あの人ごと、私を愛して
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頭痛が、頭の中のモヤモヤが消えた。
岸辺さんに記憶を奪われるまで、承太郎さんに会うと必ずと言っていいほど頭痛を伴っていたはずなのに、記憶を返してもらってからはモヤが薄れ、痛む事が無くなった。なぜなのかはよく分からないが…怪我の功名、みたいなものだろうか?原因は不明だがきっと、悪い事ではないはずだ。多分。
頭痛が無くなってみたら承太郎さんとの会話は楽しくて、自然と笑顔が増えた。最初は言葉少なで困惑の表情を浮かべていた承太郎さんも、会話を進めるうちにいくらか表情が和らいできた気がする。私ってば、体調が優れなかったとはいえ今までなんて失礼な態度をとっていたんだろう。
プルルルル──
「む……すまない。」
お仕事の電話だろうか?着信を告げる携帯電話のディスプレイを見た承太郎さんは一声かけてから席を立った。
そのタイミングで飲むのをすっかり忘れていた紅茶を一口含み、会話に夢中になっていた事に気がついた。
「仗助…。私ね、承太郎さんは昔の、知り合いだったと思うの。」
気がする、なんてものじゃない。前に花京院くんについて聞いた時の反応を見るに、確実に承太郎さんと花京院くんは繋がりがあって、イコール私とも繋がりがあったはずなのだ。
「えっ?記憶…戻ったんスか?」
「記憶は…まだ…。でも、なんというか…安心感を感じるというか…。」
「なまえさんは…記憶、取り戻したいっスか…?」
思わず、すぐに言葉が出てこなかった。
もちろん、取り戻したい。花京院くんに関する記憶、そして私に親切にしてくれている承太郎さんの記憶を、もう一度取り戻したい。しかし……取り戻したいからといって取り戻せるものではない。今回はスタンド能力で奪われたから取り戻せたが、過去の記憶は私自身が忘れてしまったもの。記憶喪失は忘れたい記憶を失ってしまうのだと聞いた事があるし、それなら、思い出さない方が良い記憶なのかもしれない。…だからといって、このままにしておくのも嫌だ。私と花京院くんの幸せな記憶も、きっともっとたくさんあるのだから。
「あ。なまえさん、花京院さんの事考えてる。」
「!…分かるの?」
「分かるっスよ。花京院さんの事考えてるなまえさん、めちゃめちゃかわいーんスから。」
「そう?…うん。花京院くんの事を思い出せるなら、記憶は取り戻したいかな。」
「……そーっスか。」
意外な事に、私の言葉を聞いた仗助は複雑そうな顔で視線を逸らした。正直、「記憶を取り戻すの、手伝うっスよ!」とか言ってくれると思っていた。もしかして私の記憶が戻るのを望んでいないのではないかと頭をよぎったが…それを聞く事はできなかった。
聞いたところで「そういうわけじゃ…」と答えるだろうし、万が一「はい」と言われたところで、私が記憶を取り戻したいのは変わらないから。
「すまん、待たせたな。」
「いえ。お仕事ですか?」
「あぁ、悪いが急ぎの仕事が入った。仗助を連れて行っても構わないか?」
「はい。またね、仗助。」
電話を終えて戻ってきた承太郎さんは、残っていたコーヒーを飲み干し荷物を纏め始めたので会話の終わりを悟った。今日は、無理を言って誘ってみて良かった。花京院くんの話は結局聞けずじまいだが、また今度お誘いしてみれば良い。できれば、承太郎さんと二人でお話ができると尚嬉しいのだが。
「じゃあ、また」と別れの挨拶をして二人を見送って、冷めた紅茶を飲み干す。
今日は気分が良いしこの後は特に予定はないし、ケーキセットでも頼んでのんびりしようかとメニューに手をかけたところで、ドサ、と左隣の席に荷物を置く音がひとつ。承太郎さんか仗助だろうかと視線を向けると、なんと音の主はあの岸辺露伴さんで。意外な人の意外な登場に、少しばかり目を丸くした。
「岸辺さん!ご無事だったんですね。」
「無事に見えるか?まぁ日常生活は送れる程度には回復したが…まだペンを持てなくてな。」
そう言いながら、彼はあたかも最初から私と待ち合わせをしていたかのようにごく自然に、向かいの席へと腰掛けた。本当に、自分勝手で変わった人だ。だけど前と違ってそこに悪意は感じられず、逆になんだか面白く思えてきた。
「…それは、自業自得ですね。」
「はぁ?…いや、君の言う通りだな。…悪かったよ。」
「まぁ…返してくれたので、もう良いですけど…。…そうだ。ひとつ、聞いてもいいですか?」
手の中にあったメニュー表を一旦テーブルへと置いて、岸辺さんを見る。その表情は僅かに嫌そうな雰囲気を感じられたが「嫌だ」と言わないのをいい事に言葉を続ける事にした。
「岸辺さん、私の記憶を読んだんですよね?…そこには、どんな事が書かれてましたか?」
私が自分で記憶しているもののみが記述されているのか、はたまた私が忘れてしまった過去の記憶の記載もあったのか。私が気になっていたのは、そこだった。少し抽象的すぎた問いだったかもしれないが、話すと長くなるのでそのように聞くしかなかった。それに、私の記憶を読んだ岸辺さんなら、もしかしたら私の思考も多少は理解しているかもしれないと思ったからだ。
案の定質問の意図は伝わったのか岸辺さんは一度視線を逸らして少し考える素振りを見せたあと、ため息をひとつ零した。
「めんどくせーなぁ…。」
「え?」
「…いや、こっちの話だ。君、記憶喪失なんだろ?そして、できる事なら記憶を取り戻したいと思っている。」
「はい。そうです。」
「君にはたいへん興味深い記憶を読ませてもらったからな。あぁ君、注文をいいか?」
岸辺さんはこのタイミングで私がさきほどテーブルに戻したメニュー表を手に取り、近くにいたウエイトレスを捕まえて注文を通した。「君は?」と私にも注文を促すので「ケーキセットを」と返したが、私は間違っていないはずだ。
「いいぜ。少しくらいは手伝ってやる。」
「え…?」
「…実は少々僕にはのっぴきらない事情があり全面的に君に協力する事は叶わないが…まぁ、できる範囲で手伝ってやるよ。」
「!…本当ですか!」
岸辺さんって、実はいい人なのかもしれない!なんて事が頭を過ぎった私は、少し単純過ぎるだろうか?
「岸辺さんって、本当は優しい人ですか?」
「君といれば、もっと面白い事に首を突っ込めるからだ。」
「あぁ、記憶喪失の人なんて、そうそういませんからね。」
「それだけじゃあないけどな。…というか、いい加減"岸辺さん"なんて呼び方やめてくれないか?」
「嫌でした?」
「嫌というわけではないが…。」
少し彼とこうして話してみて、分かった事がひとつある。この人はきっと、素直に自分の気持ちを話せない。それも、素直じゃない人どころか、天邪鬼と呼んで良いほどには。
「露伴くん。…って、気安すぎますかね?」
「…あぁ、それでいい。それと、僕はまだ20歳だし、敬語も不要だ。」
「まだ20歳って…私がもう28歳って事?」
「…はは、まぁ、そういう事だな。」
なんだ、やっぱり意外と話しやすい人だ。私の記憶を取り戻すお手伝いをしてくれると言っているし、できる事なら仲良くしたい。
この時露伴くんとの関係が変わった事で承太郎さんとの関係も変わるなんて、思ってもみなかった。この時はまだそんな事になるなんて知らなくて、ただただ彼と友人になった事を喜んだ。