藤と金木犀
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「ねぇ、典明。引越しの事だけど。」
みょうじなまえ、高校3年生。冬。
なまえが言った通り、2人揃って大学への入学が決まった。元より猛勉強して受験に臨んでいたわけではないが、無事に合格した事で浮かれるのも無理はない。
未だ受験を控えている生徒のいる教室内で、珍しく2人は険悪な雰囲気を醸し出していた。険悪、といっても喧嘩をしているわけではないのだが、二人の間で、意見の相違があったのだ。
「なんだい?言っておくが、僕は譲らないからな。」
「そんな事言わないでよ。ねぇ典明、どうしてダメなの?昨日聞いた理由じゃ、納得出来ない。我慢できる自信がないって、何?」
「っ、……あぁもう!」
パシ、となまえの手を取って典明が向かったのは、今は使われていない空き教室。
二人の話している話題は、昨日すでに一度終わった話だった。しかしなまえは一人になってよくよく考えた末に、やっぱり納得出来ないともう一度話をしにきた。
その話題とは『高校卒業後に同棲をするか否か』である。
なまえは当たり前のように一緒に暮らす気でいたのに対し、典明はそれを拒んだのだ。
「なまえ。君は僕が好きで、僕は君が好きだ。それは分かるね?」
「それは分かるけど…それがなんで同棲しないになるのか、分からない。」
「はぁ…。… なまえ、僕は男で、君は女の子だ。僕は君の事が好きで……恋人同士が一緒に暮らしたら、恋人同士がする事があるだろう?」
「んー…、あ、性行為の事?」
「…そうだ。ただでさえ僕は、ずっと我慢してるんだよ。別々の家に暮らしている、今でさえ。」
なまえにそう言い聞かせる典明の眼差しはいつになく真剣で、それでいて優しさを含んでいて、なまえは言葉に詰まった。典明の真摯なところは、自身にとって彼の好きなところのひとつだったからだ。
「僕は本当に、心から君を愛している。だから、君がそばで無防備な姿を晒すのを見てしまったら、止まらなくなると思うんだ。制御できる自信がない。…だけど僕は君に対して、無責任な事をしたくはない。…分かってくれ、なまえ。」
「典明…。ねぇ、私…、典明のそういうところ、大好き…。」
典明の真摯さは、一分の隙もなく正しくなまえへと伝わっていた。そもそも典明がなまえに対して誠実でなかった事など、ただの一度もないのだが。
「ふふ…、分かってくれたかい?」
自身の考えを理解してもらえたのだと、典明はホッとした表情でなまえを抱きしめた。だが、素直に受け入れきれないのが、なまえだ。
「ううん。典明のそういうところは大好き。だけどやだ。私は典明が折れてくれるまで、譲らないからね。」
「…!… なまえ…!君、ちゃんと自分のかわいさを自覚してるのか?自分のかわいさを舐めていると、痛い目を見るのはなまえ、君なんだぞ!」
珍しく典明がなまえに向かって声を荒らげるが……怒る事に慣れていない典明の怒り方はズレているというかなんというか…。第三者が見たら呆れられてしまうのではないだろうか。
「私だって…!…っ、もう、典明のバカ!好き!」
頑なに自分の意思を曲げない典明の姿に、なまえも段々と"もしかしたら自分との生活は嫌なのではないか"と不安を抱き、とうとう瞳に涙を浮かべ空き教室を飛び出した。最後の捨て台詞は「嫌い!」と言いそうになったのを嘘でもそんな事言いたくはないというなまえの純粋さからくるものだった。が、それは存外典明には響いていたようで、「僕だって…好きだからなのに…!」と一人取り残された教室内で呟いた。
これが二人にとって初めての、喧嘩である。
「ねぇ承太郎!どう思う!?」
「知らねぇ。勝手にしろ。」
初めての喧嘩後、二人はこれまた初めて、別々に下校した。なまえが家に着いてまずした事は、アメリカにいる承太郎への電話であった。
アメリカと日本の時差は、約14時間。つまりこちらが夕方の17時なので、向こうは深夜3時。迷惑極まりないが、頭のいいなまえが時差を知らないわけがない。分かっていて、それでも聞いてほしくて電話をかけた。それくらいなまえにとってこの問題は、重要な事だったのだ。
「テメー…、こっちが何時だと思ってやがる…。テメーらの問題はテメーらで解決しな。放課後にかけてくるんじゃあねぇ。切るぜ。」
「切らないでよ!!ムカつく!!」
「やかましい。」
スマートフォンを握る手に力が籠り、ミシ、と軋むような音を立てる。このままでは壊してしまうと、一度長い溜息を吐いてなまえは気持ちを落ち着かせた。
「お願い承太郎。私、不安なの。承太郎でいいから、誰かの声を聞いていないと落ち着かないの。」
「テメー…。」
それが人にものを頼む態度か?と続くはずだった言葉は、飲み込まれた。代わりに長い溜息を吐いて「俺は眠いんだ。テメーが話せ」と諦めたように呟いた。
二人の幼馴染である承太郎は、なんだかんだ言ってなまえと典明には甘いのだ。
「ありがとう承太郎!ねぇ、今度いつ帰ってくるの?聖子さんが寂しがるから、こまめに帰ってきてよ。」
「あぁ…、…そのうちな。」
「私と典明が一緒に暮らし始めたら招待するから。絶対来てよね。」
「……そのうちな。」
なまえの中ではやはり同棲する事は決定事項のようで、承太郎はそれに一瞬ため息をつきそうになったが飲み込んで投げやりな言葉を返した。
また怒り出してしまったら面倒だという、なまえの扱いを心得ている承太郎の最善手だ。
結局この通話は5時まで続き、翌日寝不足の状態で講義に出席する羽目になった承太郎は、
(もうあの時間に来たなまえからの電話は絶対に出ねぇ。)
と、固く誓ったのだった。
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