あの人ごと、私を愛して
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「……花京院くん…。」
目を開いて最初に感じたのは、虚無感。そして喪失感。
泣いたあとのような、これから泣くかのような、寂しさ。悲しさ。
私と花京院くんは、死ぬかもしれない状況に身を置いていたんだっけ…?
ただの高校生だったはずなのに、なぜ…?
そんなのは、いくら考えたって分からない。分かりっこない。
だって、私はその記憶を全て、失っているのだから。
ムクリと体を起こすと、頭がズキリと痛んだ。
薬を飲んでから仕事に行かなければと顔を上げて、今日が休日である事を思い出した。
窓の外は、よく晴れていて天気が良い。
こんな気分の日には、外に出るに限る。
むしろそうしなければ、私は動けなくなってしまうと、直感でそう思った。
重い体に鞭打って外に出ると思いのほか日差しが強くて、花京院くんを思い出す。
あの日もこんな風に天気が良くて、よく晴れた青空が花京院くんによく似合っていた。
頭にスカーフを被って、ラクダに乗って砂漠を歩いて…まるで王子様みたいで……ラクダ?それに砂漠…?
雲ひとつない青空の下、汗だくになりながらラクダに乗って花京院くんと共に砂漠を歩いた記憶は、確かにある。
しかしそんな事、一介の高校生がそう易々とできる事だろうか?
そう思い至ったところで、私の脳は考える事をやめた。
(お腹空いたなぁ…どこかで朝食を摂らなきゃ。)
意識はもう今朝の朝食の事に移行して、近くのモーニングを探している。
これにはもう、慣れた。だけどなんとなく、今初めて、慣れる事に抵抗を感じている自分がいる。それは多分昨日、空条承太郎さんに会った事が原因だろう事は簡単に予測がつく。だけど昨日の今日で空条さん……承太郎さんに会うのは憚られた。それが忙しい承太郎さんへの遠慮からくるものか、記憶を取り戻すのが怖いからなのかは、分からないが。
「モーニングセットをひとつ。」
働く事をやめた頭は既に朝食へと意識を向けていて、無意識にモーニングセットをひとつ注文した。するとテラスにある私の座った席の向かい側に誰かがやってきて「僕も同じものを」と言いそのまま席へと着いた。私の、目の前の席だ。相席するほど混んではいないように見えるが、もしかして私の知り合いだろうか?だがその顔を見ても全く思い出せない。
「あの、失礼ですけどどこかでお会いした事ありましたっけ?」
失礼を承知でそう声をかけると、向こうは人が良さそうに、それでいて胡散臭くニコ、と笑顔を浮かべて「いや、初対面だ」と。
「なら、何かご用ですか?」
「まぁまぁ、まずは自己紹介させてくれ。僕は岸辺露伴。週刊少年ジャンプで、漫画を描いていてね。」
そう言って封筒から原稿用紙の束を取り出す、目の前の男─岸辺露伴。漫画の原稿なんて見た事はないが、確かに手で描かれたもので。「すごい…」と手を触れずに眺めていたら急に「ヘブンズ・ドアー」という言葉が耳に入ってきて、意識が遠のいた。
次に目を開けた時には何となく頭がボーッとしていて、それになんだか体が軽い気がして、違和感まみれ。
「ボーッとしていたが、大丈夫か?頼んだ物、届いてるぜ。」
「あれ…?…私、どれくらいボーッとしてました?」
「さぁ…だいたい5分くらいかな。疲れてたのか?」
「…そうかもしれません。昨日、よく眠れなかったから。」
いつの間にかテーブルに置かれたモーニングセットのコーヒーを一口、口に含んだ。
この人─岸辺露伴さんは、漫画家、だっただろうか。それは覚えているが、他にどんな会話をしたのか、よく思い出せない。頭が働かなくて元々あった頭の中のモヤが、より一層濃くなった感覚だ。
「じゃあ、僕はもう行くよ。良かったら僕の漫画、読んでみてくれ。なまえさん。」
徐ろに立ち上がりこちらにニコ、と向けられた笑顔はやっぱり、少し胡散臭い。それに、私は名前を教えただろうか?頭の中は疑問だらけで、悶々とする。そうしていたら再び、急に頭の中がクリアになって。止まっていた手を動かして、モーニングを無事完食できた。
帰り際「お会計を」とレジへ行くと「お連れ様が既に支払い済です」と言われて驚いたが、働かない頭では「そうですか」とそれを受け入れるほかなかった。
「えっ?そんな…、体重計、壊れた?」
1日の終わりにゆっくりとお風呂へ浸かって疲れを取ったあと、日課の体重測定をしてその表示された数値は信じられないものであった。39.2kg。元々私はそこまで太っているわけでもないが、極端に痩せているわけでもない。いわゆる普通体型だ。それに見た目は普段と何ら変わりなく見えている。それが39.2kgなんて…壊れたのでなければ、説明がつかない。
翌日、朝に店の前を通る仗助を捕まえて「体重計が壊れちゃったから、直して」とお願いして放課後仗助が帰る時間に合わせて退勤し自宅へ招いたが……彼が言うには「特に壊れてねーっスよ?」らしい。そんな馬鹿な。
「仗助、乗ってみてよ。」
「いーっスけど…、ほら、82kg。壊れてねーっスよ。」
「待って…男の人って、そんなに重いの?」
筋肉は贅肉よりも重いと聞いた事はあるが、私の知っているあの人もまさか、80kgくらいあったのだろうか?…あれ…?あの人って…誰だっけ…?
「なまえさん?どうかしたんスか?」
「…分からない…、思い出せない…。う…、痛…。」
「なまえさん!…!軽っ…!!なまえさん!どうしたんスか!」
ズキズキと頭が痛みだして立っていられなくなり、仗助がすかさず私の体を支えてくれる。その際に私の体重の軽さに気づき驚いたようだったが、今はそんなのどうでもいいと思えるくらい頭が痛くて、気持ち悪い。まるでお酒を飲みすぎた、翌日のようだ。
「承太郎さん!なまえさんが…!!」
承太郎さん?承太郎さんって、誰だっけ?
古い記憶も最近の記憶も、切り取られたかのように抜け落ちている気がする。私の体に、何かが起こっているのは言うまでもない。
「なまえ!!」
そう言って乱暴に自宅のドアを開けて現れた大きな男の人を、私は知っているような、知らないような…。その人を見た瞬間に、意識が途切れた。
何か、大事な事を忘れてしまっているような気がする…。