第1部 M県S市杜王町
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-岸辺露伴視点-
怪我による入院から約1ヶ月。そして退院し2日が経った。昼飯を作るのが面倒でカフェ・ドゥ・マゴへとやってきたら、今僕が一番気になっている人物、みょうじ なまえの姿があった。
僕は彼女の記憶が読みたい。隣にいる"Tenmei"の幽霊とは、どんな関係なのか。いつどのように出会ったのか。そしてなぜ、あんなに細身なのにあそこまでのパワーが出せるのか。彼女はただ綺麗なだけではなく、何かを内に秘めている。そんな瞳をしている。だから、僕は彼女の事を知りたいのだ。
「やぁ。」
隣同士の椅子に座りくっついている、彼女と"Tenmei"のテーブルへ行き、できるだけにこやかに挨拶をすると、2人揃って顔を上げたが彼女の「ゲ…。」という声とともに、揃って眉を顰めた。
「2日前に、退院したんだ。ここ、座ってもいいか?」
向かい側の椅子をガタ、と引くと「ちょっと!」と彼女が制止の声を上げるが構わずに座ってやった。
「…デート中なの、見てわかんない?」
彼女は笑顔で、額に青筋を立てながらそう言った。
デート中、ね。彼女は本当にデートをしている気分なのだろうが、傍から見れば彼女は1人だ。とても整った顔立ちをしている彼女の事だ。馬鹿な男達が放っておかないだろう。
「デートの邪魔はしない。君が病院に運んでくれたと聞いてね。お礼に、絵をプレゼントしたいんだ。君と彼、2人の絵を。それに、今は君を無理やり本にしたりはしないさ。これ以上仕事に支障が出ると困るしな。要するに、僕はここに座って、君達を描く。君達はいつも通り過ごしてくれて構わない。それでどうだい?」
長々と説明をすると、彼女は少し悩んで幽霊の彼を見る。彼はこちらを警戒するように、眉間に皺を寄せている。画家・みょうじ なまえの描く"Tenmei"の絵からは想像もできないその表情に、僕は視線が釘付けになり目が離せなかった。この顔は、彼女に向けられた事はあるのだろうか。と、またどうしようもない疑問が湧き出てくる。あぁ、この2人、本当に魅力的だ。この2人の関係性を読むまで、僕は彼女らから目が離せないだろう。
「岸辺露伴。そこから動かないなら、邪魔しないなら、いてもいいよ。ただし、一歩も近寄らないで。って、典明が。」
「……驚いた。君は、彼と会話ができるのか。」
てっきり彼女が一方的に話しかけているものだと思っていた。
しかし彼女は僕の言葉を聞き、一瞬、僅かに悲しげに瞳を伏せたあと「貴方に関係ないでしょ。早く始めてくれる?」とさっきまでの厳しい顔に戻っていた。
僕が鉛筆を取ってから早数分。
目の前の2人は本当に僕の事なんて目に入らないかのようにイチャついていた。それを見てみて気づいたことがある。彼女から彼には触れられるようだが、彼の方からは触れられないようなのだ。代わりに、彼のスタンドが長い触手を伸ばして彼女に巻きついている。
きっと、このスタンドの触手は彼自身の手足のようなものなのだ。お互いを見つめ合いながらお互いの体に触れる彼ら。このまま放っておけば、セックスを始めるんじゃないかと思うほどに2人は近い距離で触れ合い、熱い視線を絡ませている。
「…できたぞ。チェックしてくれ。」
とても声がかけられる雰囲気ではなかったが、既に3枚完成している。まだ描いてもいいのだが、あちらの反応が気になったのだ。彼女はこちらを向き「もう…?」と渋々僕の渡した用紙を受け取り、目を通す。1枚1枚、細部まで目を走らせるその目は真剣そのもの。まるで評価されているようだと考えて、そういえばこの少女は画家なのだと思い出した。この少女は一体何歳なのだろうか。見た目は高校生か、良くて20歳。まだまだ若く、世の中の事なんて何も知らなそうな年頃に見えるが、それにしては、たまに覗く瞳の奥の闇が、影が、濃く深いのが気になっている。その闇の正体は一体なんなのか。いつか彼女は、教えてくれるだろうか。読ませてくれるだろうか。知りたい。知りたくてたまらない。
ふと、その瞳から、一筋の涙が流れているのに気づく。「お、おい、君。」と慌てて立ち上がると、隣にいる彼に、手で制止されたので大人しく席に着いた。
やがて涙が止まった彼女は「ありがとう…。」と礼を述べた。その表情は意外にも本当に嬉しそうで、僕は戸惑った。いつも彼女から、軽蔑するような、拒絶するような表情しか向けられた事がないのだ。元々美しく、整った顔立ちだと思ってはいたが、今のこの表情は、僕の頭を、心を、酷く混乱させている。
「…典明と私、2人だけの写真は、1枚しかないの。私、典明といる時…こんな顔もしてるんだね…。」
そう言った彼女はとても幸せそうな表情を浮かべ、僕の描いた絵を抱きしめた。隣にいる彼も、柔らかな表情で彼女を見ている。
ドクン、となぜか心臓が音を立てた。この2人は、愛し合っている。愛している、という感情がどんなものなのか僕には理解できないが、愛し合う2人とは、きっとこの2人の事を言うのだ。
「ありがとう。岸辺くん。この前の事は、許すよ。記憶は、見せないけど。」
彼女は立ち上がり、帰り支度を始めている。もう帰ってしまうらしい。「帰ろ、典明。承太郎に会いたい。」と隣に立つ彼に呼びかけている彼女を、僕は慌てて引き止めた。
「待ってくれ、なまえ。」
そう彼女に声をかけたのだが、振り向いたのは隣の彼だった。それもなぜか、嫌悪感を顕にした表情だ。
「ふふ、馴れ馴れしく名前で呼ぶな、って。」
そうか。彼は恋人を名前で呼ばれるのが嫌だったのか、と思い「みょうじ。」と呼び直したら今度は「さんを付けろ。敬語も忘れるな。」と。
なぜそのまで謙らなければならない。この天才漫画家、岸辺露伴が。あまりに多すぎる要求に、思わず反論すると彼女は
「私、こう見えて26歳のお姉さんなのよ。典明も、生きていたら27歳のお兄さんよ。」
と爆弾発言を落とした。26歳だって?この外見で、僕よりも年上だと言うのか?
「は…?」
26?この小娘が?いや、案外本当かもしれない。それならば瞳の奥の闇があってもおかしくはない年齢ではある。だがしかし、それはそれであって、見た目はまた別だ。
「疑ってる?10年前の写真見てみる?」
そういって彼女は1枚のポラロイド写真を差し出してくる。先程言っていた2人の写真だろうかと思ったが、6人の人物と犬が1匹、砂漠で撮ったもののようだった。その中の2人は、今とそう変わらない出で立ちで、まさに僕の目の前にいる。
「君…全然変わらないじゃあないか…。」
髪を切り、表情もこの頃と比べると少しばかり影を感じるが、それ以外は全く変わりない。不自然なほど。
「君…いや、貴方は…一体何者なんだ…。頼む、教えてくれ。能力は行使しない。貴方達2人の事は…とても興味があるが、今は良い。まずは、貴方の事が知りたい。お願いだ。貴方の事を教えてくれ!」
熱くなってしまって距離を詰めてしまった。彼のスタンドが僕の体に巻き付き、伸ばそうとした腕にもキツく絡まっている。が、それでも視線は彼女を向いていた。
「うーん…私の過去を、知りたいって事…?」
そう言う彼女の瞳は、迷っている。今のスケッチで、多少は心を開いてくれたようだった。
「そうだ。知りたい。どうしても。教えてもらえるまで、諦めないぞ。断られても、毎日でも貴方を探して頼みに行く。」
彼のスタンドが、彼女から俺を離そうと後ろへと引っ張るものだから、思わず一歩下がってしまった。
「典明、大丈夫だよ。岸辺くんを離してあげて。」
また手を怪我してはいけないと、彼女が制止の声をかけて、彼は、ややあってスタンド能力を解除した。
細身の体からは想像もつかない力だった。怪我はしていないが、きっとアザになっているだろう。
「私の過去…話してもいいけど、きっと長くなるよ。」
「!それなら僕の家に行きましょう。僕しか住んでないんだ。誰にも聞かれないし、人目もない。彼と思う存分触れ合える。」
どうだ?と彼女を見ると、彼女はチラリと彼を見て、手を繋いだ。彼の意見を聞きたいのだろう。
「…典明から、条件があって…。」
しばしの沈黙のあと、彼女はそう言った。条件、という事は、それを守りさえすれば来てくれるという事だ。
「その条件、全て呑もう。歩きながらでいい。条件を教えてくれ。」
そうと決まれば善は急げだ。と、お会計を済ませて鞄を持ち、歩き出すと、彼女達も若干戸惑いながらも着いてきた。
やっと、彼女の話を聞ける。やっと。やっとだ!思わず頬が緩むのが分かるが、それを抑える事も隠す事もせずに歩いていく。家はすぐそこだ。逸る気持ちを抑えきれずにかなり早歩きになった事に気がつき1度足を止めて後ろを振り返ると、意外にも彼女はすぐ後ろに着いてきていて、どうかした?とこちらを見上げていたので驚いた。いや、と一言告げて歩き出す。
その後家に着くまでの間条件を聞いていたらアホの仗助に会ってしまったが僕の機嫌の良さを見てたいそう驚いていて、それすらも僕の機嫌の気分を上げるひとつの要因になった。