第4部 杜王町を離れるまで 前編
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1月2日。初売り。家にいてもあまりやる事がないので、子供達は聖子さんと典明に任せて露伴と2人、約束した買い物に行く事にした。人混みではあるだろうが、大人数で行くと彼は気を遣ってしまうだろうし、2人で行くのがいいだろうと思ったのだ。
「露伴。車の方がいいと思ってSPW財団に借りたんだけど…。えぇと、どっちが運転する?」
「超高級車じゃあないか。」
車種なんてなんでもいいと思って指定しなかったら、露伴の言う通り超高級車が来た。別に運転には問題ないが、この車で行くのはショッピングモールだ。なんだかアンバランスな気がするが、行先までは伝えていなかったので仕方がない。
「行きは僕が運転する。帰りは頼むよ。」
そう言って露伴は、私の手から鍵を奪い取ってさっさと運転席に乗り込んでしまった。確かに帰る頃には露伴は疲れているだろうし、その方が効率がいいだろう。車内に入ると内装も高級感があって、座り心地はいいがなんだか居心地が悪い。
「出発の前に。せっかくの君とのデートだからな。キスしてもいいか?」
シートやミラーの位置をセットした露伴がそう言いながらこちらに向き直るので、思わずドキリとした。素直は露伴は今までかわいいと思っていたのだが、全然違う。なんだか今までよりも魅力が増して、かっこいい気がする。無言は肯定だと彼が言った。黙って目を閉じるとシートが軋む音がして、やがて唇が重なった。車内が静かだから、私の心臓の音も露伴に聞こえるのではないかと、内心ヒヤヒヤした。
「混んでるね…。」
予想はしていたが、店内に入る以前に駐車場が混んでいる。これは店内に入っても、すごい人の数だろう。
「別に構わん。」
そう言ってこちらに手を差し出してくる露伴。これはこういう事だろうかと手を握ると満足そうに降ろされたので合っていたようだ。なんだかかわいい。
「まだしばらく動きそうにないな。ずいぶん先の方で、駐車に手間取ってるみたいだ。」
確かに、少し前まではそろりそろりと少しずつ動いていたのが、全然動かなくなった。
「もう一回キス、できそうだな。」
「うん…。する?」
この数日はずっと一緒に過ごしていたので、今さら特にする話もない。露伴を見るともうそのつもりのようで、体をそちらに寄せて顔を近づけるとすぐに唇が触れ合った。今日だけでもう2回目のキス。昨日だって2回した。このペースでキスしていたら、心臓が持たないのではないだろうか。
「…ん、…んっ、はぁ…。」
「車の中だからな…いくら声を出しても構わない。」
「あ…待って…、露伴…ん、ん…ッ!」
頭を抑えられて逃げられなくて、ただこの気持ちよさに身を委ねるしかできない。典明とは違う強引さに、ドキドキと心臓が音を立てている。
「チッ…進んだか。」
その声に前を見るとノロノロとだが確かに車が進み始めていたのでホッと一息ついた。本気を出した露伴は、典明しか知らない私からしたら刺激が強すぎる。
ちょうどタイミング良く通りがかったスペースが空いたので駐車して車を降りると、僅かに疲労感が感じられた。ここに来るまでの間ドキドキさせられっぱなしだったのだ。まさか私の方が先に疲れるなんて、思ってもみなかった。
「なまえさん、これ試着してみてくれないか?」
露伴のチョイスした服は私が普段選ばないような服ばかりで、正直似合うのか心配であったがちゃんと似合っているので驚きだ。さすが、センスがいい。だが、しかし。
「試着したけど…ねぇ、さすがにピタッとしすぎじゃない?」
露伴のチョイスはタイトなものが多かった。体のラインがはっきりと分かるもの。
「似合うんだからいいだろう。ここのラインなんて最高に良い。あとでこれを着てる姿をスケッチさせてくれ。」
なんだか言っている事は変態チックだが、露伴の事だから資料にしたいのだろうと思う。いや待てよ?この露伴の姿、なんだか既視感が…と考えて典明に対する私自身の姿が過ぎって考えるのをやめた。
「この後、靴も買いに行こう。この服に似合う靴があるといいんだが。」
試着室の前で待つ露伴がカーテン越しに独り言を言っているのが聞こえる。試着室には何人か並んでいたので、注目を浴びていないか心配だ。
「お待たせ、露伴。」と試着室から出るとやはり「もしかして岸辺露伴先生ですか?」と話しかけられているところに遭遇してしまった。ヘアバンドは着けていないしサングラスもかけているのにバレるなんて、話しかけた彼女は相当なファンに違いない。迂闊にフォローもできない。
「あぁ、僕は正しく岸辺露伴だが、今は休暇中だ。」
「本物…!あ、彼女はまさか週刊誌の…?」
ギクリ。やっぱり、彼女は露伴の相当なファンだ。あの目元が隠れた写真で、よく私だと分かったものだ。
「そうだが…。彼女には去年、大変世話になってね。僕のデッサンのモデルになるのと引き換えに、彼女にプレゼントする服を選んでいたところだ。良ければ、君も1着選んでくれないか?もちろん、僕がここにいると騒がないのが条件だ。」
「えっいいんですか!?分かりました!」
露伴の提案を聞いて、彼女は嬉しそうに店内へと戻って行った。典明もそうだが、露伴も本当に口が回る。それに、今ので分かった。
「露伴って、ファンに優しいのね。意外。」
「意外?僕は、僕の読者に感謝しているんだ。当たり前の事だろう?それに、典親にも優しいだろう。」
「典親は…私と典明の子だから優しいのかと思ってた…。」
私はどうやら露伴に対する理解が足りなかったらしい。露伴の尊敬できるところが、またひとつ増えた。
「露伴のそういう真摯なとこ、好き。」
「ッ!君、こんな人混みでそういう事言うのは、反則じゃあないか!?」
私は気を遣って小声で伝えたというのに、露伴が大声を出すので注目を集めてしまった。なんでもないと手をヒラヒラさせると人々の視線は散っていったが、自分が有名人だというのを自覚していないのは露伴の方じゃないのか?と思った。
「なまえさん。車に戻ったら、覚えておけよ。」
「!」
やばい。私は何も悪い事はしていないはずなのに、露伴に仕返しされる!理不尽だ!
無事に服も靴も買って、小腹が空いたと言うと渋々だったが食事にも付き合ってくれて、あとは帰るだけだ。やっぱりものすごく疲れたような露伴に申し訳ない気持ちになったが、帰りは私が運転する。荷物を全て後部座席に押し込んで運転席に座ると、露伴がミラーを直す私の手を掴んで「まさか忘れてないよな?」と煽ってくるので大人しく目を閉じた。
「全く…。君はいつも、素直に目を閉じるな…。僕のどこをそんなに信頼しているのか知らんが、無防備すぎるんじゃあないのか?」
サラ、と頭に露伴の手が触れ、自然にぐ、と顔が前に出されて、唇が重なった。やっぱり露伴とのキスは、気持ちがいい。
「私、露伴の事信頼してる。典明も。どこが、とかじゃないよ。」
「!…君、…あぁいや、待ってくれ。不本意だが、どうしても言わせてほしい。」
手で顔を隠し、珍しく要領を得ない露伴の言葉に、一体何を言われるのだろうかと身構えた。なにやらすごく言いづらそう…いや、言いたくない言葉のようだが。
「僕はまだ、帰りたくないんだが…。まだ昼だし、何時に帰るか伝えていないんだろう?もう少しここで、休憩してから帰らないか?」
「っ!ろ、はん…。それは…!」
それは反則じゃないか?顔を赤くしてそんなかわいい事を言うなんて、あざとすぎる!私よりもよっぽど、反則だ!
なんと返したらいいか分からずに黙っていたら「…無言は肯定だぜ。」と何度目かのセリフに、私は頷くしかなかった。