第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「典明、露伴。ありがとう。」
夜、子供達が寝たあとの豆電球のみの薄暗い部屋で、小さな声で2人に感謝を述べた。この感謝の言葉は、心を病んだ私を10年もの間献身的に支えてくれた典明と、今年出会ったばかりなのに私のために行動してくれた露伴へ向けた感謝の言葉だ。今年の事は今年のうちに、と思って口にした言葉。
「なまえ…。今年は、色々あったね。君の事をもっと好きになったよ。君と深く、繋がれた気がする。」
私もそうだ。好きや愛してるじゃ足りないくらい、深い繋がりを感じている。魂で繋がっているというのが、感覚で分かるのだ。
「10年前、君と出会えて本当によかった…。なまえ、君は僕の、一番の宝物だ。それが、今年一番、実感した事だ。ずっと大事にするよ…、なまえ。」
泣きそうな顔で両手で私の手を握る彼を見ると、目が合って優しそうな微笑みに変わった。涙は出ていないみたいでホッとした。
「典明。いつも私を、正しい道に導いてくれてありがとう。私、典明がいないと道に迷っちゃうから…。」
私が道を間違えそうになると典明はいつも優しく、そっちじゃない、こっちにおいでと、手を引いてくれる。初めて怒られた事もいい思い出…というと少し違うが、私達には必要な出来事ではあった。そのおかげで、絆がより深くなったのだ。
「君達は、本当に純粋だな。君らが愛し合っている姿は、なにかとても神聖なものを見ているようだ。」
神聖。その言葉は、典明によく似合っているような気がする。見た目はもちろんだが、彼の純粋な愛は正しく、穢れのない神聖なもののようだからだ。
「まるで神話でも見てるみたいだ。僕はそんな純粋な愛をこんな間近で見られて、2人には感謝している。それに…その純粋なまでの愛を、僕に分けてくれてありがとう。」
素直に感謝を述べる露伴に、心臓がドキリと音を立てた。私も露伴も部屋へお酒を持ち込んでゆっくり飲んでいるので、少し酔っているのかもしれない。
「分ける、だなんて言わないで。私、露伴の事も尊敬してるの。」
普段は大人げなくて好奇心が抑えられなくて怖いところもあるが、数ヶ月共に過ごして彼の内面に触れてきて、尊敬できるところをいくつも知る事ができたのだ。
「まずは、お仕事に誇りを持ってるでしょ。あと、自分が決めた事に自信を持って、それを一切疑わないところ。…私も、たぶん典明も、露伴みたいには自分を信じきれない。」
「…そうだな。」
私の言葉に、典明は同意を示す。さっきも言ったが、私は典明がいないと迷ってしまう。昔は突っ走っていたが、今はたまに自分の決定に、疑心を抱くことがある。そういう時どうしても典明を頼ってしまうので、一人でこなしている露伴を素直に尊敬してしまうのだ。
「それにね、優しいところも。露伴は子供嫌いなのに、なにかとお世話してくれるでしょ?仗助の事も、たまには心配してるみたいだし。」
「…いま仗助の名前を出すのか?」
仗助の名前を聞いた露伴は眉間に皺を寄せて苦い顔を見せるので、典明と目を見合せて少し笑ってしまった。やっぱり、お酒の入った露伴は感情が表に出やすくてかわいい。
「私、露伴が思ってるより、ちゃんと露伴の事大事に思ってるよ。」
「……。」
私の愛の告白とも取れる言葉を聞き、露伴は口を閉ざしてしまった。そして横になっていた体を起こし、布団の上に座り直した。
「…なまえさん。嫌だったら、断ってくれて構わない。……今、キスがしたいんだが。」
「!」
長い沈黙のあと口を開いた露伴が言った言葉は、私を、典明を驚かせた。いくらお酒が入っているとはいえ、あの露伴が典明のいる前で、それも子供達が寝ている部屋で、そんな事を言うなんて…!
「…なまえ。声を出さないで、静かにね。」
囁くような典明の言葉に彼の方を見ると、頬に手を添えられて唇を塞がれた。なぜ急に。そして、なぜ典明が。いま、話の流れでは私と露伴がキスをする話ではなかっただろうか。
「ッは…典明、待って……ッ!」
静かに、と言われても無理だ。だって、彼の舌は私を気持ちよくさせようと口の中を動いている。我慢しようと喉に力が入るせいで、心臓がドキドキして、息が上がるのが分かる。
「はぁ…かわいい、なまえ…。かわいいね…。」
典明は口を離して優しい瞳で私にそう言うが、息が上がって返事ができない。急にどうしたというのか。
「なまえ、さん…。今ので余計にしたくなった。…してもいいか?」
床に手を着いて一歩こちらへと近づいてきた露伴の瞳には熱が籠っていて、そのまま受け入れるように目を閉じた。その直後に唇に感じた温もりは、温もりというよりも熱い。思わず後ろへ下がろうとしたら典明に後ろから抱きしめられて、動けなかった。
「ッ、ん…。」
「ふ、かわいい…。」
「っ!」
耳元で囁かれた典明の声が低くてビクリと体が跳ねる。子供達が部屋にいるのに。典明が見ているのに。私は今、露伴とキスをしている。なんだかものすごく悪い事をしている気分だが、子供達のいるところで露伴とキスする以外は悪い事ではないはずだ。そうであってほしい。
「は……、っは…。むり…!ドキドキして、頭がおかしくなる…。」
「はぁ…かわいい…。本当に悔しいくらい、君はかわいいな。」
露伴は優しい顔で私の頬を撫でる。それを素直に受け入れながら、回らない頭で私は考える。今日の露伴は変だ。いつもより積極的で、素直で。つい昨日「杜王町に帰るまでキスしない」って向こうが言ったばかりなのに。いくらお酒が入っているとはいえ、変だ。
「露伴、どうしたの…?」
ストレートに疑問をぶつけると、彼は顎に指を当てしばし考え込み、そしてややあってから独り言のように言葉を並べた。
「…君の言葉を聞いて、今年あった出来事を思い返したんだ。杜王町での色々を。それに、今日の話もあって…君は、いつ死んでもおかしくない仕事をしているんだと改めて実感して…。そう思ったら、できる時にした方がいいと思ってね。もう少し、素直になろうかと。」
言い終わってス、と私の目を見る露伴は、もうすっきりした顔をしている。全然、酔ってないじゃないか。
「というわけで、もう一度してもいいだろうか?」
「っ!」
ズイ、と一度離れた体を近づける露伴。私の体はまた反射的に後ろに下がろうとしたのだが、典明がそれを阻止するようにぎゅ、と腕の力を強めた。
「はは。なまえ、素直になった露伴は、きっと厄介だぞ。」
典明が楽しそうにそう言っているが、本当にその通りだ。素直になった露伴はかわいいが、きっと今みたいに押しが強い。典明以外の男性を知らない、私の手に負えるだろうか?
「無言は肯定だぜ、なまえさん。」
初めて、初めてだ。露伴が私の許可の言葉を聞く前にキスをするのは。
「露伴っ…待、……ッ!典明…ッ。」
典明がなんの前触れもなく首や肩にキスをするので、体がビクリと跳ねる。このままだとダメだ。無理だ。子供達を起こしてしまう前にやめさせなければ。
「…まって……、本当に、むり……。気持ちよすぎて、声が我慢できないから…。」
私の顔はいま、真っ赤になっているだろう。耳や首まで、熱いのが分かる。耐えきれなくて体は震えるし、ポロ、と一粒涙まで溢れた。
「……、花京院さん。アンタ、なまえさんの泣き顔、好きだろう?」
「あぁ、好きだよ。かわいくて仕方ない。」
震えて力が入らない私の体を典明が優しく布団に寝かせて瞼にキスをひとつ。泣いている時に典明にこうされると、涙が止まるのだ。
「…かわいい。このまま食べてしまいたい。」
典明が笑顔でそう言うので、露伴が私に掛けようと手にした布団を奪い取って、それで口元まで隠した。典明は本当に齧るからだ。
「はは、食べないよ。…杜王町に帰ってからだ。」
「へぇ。僕も食べたいな。」
「う……。2人とも怖い…。」
2人に上から見下ろされて、身動きが取れない。まさに蛇に睨まれた蛙だ。何とかして、この話を終わらせなければ。
「明日初詣だよ…。早く寝よう?……露伴…電気消して。」
「…あぁ。消すよ。消すから。…なまえさん、今のもう一回言ってくれないか?」
「今の…?露伴、電気消して…?」
「あぁそれだ。…最高だな。」
今の謎の復唱で彼は満足したようで、残っていた最後のお酒を飲み干してとうとう電気が消えた。なんだったのだ、今のは。恐らくだが、露伴に聞いても教えてはくれないだろう。
「おやすみ、なまえ。」と既に隣で横になった典明が優しい顔で私の頭を撫でるので、体を典明に向けてスリ、と彼の胸に擦り寄った。
「おやすみ、典明。露伴も、おやす、…えっ。」
バサ、と背中側の布団が剥がされたので視線をそちらに向けると、くっつけた布団があって露伴の姿もあった。これはまさか、一緒に寝るとかそういう…?
「こんなシチュエーション、滅多にないからな。せっかくだからあやかっておこうと思って。」
「はは、やっぱり、素直になった露伴は厄介だな、なまえ?」
ぐ、と典明が自分の体で私の体を押すので彼の胸に圧迫された。なにこれ幸せか?と思ったが、後ろの露伴にぶつかって寝るどころではない。こんなの、ドキドキして眠れたもんじゃないだろう。