藤と金木犀
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「みょうじさんお願い!リレーのアンカーやってくれない?」
みょうじなまえ、高校3年生。春。
承太郎が卒業し、2人揃って最高学年となった。
なまえ達の通う高校は、5月に体育祭があり夏休み明けの9月に文化祭がある。
今クラスメイトが言っているのは5月にある体育祭のリレーの話なのだが⋯。
なまえは、少し戸惑っていた。
今まで承太郎含む先輩とばかり仲良くしていたため、クラスメイトと殆ど会話をしてこなかったためである。
先輩達に可愛がられるのがいつものなまえだったので、同級生との距離感がよく分からず咄嗟に返事が出てこなかったが、やがて「いいよ」と小さい声で返事を絞り出した。
「花京院くんも、お願い⋯!」
「⋯なまえはともかく、僕も⋯?」
「花京院くんも足速いし、みょうじさんと花京院くんは2人でセットでしょう?お願い!」
なんだかよく分からないお願いの仕方だったが、なまえがやるならばと典明も二つ返事で了承した。
ちなみにこの高校のリレーは男女混合であり、それもスウェーデンリレーと呼ばれるものでアンカーは400メートルも走るので男性がアンカーを務めるのが普通なのだが⋯。
なまえの運動神経の良さを高く評価した陸上部含むクラスメイトが悔しながらもなまえを推したのだった。
何度か練習を重ねついに運動会当日。
予想通りなまえの活躍はめざましく、なまえが可能な限り出場した事で他のクラスとは圧倒的な差がついていた。
陸上部には参加できる数に制約があったのだが、なまえは陸上部でもなければ運動部ですらないため、実質無双状態であった。
1年、2年の時は最低限の種目にしか参加しなかったのだが、なまえはお願いされると案外なんでもやるのだ。
「なまえ、疲れてないか?」
「典明。んーん、全然。運動会って、案外楽しいね。」
なまえはクラスメイトに頼りにされて、嬉しさを感じていた。
同時に、1年、2年の間にもう少し関わってくれば良かったとも思っていた。
本当に、人付き合いというものが下手である。
「なんか、クラスメイトと関わるの、変な感じ…。今まで、典明と承太郎としか関わってこなかったからかな?」
典明はなまえの言葉を聞いて、自分にも当てはまるかもしれないと思った。
今までなまえの敵=己の敵と思っていた節があるため、最近なまえがクラスメイトに歩み寄ろうとしているのを見て自然と自身も警戒を弛めていたからだった。
「そうだね…。…それでも僕は、君さえいればいいけど。」
なまえが楽しそうなのは良い。
しかし自分以外に関心を向けて欲しくなくて、典明としては珍しく嫉妬の感情の片鱗を覗かせた。
「そんなの、私だってそうだよ!クラスの人といるのは緊張しちゃうけど、典明といると落ち着くの。精神安定剤。」
男の嫉妬なんてみっともないと思う反面、なまえは受け入れてくれるのではないかと思って言った事だったが、やはりそこはなまえである。
自分の嫉妬心すら愛してくれるというなまえの言葉に内心ほっと胸を撫で下ろし、典明の心に余裕ができた。
(本当、なまえといると呼吸がし易いな…)
嬉しくて頬が緩むのを誤魔化そうと、典明は悪戯っぽい笑顔をなまえに向けた。
「ふぅん。…それだけ?」
「かっ(こよすぎる)…!!…落ち着くし、楽しいし、嬉しいし…あと、ドキドキする…。」
「はぁ…かわいい…。本当にかわいいな…僕のなまえは…。」
ところで、今は休憩時間とはいえ運動会の真っ最中なのだが…待機席で肩を寄せあって手を握りあう2人には、関係ないようである。
クラスメイトの気遣いで邪魔が入らないのをいい事に好き勝手にイチャイチャして、まるで見せつけているかのようだが本人達にしてみればこれが通常運転なのだからタチが悪い。
『リレーに参加する選手は、スタート地点に集合を…ーー』
いよいよリレーが始まるアナウンスが流れ2人揃って立ち上がると、傍にいたクラスメイト達から「頑張ってね」と声を掛けられて、なんだか胸の辺りがこそばゆくなったなまえはへにゃ、とした笑顔を浮かべて「うん」とだけ答えた。
この笑顔に心奪われたのは典明だけに留まらず、近くにいた男子生徒も女子生徒も胸を撃ち抜かれた。
無自覚なわりにファンを増やし続けて、本当、罪な女である。
「花京院くんのクラス、アンカーはみょうじさんなんだね。」
アンカーをなまえにした事により、自然と典明と共に走る第3走者達は全員女子生徒になった。
知らない生徒から話しかけられた典明は誰だったかと記憶を思い出そうとしたが面倒になり、上辺だけの取り繕った笑顔を浮かべた。
「…はい。なまえがクラスで1番速いので。陸上部の太鼓判も押してもらってるんです。」
「へぇ…みょうじさんって勉強もできるし才色兼備なのね。それに美人だし、羨ましい。」
「うん。僕には勿体ないくらいかわいくて、かっこよくて…本当、敵わないよ。」
「…かっこいい…?花京院くんの方が、かっこいいと思うけど。」
「…それは違うかな。僕はなまえの事がかわいくて仕方ないけれど、それ以上になまえのかっこよさに惹かれているんだ。…まぁ、それは僕だけが知っていればいいんだけど…。」
話しながら何の気なしになまえのいる方へ視線を移すと遠くの方でなまえがこちらへへ手を振っているのが見えて、典明は頬を緩ませた。
(本当、かわいいな…)
手を振り返すと嬉しそうな笑顔になったのが分かって、典明の胸の中が温かくなるのが分かった。
(典明…あの笑顔を振り撒いてないか心配…)
一方なまえの方は、なまえが典明の方ばかり見ているので微妙な空気が漂っていた。
そうこうしているうちにスタートの合図が響き渡り、第1走者達が走り出した。
「花京院くん…ちょっと手加減してね…?」
徐々に迫ってくるクラスメイトを見ていた典明は隣に立つ女子生徒の言葉にピクリと反応を示し、貼り付けたような笑みで振り返った。
「はは…まさか。なまえはこの後、男子生徒達と走るんです。それに、なまえがやっとクラスメイト達と関わろうとしてるんだ。なまえがやろうとしてる事に、僕が水を差す訳にはいかないよ。」
暗に典明の中心にいるのはなまえなのだと告げられた女子生徒は、何も返す事ができないまま典明が先に走り出してしまった。
「典明〜!!」
遠くからでも聞こえるなまえの声が、典明に力を与えてくれる。
トラックを半周し段々と近づくなまえの姿に、そのまま抱き締めたいのを我慢して右手に持ったバトンを伸ばした。
「なまえ、がんばって!」
バトンがなまえの手に渡ったのと同時に、典明も自然と応援の言葉を口にしていた。
自分の応援でなまえががんばれるのならと願いを込めて。
その時、見間違いかもしれないがなまえと視線が交わった気がしたのだが、その瞬間の笑顔が未だ且つてないほど綺麗で、かっこよかった気がした。
案の定なまえは1位でゴールをしていて、ゴール付近にいた自身の両親や承太郎の母に嬉しそうに手を振った後、一直線に典明の方へと駆け出した。
ドッ、と鈍い音を立てて典明の胸に飛び込んだなまえは、深く息を吸い込んでから顔を上げた。
「典明の応援、嬉しかった。ありがとう。ふふ…もっと走れそう。」
確かになまえは1人で400メートルも走ったというのに汗ひとつかかず、息の乱れもない。
言っているのは本当の事なのだろう。
「典明に応援されたら、なんでもできちゃいそう。」
「…君、もうなんでもできるだろう?」
「そういう事じゃなくて…って、分かってるでしょう?典明が"がんばれ"って言ってくれたら、いつもよりも強くなるって事。」
「今よりも強くなるのかい?それは困るなぁ。」
「もう!そうじゃないってば!」
未だ絶賛運動会の真っ最中で会場中の視線を集めているのだが、この2人は本当に人目を憚らない。
言ってどうにかなるものでもないので、教師達も「ほら、もうすぐ閉会式だから早く戻れ」としか言わなかった。
その後無事に閉会式、そして表彰式が執り行われ、なまえが壇上へと上がり優勝旗を掲げたシーンを見て、何故だか典明は泣きたい気持ちになった。
この高校3年生の体育祭の事は、きっと死ぬまで覚えているだろう、とも思った。
そして今後このような思い出も、たくさん増えていけば良いとも。