろうか。いや、それも露伴の事だから、案外堂々としていたのかもしれない。
「はぁ…。花京院さんが、君を初心な女子高生だと思って接しろと言っていたが…。こんな魅力的な女子高生がいるかよ…。」
「女子高生…。」
典明は私をなんだと思っているのか。ちょっと過保護じゃないか?だけどそれは典明なりの、私の守り方なのだと思うと少し嬉しいかもしれない。
「私が女子高生だったら、露伴、捕まっちゃうね。」
「あぁ。あの週刊誌が現実になるな。」
週刊誌…そういえば、前に載った事があったな。露伴が未成年淫行だと書かれて怒っていたのを思い出した。
「未成年淫行は犯罪ですよ、露伴先生?」
「!…君、僕が手を出せないと思って煽ってるだろう?…クソッ…!もう一回…もう一回言ってくれ!」
「待っ、怖い!怖いってば!」
突然スイッチが入ったかのように立ち上がる露伴に、思わず距離を取った。確かにからかう気はあったが、まさかこんな反応をされるとは思わなかった。
「てっ、典明ー!!露伴が怖いぃ!!」
「おい!花京院さんを呼ぶなんてずるいぞ!!」
「なまえ!…露伴、なまえを怖がらせるな。」
スパーン!と大きな音を立てて開け放たれた襖から現れた典明は、未だかつてないほどに王子様だと思った。私の危機に、光の速さで飛んできてくれた典明は、まさに王子様だ。突進する勢いで彼の胸に飛び込んだがちゃんと受け止めてくれて、さらに露伴も叱ってくれてもう大好き!!
「んん〜〜!典明〜典明〜〜!」
もはや露伴の事なんて今はどうでもいい。典明がただただかっこよすぎて、好き好き大好きモードになってしまった。
「また花京院さんはそうやって!美味しいところを持っていく!」
「なまえ?露伴の事は、もういいのか…?」
「いい!今は典明がいればなんでも!」
私の中の典明が不足している今、一瞬たりとも離れたくない。
「典明好き〜。」
「はは…なんだか、露伴に申し訳ないな…。」
「はぁ…本当だよ。…けど、やっぱり花京院さんといるなまえさんが一番かわいいな。」
そんなの当たり前だ。私をかわいくしているのは典明なのだから。典明がそばにいてくれるだけで、私はどんどんかわいくなるのだ。
「なまえ、顔をよく見せて?…あぁ、よく似合ってる。いつもかわいいのに、リップひとつでさらにかわいくなるなんて、恐ろしいな。」
「て、てん…!…ッ好き!!」
ただ甘い微笑みで、甘い言葉をかけられただけなのに、私の心臓は心拍数が上がっているし、それによって顔は真っ赤だし、極めつけは腰が抜けて立てなくなった。かっこいいの暴力!!
「おいおいちょっと待て。本気か?腰を抜かすなんて…滅多にあることじゃあないぞ。」
「…滅多に、ある…。典明が…かっこよすぎて…。」
私が畳に座り込むのに合わせてしゃがんでくれるところも好き。胸にもたれ掛かる私を優しく撫でてくれるところも好き。力が入らなくて震える私の手を優しく包んでくれるところも好き。全部好き!!
「王子様…。私の、私だけの王子様…。」
「…それはさすがに照れるな。」
「そういうところも全部、好き。」