藤と金木犀
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「ねぇ、2人は付き合ってるの?」
みょうじなまえ、13歳。
子供から大人になる、微妙な時期。
お互い順調に成長していたが、ついこの間まではなまえの方が高かった身長は気づくと典明の方が若干高くなって、声変わりもしていた。
このままいけばもっと大きくなるだろうし、男の子から男の人へとなるだろう。そういう時期。
周りの男女も同様に成長し、誰がかっこいいだとか、かわいいだとか、あの人とあの人は付き合っているだとか、そういう会話が教室内で飛び交うようなお年頃だ。
クラスでも目立つ2人の醸し出す、ただならぬ雰囲気に興味が湧かないわけがないクラスメイト達からそんな質問をされたのは、クラスの雰囲気が出来上がってきた、入学から数ヶ月後の事だった。
「付き合っ、…ては、ないけど…。」
「えっ、本当に!?」
「うん。婚約者なの。…典明が忘れてなければ。」
「こ、婚約者…!?」
中学生から出てくるとは思えない単語に、教室内の視線がなまえと典明へと集まった。
同時に、典明のまん丸に見開かれた瞳はなまえへと向けられていた。
「なまえ、君…、心外だなぁ。僕が君とのそんなに大事な約束を、忘れるとでも?」
「そんな顔しないでよ、典明。あれ以来、この話をした事なかったでしょう?だから、確認したかったの。」
「ふ…。忘れてない。当たり前だろう?」
典明がなまえの手を取り、その手の甲へと当たり前のようにキスを落とした事で、教室内は静かにざわついた。
なまえは正直、近頃の典明の急激な成長に戸惑っていた。
かわいいと思っていた幼馴染の"のりくん"が、成長するにつれて男になっていくのを間近で見ているからである。
身長はもちろん今自身の手を握っている彼の手も、子供の手ではなく大きくて骨張った男の人の手になっていて、なまえも既に典明の事を"かわいい"ではなく"かっこいい"と思うようになっていた。
「典明⋯王子様みたいね。」
「⋯そう?なまえは王子様みたいな人が好きだから、無意識に、そうなろうとしてたかも。」
確かになまえは、王子様のような男性が好きだった。自身に優しく、どちらかといえば物静かで、かっこいいというよりは綺麗な人が好きだ。
しかしそれは、典明の事が好きだから好みのタイプがそうなったのだが⋯結局は典明の事が好きだという事には変わりはないので、どうでも良い事である。
「典明も承太郎も、一気に身長が伸びたね。」
年齢がひとつしか変わらない3人だったが、典明と承太郎の成長期はほぼ同じタイミングで訪れた。
なまえからしてみれば、自分だけが子供のままのようで焦りを感じていたが、典明は自分よりも随分小さく見えるなまえを見てとてつもなく愛おしさを感じていた。
自分が守らなくてはと、守ってあげたいと、前々から思ってはいたが身長差が離れる度にその思いは増していき、以前よりもより一層なまえのそばを離れなくなっていた。
「なまえは小さくてかわいいね⋯。ねぇなまえ。ずっとこのまま、小さいままでいてくれないか?」
「⋯やだよ⋯。典明の綺麗な顔が、よく見えないじゃない。」
承太郎も承太郎で、学校内では目立つ見た目をしていたため女子生徒に人気があったが、同じように典明も人気があった。
2人とも女子生徒達からの人気に興味は全くなかったが、そんな2人と幼馴染で、且つその片方の婚約者だというなまえは、2人の人気にうんざりしていた。
「婚約者って事は、好きなの?」だとか「承太郎に好きな人っているの?」だとか、そういう事を何度か聞かれた事がある。
典明の事はずっと前から好きなのは当たり前だし、承太郎の事なんて知ったこっちゃないのだ。
かくいう典明も、なまえについて他の男子生徒に聞かれた事がある。
「もうキスはしたのか」だとか「なまえのどんな所が好きなのか」だとか。
聞かれる度に正直に答えていたのだが、典明はそのような質問を受けて、段々となまえの女の部分を意識するようになっていた。
自分が成長するにつれて彼女も成長しているはずなのに、どんどん開いていく身長差。
小さな肩、自身の目線よりも下にある頭、つむじ、そして前までは無かった、胸の膨らみや腰のくびれ、おしりの丸み。
思春期を迎えた典明はなまえのこの変化を目の当たりにして、意識せずにはいられなかった。
これまで言っていた「好き」とは明らかに違う、男女の「好き」というものを理解し始めていた。
だから以前のようになまえに好きだと伝えてはいたが、子供の頃のように気安くなまえの頬にキスをしたり、抱きしめたりする事ができなくなっていた。
2人きりの時だって心臓がドキドキと音を立てて落ち着かないし、ポーカーフェイスを装ってはいるが、それがなまえにはバレてしまっているのではないかと内心冷や汗をかいていた。
例えば、今みたいに。
「典明。」
なまえも典明の事を意識し始めているため、最近度々、典明に女の顔を見せるようになってきた。
甘えるように典明の肩に凭れかかり自身の名を呼ぶなまえに、典明はどうしたら良いものかと言葉を詰まらせ、顔を赤くさせるだけだった。
「ふふ⋯典明、顔真っ赤だよ。」
「っ、か、からかわないでくれ。」
「この前は手の甲にキスまでしてくれたのに⋯。」
「あれは⋯っ!⋯人前だからできただけだよ。君と2人きりだと、どうにも⋯。」
「⋯⋯普通、逆じゃない?」
なまえの手の甲にキスをしたのは、お互いまだ記憶に新しい。
典明のあの時のあれは、咄嗟にやった事だった。
なまえに触れたいと思ったら、口付けを落としていた。
しかし、今はどうだろうか。
自身よりもひと回りもふた回りも小さいなまえが恋人にするように接してくるのに対し、典明は心臓の鼓動を速めて顔を赤くさせるだけである。
「典明⋯。典明は⋯その⋯、キス、したいと思わない⋯?」
「っ!」
珍しく言いづらそうに口篭りながらもそう尋ねるなまえに典明は一瞬言葉を詰まらせたが、なまえの不安そうにこちらを見つめる目を見て、1度深呼吸をした。
「⋯もちろん、したいよ。⋯けど⋯、1度してしまったら、もう戻れなくなりそうで⋯。」
キスなんてした事がないが、きっとなまえとのキスはいつか歯止めが効かなくなるのではないかと、典明は恐れていた。
なまえはこんなにも魅力的なのだ。キスをしたらきっと、もっとその先を望んでしまうだろう、と。
「私は⋯なんでも受け入れるよ。私は、典明とキスもしたいし、いつかはその先だって、⋯したいと思ってる⋯。」
「なまえ⋯っ!」
典明は胸を締め付けられるほどに、なまえを愛おしいと思った。
ぎゅう、と久しぶりに自らの腕の中になまえを閉じ込めるとやはりなまえは小さく、庇護欲が掻き立てられた。
(はぁ⋯本当になまえはかわいいな⋯僕の、宝物⋯。)
許されるのであれば、典明はなまえを自分の傍に閉じ込めておきたかった。
誰も知らないところで、誰の目も届かないところで、自分だけがなまえの目に映り、愛して、愛されたいと、典明の心の奥底で、そんな感情が渦巻く瞬間がたまにあった。
それでもなお、なまえは自分を愛してくれるだろうという確信めいたものもあったが、今の関係に不満があるわけではないし、気付かないふりをしていた。
「じゃあ、2人で決めよう。学生の間は、キスまでだって。」
「うん。どっちかが約束を破りそうになったら、スタンドを使ってでも止める、でどう?」
「はは、いいよ。そうしよう。」
これはお互いを信頼した約束だった。
もし今話したような事になっても、2人の仲が拗れることはないと、お互い確信していたからできた約束である。
話が纏まって、お互いどちらともなく体を離し、正座で向かい合った。
膝と膝がぶつかる距離である。
「なまえ⋯目を閉じてくれる⋯?」
典明の少し震える声を聞き、なまえは戸惑う事なく、素直に目を閉じた。
その典明の事を1ミリも疑っていませんというなまえの行動に、典明はまた愛おしさが込み上げてきて、「本当に君は、かわいすぎて困る⋯。」と心の声が出てしまった。
直後、唇と唇が静かに触れ合って、すぐに離れた。
なまえが目を開けると、未だ至近距離に典明の顔があって、ドキリと胸を高鳴らせた。
「もう1回⋯。」
小さい声でそう言ったのは、どちらだっただろうか。