藤と金木犀
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「ねぇ、なまえちゃんばっかり典明くんとお話して、狡いよ。」
みょうじなまえ、9歳。
なまえと典明は相変わらずずっと一緒に過ごしており、色気づき始めた周囲の女子から妬みの対象となる事もしばしば。
そういった経緯もあり、同性の友人がいなかったなまえだが、本人はそんな事を意にも介さず典明と共にいつも過ごしていた。
典明だけいればいいのだと思っているなまえと、なまえと一緒にいられればなんでもいいと思っている典明は、クラスから若干浮いた存在となっていたが、2人とも大して気にした様子もない。
そしてそんな彼女には、"狡い"という言葉の意味、真意が理解できなかった。
「狡いってなに?私、典明とは幼馴染なの知ってるよね?なんにも狡い事してないんだけど。それに、典明と話したいなら話しかければいいじゃない。なんで私に言ってくるの?」
この年頃に言いがちな"狡い"という言葉。
状況的に、彼女達も典明と仲良くしたいのだが、なまえとだけ仲良くしているのが羨ましくなまえに嫉妬しているのである。
しかしなまえの言う通り、何も狡い事はない。
なまえは物心ついた頃から承太郎と典明がそばにいたし、仲が良くなるのは当たり前の事だった。
それに、3人とも他の人には見えない"トモダチ"の存在もあり、それがより3人の絆を強くしていた。
「僕と仲良くしたいと言ってくれるのは嬉しいけど…。僕は、なまえと承太郎がいれば充分なんだ。だから、ごめんね。」
「っ、みんなと、仲良くしなきゃいけないんだよ!」
「苦手な人と仲良くする必要はないんじゃない?無理に仲良くしても、いずれ喧嘩になるんだから。」
「…うっ……!」
なまえはこの年頃の子供にしては口が回った。口数が少ない承太郎と、聞き上手な典明との付き合いで、普段からいつもなまえばかりが喋っていたため喋るのは苦ではなかった。
それに本を読むのも好きだったし、語彙力も小学生にしてはある方であった。
故にこの頃のなまえは、口喧嘩では負けなしだった。
だからこの1件は、向こうは数人がかりで勝負を挑んできたのだが…見事に返り討ちにしたのであった。
「なまえはいつも、僕の事を優先してくれるよね。」
典明は、常々思っていた事をなまえの前で口にした。
ただ単に自分を慕っているからというのとは違い、典明の意見を聞き、その上で尊重してくれるなまえを、典明は素直に尊敬していた。
そのように両親に育てられたのだと思うが、それを当たり前のようにできるなまえに、憧れの念も持っていた。
「典明だって、いつもそうじゃない?」
なまえにそう言われた典明は、思わず口籠もり、顔を伏せた。
「僕は⋯なまえの真似をしてるだけだよ。」
典明はなんだか、恥ずかしくなった。
自分ができない事を平然とやってのけるなまえに憧れて、それを真似しているなんて、なんて情けないのだと。
なまえの隣にいても許される男になりたいのに、これでは程遠いじゃあないかと、自分を恥じた。
しかし、それをまるっと包み込むのがなまえである。
「真似でもなんでも、いいと思うけど⋯。真似してたら、それがいつか当たり前になるから。」
「そう⋯かな⋯?⋯そうだといいな。」
「私はどんな典明でも、好きだけどね。」
ぎゅ、となまえの小さな腕が、典明の背中に回された。
細くて小さい子供の腕であったが、典明はこの時、母親に抱っこされている時の感覚を感じていた。
その身に余る程の、なまえの愛情や、慈しみを。
(なまえは僕の事を好きだと言ってくれるけど、僕には勿体ないな⋯。)
そんな事を思いながらも、この自分にとって眩しい存在を手放す事はできなかった。
もし例え相手が承太郎であろうとも、譲る気はなかった。
何がなんでも、自分がなまえに見合う人間になり、ずっと隣にいようと、自らの腕を目の前の小さい背中へと回したのだった。
「承太郎、待って。典明が。」
夏休み。
3人はいつものように集まって、川へと遊びに来ていた。
川と言っても彼らの脛くらいまでの深さしかなく、流れもそこまで速くない小川と呼んでいい規模の川だが、代わりに岩が多く、子供の足で歩くのは少々困難であった。
「典明、大丈夫?ちょっと休憩する?」
「花京院。」
大きな岩の上から、承太郎となまえが典明に手を伸ばしたが⋯典明はそれを掴む事はなく、最近習得したハイエロファントの触手を岩に伸ばす事で大岩を登りきった。
とはいえ今ので体力をほぼ使い切ってしまったため、どちらにせよ休憩する事となった。
「暑いね。私も、ちょっと疲れちゃった。」
「⋯俺も。」
典明を気遣い、2人とも「疲れた」と言い岩の上に座り込んだ。
2人の優しさはありがたかったが、2人の事を羨ましく思うと同時に2人のようにできない自分を恥ずかしく思った。
「2人とも、頭も良くて運動もできて、羨ましいよ⋯。」
「典明⋯。」
口から出たのは、情けないかもしれないが典明の本音だった。
自分が2人に勝るものなんて何も無いと、悲観している証拠である。
その今にも泣き出しそうな典明を見て、なまえは少し困ったような顔を見せたが、承太郎はスっと立ち上がり典明を指さした。
「俺は、お前ら以外の奴と会話ができない。」
「⋯承太郎、急に何を⋯。」
その承太郎の意図を察したなまえも承太郎に続き立ち上がり、挙手をして
「私も!あとはねぇ、私は、泳げないかな。」
「なまえ⋯、承太郎⋯。」
2人は、自分ができない事を言うことで"典明はできるだろう?"と自身を慰めているのだと理解した。
そして、なんて素敵な幼馴染を持ったのだろうと、涙を流した。
「泣かないで、典明。私、典明が泣いてると悲しくなっちゃう。」
「うん⋯ごめん⋯。」
「典明が変わりたいというなら応援するし、手伝うよ。でも私と承太郎は、そのままの典明も大好きだから。」
忘れないで、となまえが典明の額にキスをすると、典明の涙はいとも簡単に止まった。
典明はこの時密かに、なまえは魔法使いかもしれないと思った。
「僕も、2人の事、大好き。」