あの人ごと、私を愛して
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「承太郎さんは、なまえさんの知り合いなんすか?」
花屋での一件を受け「話がしたい」と待ち合わせ場所に現れた仗助は些か神妙な面持ちで出会い頭にそう話し出した。
「そうだ」と同意の意を示すと表情は複雑なものに変わり、やや迷いながらも話し出した仗助の話はにわかには信じがたいものであった。
「なまえの…、記憶が…!」
所謂、記憶喪失。
正式な名称は──乖離性健忘。
『乖離性健忘』
─ストレスやトラウマに関連した記憶の一部または全部を一時的に失う現象。
自分にとって重要な情報が思い出せなくなる。
記憶に空白期間がみられるが、その長さは数分から数十年にも及ぶ場合がある。
人は心理的な苦痛やストレスが極度に高い状態になると、その記憶から自己を遠ざけることで心の安定を図ろうとすることがある。
本で読んだ知識ではあるが、なまえのストレスやトラウマなら、心当たりがある。つまりは嘘や冗談を言っている訳じゃあなく、なまえなら本当に、充分に有り得る事であるという事だ。
「あの時…俺が…。」
なまえが突然姿を消した前日、俺はなまえに告白をした。あれは俺の、花京院の代わりになまえを守るという、誓いの言葉だった。
だがそれはなまえにとっては、呪いの言葉だったのだ。
「何があったのかは知らねーっすけど…なまえさんは今、承太郎さんの事も忘れちまってるみたいっすね…。」
「……そのようだな…。」
「…あの、こんな事言いたくはねぇんすけど……。なまえさんにあんまし、関わらねーでいてくれねーっすか…?」
交わらない仗助との視線。心の底から言いたくはないのだと、その表情と態度から読み取れる。
そしてなまえにとって俺という存在は、忘れたい事のひとつなのだと、改めて思い知らされる。
しかしそれは……花京院との記憶も忘れちまってるって事なんじゃあねぇのか…?
「それは無理な頼みだな…。アイツが忘れちまってる記憶は、アイツにとって何よりも大切な記憶なんだ。」
なまえだって、忘れたくて忘れちまった訳じゃあねぇはずだ。確かに脳が拒絶してしまうほどの記憶ではあるが、10年前の記憶は、なまえにとって宝物のように大切な事も確か。
「だがしかし……安心しろ。向こうから接触してこない限り、関わらない。今のところは、な。」
今は、なまえが無事に生きていてくれていた事が知れただけで、良い。記憶の件は、あとで考えれば良い。
俺はただ、なまえを守れればそれで良い。
再会した事で再び胸に感じた温かさには気付かないふりをして、そう自分に言い聞かせた。
例え記憶がなくとも、俺はずっと、覚えているから。