受け継いだ、彼女
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「承太郎の…、スタープラチナのディスク…!」
白い鳩が運んできたものは、間違いなくあの時抜き取られた承太郎のディスク。記憶のディスクではなくスタンドのディスクではあったが、それでもないよりは良いはず。そして、私の分のスタンドディスクも一緒に届けられた。2枚というのは、私達ふたりのスタンドディスクの事だったらしい。
「承太郎…今、ディスクを入れるからね…。」
だから、せめて目を覚まして。
財団の医療チームに見守られながら、生命維持装置の蓋を開け、ディスクを翳す。
ゆっくりとそのディスクを近づけると承太郎の頭へゆっくりと入っていき、やがて回転を始めた。そして亀裂が閉じ、待つ事数秒。
「…数値は、安定しています。」
「そう…。ねぇ、承太郎。そろそろ起きて。寝坊だよ。」
子供を眠りから起こすように、肩を軽く揺する。そうすると少しだけ体に力が籠ったのが分かって、瞳が開いた。
「承太郎…!」
「空条博士…!」
「生命維持装置の、停止を!」
装置のスイッチを切っても、瞳は開いたまま。何度か瞬きを繰り返して、周囲を見回した視線はようやく、私と交わった。
「おはよう…承太郎…。待ってたよ…。」
グイ、と腕を引いて腰を立たせると、キョロキョロと周囲を観察した。言葉は発さなかったが、これで、ようやく生き返ったといえる。ぎゅっと抱きしめると心臓の音が聞こえてきて、自然と涙が溢れる。生命維持装置なしで心臓が鼓動しているのが、本当に嬉しい。
「よくやったな…徐倫…。」
「さすが、承太郎の娘ね。」
その日のうちに、承太郎は生命維持装置からベッドへと移動した。私もスタンドディスクを読み込んでクイーンの能力を取り戻したが、正直そこまでの感動や実感はなかった。元々、スタンド能力はあまり使う事はなかったから。
徐倫が、希望を繋いだ。未だ記憶ディスクは取り返せていないが、徐倫の事だから絶対に取り返してくれるはずだ。彼女の面会が許可されたら、望むものはなんだって届けてあげなければ。刑務所内はお金が必要だと聞くから、こっそりたくさんのお金を渡せる方法を考えなければ。
「…承太郎、おはよう。」
ゆっくりと、承太郎の瞳が開く。しかし、返事はない。生きているし意識はあるのに、思考が停止しているのだという。まるで、赤ちゃんのようだ。
「歯磨きをしようね、承太郎。」
一度赤ちゃんみたいだと思ってしまえば、ついそのように扱ってしまう。歯ブラシを持って承太郎へ近づくとぎゅっと抱きしめられ、動けなくなってしまう。「こら、承太郎」と典明がハイエロファントでつついてもやめる事はなく、本当に赤ちゃんになってしまったかのよう。
「こんな姿…聖子さんが見たらびっくりしちゃうよ…。」
「まぁ!」と口元を抑えて驚く様子が、目に浮かぶ。しかしその後「まぁまぁ、あらあら…かわいいわぁ〜」と笑顔を浮かべるところまで想像がつく。
…承太郎の名誉のためにも、聖子さんには見せられないが。
「ほら、承太郎口開けて。あー、だよ。あー。」
「あ…。」
「偉い偉い!」
「羨ましいぞ、承太郎…。僕だってなまえにそんな事をしてもらった事はないのに…。」
「典明がお望みなら、なんだってしてあげるよ。」
「じゃあ、キスしてほしい、かな。」
「喜んで!!!」
典明はいつだって私を誘惑してくる!状況は絶望的だが、典明がいてくれるだけで精神が強くいられる。さすがは私の精神安定剤である。
「ん…。」
「わー!承太郎はダメ!!ダメだってば!!」
…承太郎の前でイチャつくのは、しばらくやめた方がいいかもしれない。精神が子供だというのなら、なんでも真似してしまうから。
「承太郎さんが目覚めたと聞いて気になって来てみたんだが…中々に強烈だな。」
嬉しい報告があると露伴に電話で教えてやると、次の日にはもう露伴はアメリカまでやってきた。ディスクを入れたらどうなるか気になっていたのだろうが、本当に好奇心に忠実なところは何年経っても変わらない。そこが彼の、いい所ではあるのだが。
「今、承太郎の精神は赤ちゃんなの。今もほら、自分の手を眺めてる。」
「…なんというか、見たくなかったな…。」
「そう言わないでよ。承太郎だって、好きでこうしてるわけじゃないんだから。あぁ、はい。お水ね。」
「君…よくすんなり受け入れたな。むしろ、この状況を楽しんでないか?」
「ふふ、さぁね。ただ、この承太郎は余計な一言を言わないからいいなとは思うけど。」
「やっぱり楽しんでるな。あとで承太郎さんに怒られろ。」
怒られる?怒られる筋合いなんてないはずだが。私じゃなくて他の財団員に世話を頼む方がよっぽど、承太郎はあとで後悔するはずだ。
「そろそろお昼寝をしようか。露伴、カーテンを閉めてくれる?」
「昼寝?体は大人のままなんだろ?必要なのか?」
「承太郎はね、今は全てが初めての経験なの。今日は露伴にも会ったし、初めての事がたくさんだと頭が疲れるのよ。だからこうしてこまめにお昼寝をして、脳の整理をしないとね。」
「ふむ…興味深いな。」
「承太郎、お昼寝するよ。ねんね。」
「ね…。」
「ブッ…!!」
露伴の方こそ、承太郎に怒られろ。
「わ…!すごい、承太郎!上手!」
今日は足をベッドから下ろして、歩く練習だ。歩かないと筋肉が落ちてしまうと、ようやく重い腰を上げて歩行訓練に臨んだ。筋力はあるとはいえ、記憶を失った承太郎は歩き方を知らない。故に最初は私が彼の体を支えなくてはいけなくて、それが一番ネックだった。受け身を取る事すらできない承太郎が転べば、大怪我は必至。私がいなければ、できない事だった。
「おっ、重…!!」
バランスを崩しても立て直す気のない承太郎の体は重く、これでは承太郎の歩行訓練というよりも私の筋トレになっているのでは…と思わざるを得ない。これでは私の体が、さらに重くなる事間違いなしだ。
「ちょっと、休憩しようか…!おやつターイム!」
さすがの私も、栄養を補給しなければやってられない!「おいしー!」と私が頬に手を当てれば承太郎も「しー」と自分の頬に手を当てて…かわいいような、かわいくないような…。いや、子供だと思えば、かわい…くないっ!やっぱ無理!!
歩行訓練も数日続けていれば、随分と上達した。元々運動神経のいい承太郎はあっという間にコツを掴んで、部屋の中を歩き回れるまで成長した。これが我が子だったなら、動画や写真を撮りまくったに違いない。生憎承太郎は私の子ではないので、そんな事はしなかったが。
「承太郎、今日は外に出てみようか。」
「?」
「今日は天気が良いからね。裏庭は花が咲いてるし、きっと気持ちいいよ。」
「…ふふ、君、いいお母さんだな。」
何をいまさら、と思いつつ、典明が幸せそうに微笑むので悪い気はしない。
承太郎のスピードに合わせてゆっくり歩いて、外へと繋がる扉をゆっくりと押し開ける。承太郎は外の光に目を細め、新しいものを見るようにその瞳を輝かせた。
「そこのベンチに座ろう。」
初めての太陽。初めての風。初めての外の匂い。初めての影。全てが全て、刺激的だろう。
「…なまえ、…。」
「…、承太郎、今…。」
「なまえ…、…あ、とー…。」
「!」
"なまえ、ありがとう"
承太郎は今、私にそう伝えたのだろうか?
初めて名前を呼んでくれて、少し安心した。承太郎がちゃんと成長しているのが分かって、嬉しかった。嬉しくてぎゅっと抱きしめると向こうも抱きしめ返してくれて、さらに嬉しい。ずっとこのままだと困るが、今この瞬間だけは、子供でいてくれてありがたかった。