藤と金木犀
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「先輩?こんなところで、どうしたんですか?」
みょうじなまえ、高校2年生。
2個上の先輩の卒業式でなまえは、寂しくてポロポロ泣いてしまったのは記憶に新しく、なまえ自身も、典明も承太郎も、驚いて取り乱したものだった。
それだけなまえに良くしてくれる先輩方。
その1人が川の上の橋から下を眺めている所に遭遇した。
「あ⋯なまえちゃん。⋯花京院くんは?」
「典明は先生に呼ばれてて、あとから追いつくからって…。あれ、先輩、スカーフは?」
困ったような表情を浮かべる先輩を見てなまえが近づくと制服のスカーフがない事に気がついた。
相変わらず困ったような表情の先輩の視線の先を辿りなまえが橋の下を覗き込むと、川の脇から生えた木の枝に先輩のスカーフらしき布がはためいているのが分かった。
「もしかしてあれ、先輩のスカーフですか?」
「うん、そうなの⋯。仕方ないから、新しいの買わなきゃね⋯。」
「⋯⋯先輩、ちょっと待っててください。」
「えっ、ちょっと、なまえちゃん⋯!?」
なまえは、先輩の力になりたかった。
いつも自身や典明に良くしてくれる先輩達に、自分もなにか返したいと思った。
鞄を置いてヒョイ、と手摺りを乗り越えたなまえは、足を滑らせないようゆっくりと傾斜を進み問題の木の幹に手をついた。
「先輩、大丈夫ですよ。私、運動神経抜群なの知ってますよね?」
「そうだけど⋯、⋯本当に大丈夫?せめて花京院くんを待ってからの方が⋯。」
「すぐそこですし大丈夫ですよ。典明もどのくらいかかるか分からないし、サッと取っちゃいましょう。」
なまえの言う通り、目的の物はなまえのいる場所から2メートル程先にあり少し前に体を乗り出せば届きそうであった。
先輩もなまえの言葉を聞き距離を見て「⋯無理はしないでね。ありがとう」と未だ心配そうではあったがなまえを信じてお願いをした。
普段誰かにお願いをされるといった経験のないなまえは心底嬉しそうに「はい!」と笑顔を浮かべ、いざ目的の物へと視線を移した。
(もう少し、前に身を乗り出さないと⋯)
木の幹を左手でしっかりと掴み、左足を1歩前に。
しかしあと少しが届かず、更に重心を前に置き、なまえの体重を支えるのは自身の左腕と、木の幹のみになった。
(腕を伸ばしたら、届きそう⋯!)そう確信した瞬間、木の幹を掴んでいた左手が、嫌な感触を感じ取った。
(あっ、やば⋯っ!!)
ミシ、という木の軋む音がしたかと思うと、直後にその音の発生源からはバキッという音が続いた。
つまるところ、川の横に生えていた1本の木が、なまえの体重に耐えきれずに折れてしまったのである。
「なまえちゃんっ!!」
「なまえ!!」
水面に体が吸い込まれるさ中、先輩の悲鳴に似た声と共に辺りに響いた典明の声になまえは、咄嗟に瞑っていた瞳を開けると橋の向こう側にハイエロファントグリーンがこちらに向かってきているのが見えた。
が、その触手がなまえに届く前に彼女の体は水面へと吸い込まれていった。
「なまえっ⋯!!」
「か、花京院くん⋯!」
なまえを追いなんの迷いもなく川へと飛び込んだ典明は、少し深めの川底に苦しそうに顔を歪めたなまえを視界に捉えるや否やハイエロファントの触手ですぐになまえを水面へと引っ張り上げた。
「⋯なまえっ!」
「ゲホッ⋯!⋯は、⋯典明⋯!」
「⋯っ何してるんだ!君は⋯!!」
なまえと自身をハイエロファントの触手で縛り付けた典明は、両手でなまえの頬を包み無事を確認した。
なまえは典明が助けてくれた事に安心し瞳に涙を浮かべながらも「ごめん典明⋯⋯ありがとう⋯⋯」と感謝の言葉を伝えた。
「なまえちゃん!⋯大丈夫⋯?怪我はない⋯?」
「先輩⋯⋯。はい⋯これ、濡れちゃって⋯ごめんなさい。」
「いいのよそんなの!花京院くん、上がってこられそう?」
「はぁ⋯。⋯はい、大丈夫ですよ。」
なまえはしっかりと、その右手に先輩のスカーフを握りしめていた。
自らが溺れていながらも、なまえはそれを離さずに持ち続けていたのだ。
ザバ、と音を立てて、不自然に見えぬようハイエロファントの触手の力も借りなまえを元いた地面へと押し上げた典明は「⋯典明、手⋯」と上から伸ばされたなまえの手を素直には掴めなかった。
「典明⋯?」
「⋯うん⋯ありがとう。」
しかし掴まないという選択肢も取れず形だけはなまえの手を取り、触手を橋の欄干へと巻き付けてほぼ自力で川岸へと登り切った。
「なまえちゃんも花京院くんも、良かったらタオル使って?」
「ありがとうございます、先輩。」
「こちらこそありがとう、なまえちゃん。だけど、次からはもう無茶しないで。分かった?」
「⋯それは、⋯お約束出来ません。私、私の大事な人が困ってるのを見てるだけなんて、出来ないので。」
スカーフの水気を切りながらそう言い切ったなまえに、先輩も典明も言葉を失ってなまえを見つめた。
なまえは大事なものとそう出ないものの扱いが極端でとても分かりやすい。
それは見ている側が恐ろしくなるくらいに。
「⋯話は大体分かりました。なまえの事は僕が送っていくのでご心配なさらず⋯。タオル、ありがとうございます。」
「ううん⋯こちらこそ、ありがとう、なまえちゃん。」
先輩は未だ心配そうな申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、典明の有無をいわせないような笑顔を見て大人しく引き下がった。
先輩を見送った典明は何も言う事はなくなまえの頭をタオルで拭き粗方乾いたところで今度は自分の髪の毛を拭き始めた。
「あの、典明「なまえ。⋯僕がいない時に、危険な事はしないでくれ。」
いつもよりも感情の読めない典明の硬い声に、なまえは一瞬言葉を詰まらせた。
今まで典明は、なまえの事を全て肯定していたため、何かを咎められたのは初めての事だった。
しかしそれは典明としても同じで、なまえを相手にこんなにも憤りを感じたのは初めての事であった。
なまえは確かに、自身よりも色々な方面で優れており、心身共に強く、心配する事など必要ないのかもしれない。
しかし典明にとってのなまえは、何よりも大事で、大切で、守りたい人なのだ。
傷のひとつだってつけたくないほどに。
(やっぱり僕は君を、どこかに閉じ込めておきたい⋯)
(⋯そんな事は口が裂けても、言えないけれど)
「⋯さ、帰ろうか。」
「うん。⋯典明。助けてくれてありがとう。典明が来てくれなかったら、大変な事になってたかも。」
「⋯うん。君に怪我がなくて、良かった。」
典明のなまえに対する少し危険で純粋な想いは年々強くなっていたが、それを告げる事は決してせず己の心の内にしまい込んでいた。
いつもの、綺麗な笑顔の裏側に。