藤と金木犀
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「⋯なまえ、最近、身長が伸びたか?」
みょうじなまえ、14歳。
初めて典明とキスをしてから、1年が経った。
あれから2人は毎日顔を合わせる度にキスをするようになり、今となっては挨拶のようなものになりつつある。
2人の距離が圧倒的に縮まった、という事だが、それ以外にも縮まったものがある、それは、典明となまえの身長差である。
典明の成長期のピークが過ぎようとしているところでようやくなまえの成長期が訪れ、以前に比べると目線が近づいていた。
それは典明にとっては嬉しくもあり、悔しくもあった。
なぜなら、承太郎は未だに身長が伸び続けており、もう190センチの大台が見えてきているのである。
「ふふ、安心して。私が典明の身長を超える事はないから。⋯それとも、小さくない私は嫌?」
「その聞き方は狡いぞ。僕はどんな君でも好きなの、知ってるだろう?」
「ふふ、うん。」
入学から1年経ち、同級生達の中では典明となまえは学校でも有名なバカップルとして認知されつつある。
しかし学年が違えばまだ認知度が低いようで、たまに上級生に絡まれる事もしばしばあった。
「君、めちゃくちゃかわいいよね。そのリボンの色、2年生?」
「2年ですけど⋯、なんですか?」
「いや、かわいいなぁって思って。」
「はぁ⋯。あの、知ってます。」
「え?」
「だから、私がかわいいのは、知ってます。それで、なんですか?」
かわいいからなんなのだと、なまえは言った。
それを見た典明は、思わず笑いそうになるのを堪え、手で口元を隠した。
なまえは、典明が相手ならば「かわいい」と言われると嬉しいし、こちらが「うん」と同意すると典明もいつも満足そうに笑うので、その流れが当たり前だと思っているのだ。
だからなまえは、続きを待った、それだけの事。
「えぇと⋯他に用がないなら、忙しいので失礼しますね⋯?」
なまえが丁寧に頭を下げて話を切り上げるのに倣って、典明もペコ、と頭を下げてなまえの後についてその場を立ち去った。
(本当⋯僕のお姫様は、かわいいしかっこいいな⋯。)
「なまえ。」
愛おしさが込み上げてきて、典明は学校の廊下だというのになまえを呼び止め、振り向いたその瞬間、なまえに口付けを落とした。
「驚いた顔もかわいいね、なまえ。」
「⋯、⋯典明は、いつもかっこいい、ね⋯。」
なるほど確かに、今の身長差はキスがしやすいかもしれないな⋯と、いくらか縮んだ身長差の利点に気がついた典明だった。
バシャッ
「⋯⋯。」
とある日、なまえが1人でお手洗いへと行った時だった。
この年頃にありがちな、所謂いじめの現場に居合わせてしまい、なまえはため息をついた。
まずは用事を済ませようと用を足し個室から出るとまだ当事者全員が残っており、なまえの様子を伺っているようであった。
ジャー、となまえの手を洗う音だけが響き気まずい空間となっていたが、なまえはそんな事気にもとめず、ハンカチで手を拭った。
「⋯いじめって、楽しい?」
「えっ⋯。」
「いじめてる方は、楽しいのか聞いてるの。どうなの?」
怒っているのかと思われたが、意外にも普通のトーンで話すなまえに、そこにいた当事者達全員、顔を見合わせた。
そして「いや、別に⋯」とだけ返ってきたのを確認したなまえは「へぇ、そう」と感情の読めない声で短く返した後、自身の着ていたカーディガンを脱ぎだし、水で濡れた女子生徒の肩へと躊躇なくかけてやった。
「寒いでしょ?早く行きなよ。私は典明と承太郎が何とかしてくれるから、大丈夫。」
「あ⋯ありがとう⋯。」
「⋯別に、助けたわけじゃないから。制服が濡れてたら困るかなって思っただけ。保健室に行けば、制服貸してくれるから、早く行きな。」
それはなまえの本心であった。
典明と承太郎と、その周囲の人以外はどうでもいいなまえにとって、今のは人助けではなかった。
ただ、過去の自分を救ってあげたいと思ったからだ。
「あなた達も、楽しくてやってるんじゃないなら、する必要ないじゃない。そんな事に割く時間があるなら、自分のために時間を使ったら?私みたいにね。」
残った人達にそれだけ告げ、返事がない事を確認してから、なまえはお手洗いを出た。
ちなみに今のは嫌味でもなんでもなく、なまえの本心である。
「君⋯かっこいいな⋯。」
「わっ!典明!⋯見てたの?えっち。」
「それは誤解だな。君のカーディガンを着たびしょ濡れの子が出てきたから、何かあったのかと思って。」
「心配してくれたの?ありがと。」
突然の典明の登場に驚いたなまえだったが、ここまで一緒に来たのでなまえの事を待っていても何ら不思議ではなかった。
なまえを心配してハイエロファントの触手を女子トイレに伸ばしていようとも、不思議じゃないのだ。
「私が強くいられるのは、典明の存在があってだから。それだけは覚えてて。いつもありがとう。」
「そう⋯それは、僕も、そうかもしれないな。」
「⋯ふふ、典明のと私のは、ちょっとだけ違うかもね。」
なまえの言う通り、典明の存在でなまえが強くいられるのと、なまえの存在で典明が強くいられるのとでは結果は同じでも、過程が違っていた。
典明はなまえを守るために強くあろうとしているのに対しなまえは、典明はなまえがどんな事をしても受け入れ、愛し続けてくれると確信しており、それが勇気の源となっている。
いうなれば、何も怖いものなどない、無敵状態なのである。
「典明。カーディガンなくて寒いから、温めて。」
「⋯、狡いなぁ、君。」
なまえの言葉の真意を知りたがっているであろう典明をヒラリと躱して、なまえは典明の体に纏わりついた。
こうしてしまえば、典明はなまえの言葉に従うほかない事を知っての事だった。
その後逆恨みのようなものもなく、いじめ自体もそのまま無くなったようだった。
翌日にカーディガンを洗って返して貰った時になまえは何度も頭を下げられ感謝されたが「別に助けようと思ったわけじゃないし⋯」と、彼女が頭を下げる必要はないのだと、見事につっぱねていた。
その時横で見ていた典明は(やっぱりなまえは、人の心を救う人なんだな⋯)と嬉しく思ったが、同時にそれが自分だけに向けられるものだと思っていたため、若干の寂しさも感じたのだった。