藤と金木犀
name change
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「なまえちゃん。僕の名前ね、本当はテンメイって言うんだ。」
内緒話をするように、物陰に隠れてそう言われたのはいつの事だっただろう。
今まで当たり前のように呼んでいた名前が、実は本当の名前ではないと言われて幼い私はとても混乱して泣いてしまったのを覚えている。
あぁ、その時確か、お母さんがいつもよりも早く迎えに来てくれたから、きっと幼稚園の年頃だったんだ。
翌日こちらの様子を伺っていた典明を見て、前の日に教えてもらった呼び方で声を掛けたら今度は典明が泣いちゃって、先生を困らせたのだった。
この時の、涙で濡れてキラキラした典明の宝石みたいな藤色の瞳が、いつまで経っても私の記憶に残っている。
「家族以外にはなまえちゃんしか知らないんだ。2人だけの秘密にしよう。」
「本当?嬉しい。じょうたろうにも内緒ね。」
この時から、人前では"のりくん"、2人だけの時は"てんめい"と呼ぶようになった。
このお話は、この頃から今までの、私と典明、2人の物語。
「ねぇお母さん。私、のりくんとずっと一緒にいたいの。お泊まりじゃなくて毎日同じ家で暮らすには、どうしたらいいの?」
みょうじなまえ、5歳。
もう随分言葉を話せるようになったが、まだまだ知らない事も多い。そんな年頃。
「そうね…典明くんと結婚して、なまえの名前がみょうじなまえから花京院なまえに変わったら、ずっと一緒にいられるわよ。」
「そうなの?じゃあ私、花京院なまえになる!」
「お、おい…。まだそんな話をするのは、早いんじゃあないか…?」
「ふふ…、そうね。残念な事に、結婚は大人にならないとできないの。だから今すぐには無理ね。それに、結婚は1人で決めるものじゃないの。典明くんにも聞いてみなきゃね。」
「そうなんだ…。分かった。明日聞いてみる。」
「なまえ…!」
父の悲しみなど、まだ幼いなまえには分からない。ただ、なんだかお父さん、悲しそうだなぁ、と感じただけだった。
翌日、幼稚園で「のりくん、大人になったら、私と結婚しよう。そうしたら、ずっと一緒にいられるんだって」と公開プロポーズをしたなまえは「うん。僕もなまえと、ずっと一緒にいたい」という典明の返事を受け、口約束ではあったが事実上の婚約者となった。
その話を聞いた父親がその日の夜、再びショックを受け悲しんだのは、言うまでもない。
「承太郎。私ね、大人になったらのりくんと結婚するんだ。結婚式?には絶対に来てね。」
「へぇ…よく分からないけど、分かった。」
「なまえちゃんが僕のお嫁さんかぁ…ふふ。」
「これからおままごとする時も、のりくんは私の旦那さんね!」
「うん!」
承太郎への報告も早かった。
典明となまえ、仲良く手を繋ぎ承太郎へと婚約の報告をすると承太郎は結婚というものが何を意味するのか分からないながらも2人を祝福した。
承太郎もよく分かってはいないが、2人がなんだか幸せそうに笑っているので祝福せずにはいられなかった。
「のりくん、かわいい。好き。」
「かわいいのはなまえちゃんだよ。僕は、かっこいいの!」
「かっこいいの方がいいの?じゃあ、承太郎よりも強くならなきゃね。」
承太郎ははーふという事もあり、この時からすでに他の子供達よりも体も大きく目立っていた。
それに親譲りの整った顔立ち故、幼稚園児にしてモテていた。
対する典明は、すぐそばに承太郎という存在がいる事によって自信をなくしていた。
なまえが困っている時はいつも承太郎がいとも簡単に解決してしまうし、身長だって平均的だし、自分はなんて情けない奴なんだと思っていた。
「私は、かっこよくなくても、かわいいのりくんでも、大好きよ。」
そう言ってくれるなまえのために、かっこいいと言ってもらえる自分になろうと典明が心に決めたのは、この頃の事であった。
「なまえちゃんって、なんで男の子よりも力持ちなの?もしかして、なまえちゃんのママってゴリラなの?」
「!」
男の子の、からかいである。
見た目の整っている目立つなまえの気を引きたい男の子の精一杯のコミュニケーション方法であったが、言われた本人、そして一緒にいた典明からすれば気持ちのいいものではない。
実際、言われたなまえは綺麗なその瞳に悲しさを映していて、それを見た典明も胸の真ん中あたりがきゅ、と痛んで、思わず瞳に涙を滲ませた。
「なまえちゃんにそんな事言うな!」
「イテッ!何するんだよ!」
「のりくん!」
咄嗟に体が動いて典明の手が相手の男の子を突き飛ばし尻餅をついてしまった事で、左頬の辺りを叩き返されてしまった。
典明はなまえが心無い言葉で悲しんでいた事に泣き、相手の男の子は突き飛ばされ尻餅をついた事で泣き、なまえは典明の赤くなった頬を見て泣いた。
先生が駆け寄ってきて話を聞いてくれてやがて全員気持ちは落ち着きはしたが、男の子の方は先生に促されて謝罪をしたのに対し「押したのは謝るけど、なまえちゃんにひどいことを言ったのはゆるさない」と自分の意見を曲げる事はなかった。
「てんめい。私のために怒ってくれて、ありがとう。嬉しかった。」
「うん⋯。僕、がんばって強くなって、なまえちゃんを守るからね。」
「⋯ありがとう。王子様みたいだね、てんめい。」
以降卒園するまで、典明がこの男の子と話すことはなかった。