藤と金木犀
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「みょうじさん、おはよう。」
「おはよう!文化祭で着る典明の衣装、出来たよ。」
「えっ、もう?」
「こら。僕と君の、だろう?」
それから数日後には無事に衣装は完成し、2人は残りの夏休みをゆっくり過ごす事ができた。
夏休み明けの今日は、完成してから初めて人に見せる事ができるという事でなまえは朝からずっとソワソワしていた。
逸る気持ちを抑えきれずに、登校してきたばかりのクラスメイトに完成した事を告げたのを、典明は微笑ましく思った。
珍しく自分以外の誰かに認めてもらいたいというなまえのいじらしさが、典明にとってはかわいくて仕方がないのだ。
「早く見たい!けど…テストが全部終わったら、見せてくれる…!?」
「うん。私も、早くみんなに見て欲しい!」
純粋ななまえの笑顔が、周囲を温かい気持ちにさせた。
なまえの周囲の人間を和ませるような笑顔が、典明は好きだった。
「僕も、君がそれを着てるところが早く見たいな。完成しても、一度も着てくれなかったから。僕は何度も試着させられたのに。」
「私からしたら、典明のが大事で私のはおまけだから。」
「君からしたらそうだろうけど…あぁでも、君のはできれば他の人には見せたくないな…。」
典明の言葉の意味を理解して、なまえは頬をピンク色に染めた。
そして「そんなの、私もだよ…」と心の中で呟いた。
口に出せなかったのは、玄関が混み始める時間帯になってきており立ち話をするには忍びない雰囲気になってきたからである。
「そろそろ教室に行こうか、なまえ。」
そう言ってなまえの手を取り微笑む典明の、王子様感たるや。
この学校内にもはやこの2人に嫉妬する者などいないのだが、なまえを含む近くにいた女子生徒達の頬を染めさせるのには、充分であった。
「わ…!すごーい!売り物みたい!いや、売り物よりすごい…!!」
「ふふ…ありがとう…。典明、かっこいいでしょう?こだわり尽くした甲斐があるなぁ。典明、本当にかっこいい。好き。」
衣装のお披露目会、なのだが、なまえは自分が褒められているというのにも関わらず典明の方を賞賛した。
なまえにとっては、自分が作った服を褒められるのはどうでもいい…と言うと語弊があるが、それよりも自分の作った服を着て喜んでくれたり、似合っているのを見るのが嬉しかった。
それは典明に関わらず、だ。
「あぁもう本当にかっこいい!ずっと見ていたいけど、直視できない!」
「ふっ…、やだなぁ、なまえ。僕は君の、金木犀みたいな綺麗な瞳が見たいのにな。」
「わっ…私も…!典明の藤色の綺麗な瞳が見られないのは困る…!」
「うん、いい子だね、なまえ。」
無自覚という物は恐ろしい。
ここまで世の女性が喜ぶような甘い台詞を囁いておいて、言った張本人は別に色仕掛けをしようだとか、下心だとか、そういった気持ちは一切ないのだ。
これが不特定多数の女性に対しての態度であれば女誑しだなんだと言われるのだが、生憎典明のこれはなまえ相手にしか発揮されないのだから不思議である。
「典明が王子様すぎて怖い…。ねぇ、本当にどこの国から来たの?いい加減隠さなくていいじゃない…。」
またその話か、と典明は呆れて腕を組んだ。
なまえのこれは幼少期から続く一連の流れであって、典明は最初は冗談かと思っていたのだが最近になって本気で言っているのではないかと思えてきていた。
それだけ、問い詰めるなまえの目は真剣そのものなのだ。
「僕は、M県S市で産まれたれっきとした日本人。両親だって、産まれも育ちもM県S市だ。って…何度も言っただろう?」
「そう…だけど…。典明が、急に"王位を継承するから、国に帰らなきゃいけなくなった"なんて言い出したらどうしたらいいのか…。」
「……、……は?」
しばしの沈黙の後、典明の口から発せられたのはたった一言。
「は?」であった。
周囲にいたクラスメイト達も口には出さなかったが、内心典明と同じ事を思っていた。
それと(みょうじさんって、頭が良いのに馬鹿なんだな…)と。
「はぁ…。君がそこまで想像力豊かだとは、僕も思ってなかったよ。いいかい、なまえ。仮に僕が王位継承なんて話を持ちかけられても、君を置いていくなんて事はない。絶対に。なんなら君も連れていくか、断るだろうね。まぁ僕にはそんな話、本当の本当に無縁なわけなんだが。」
最後にもう一度きちんと否定の言葉を添えて、典明はなまえを見た。
なまえはというと、置いていく事はないと言い切ってくれた事に対して安堵し、そして喜び、ぎゅう、と典明を抱きしめた。
典明からしてみればそれは少々力が強かったが、それでなまえが安心するならばと、ヨシヨシと頭を撫でて受け入れた。
本当になまえは、典明の事になると頭が悪い。
その後、なまえのチャイナドレス姿を見たいと典明が言った事で着替えをしたのだが、あまりの衝撃に今度は典明までもがIQが下がってしまった。
……やはり、この2人は似たもの同士なのかもしれない。
「いらっしゃいませ〜!」
「2名様ご案内で〜す!」
「ジャスミン茶1つ、烏龍茶1つです!お願いしま〜す!」
バタバタと走り回る、クラスメイト達。
飛び交う接客フレーズ達。
端的に言うと、なまえ達のクラスはめちゃめちゃ賑わっていた。
そう、今日は文化祭当日である。
ザワザワと人の絶えない空間だというのに、なまえは…なまえと典明は座っているだけだった。
クラスメイトにドレスを着て欲しいと頼まれた時に座っているだけでいいと言われたが、まさか本当に座っているだけでいいなんて、誰が思っただろうか。
しかし、このクラスに人が押し寄せているのは確かに、なまえと典明のおかげであった。
メニューの1つに、美男美女カップルと写真を撮れるという物があり、1枚500円、ポーズ指定有りで700円という文化祭とは思えぬ値段設定なのだが、それでも2人の前には列ができている。
なまえにも典明にも、一定数のファンがいるのが伺える。
「あの!ポーズはなんでもいいので、イチャついてください!」
「2人でハート作ってください!」
女子生徒達からのお願いはかわいいもので、なまえも典明も「あはは、いいよ〜。」「こう?」と案外楽しそうであった。
「あらあら、なまえちゃん、とってもかわいいわぁ〜!」
そんな時に聞こえた、高校生達のキャピキャピした声とは違うキャピキャピ声に、なまえは誰よりも早く今まで以上のテンションでその名を呼んだ。
「聖子さんっ!来てくれたんですか!」
意外な訪問者の正体は、聖子さん。
承太郎の母、空条ホリィであった。
「聖子さん!写真撮りましょう!お代は私が払いますから!ねぇ聖子さん、見てください!典明の着てる服、私が作ったんです!」
「君のもそうだろう…?全く、ホリィさんがいると、すぐにテンションが上がってしまうんだな、君は。」
「典明。典明も早く並んで!」
自分の家族を除けば、なまえは典明とホリィ、そして花京院の両親が大好きだった。
みんな無条件に自分をかわいがり、優しくしてくれるからだ。
もちろん承太郎もなのだが、最近は何を考えているのかよく分からず、衝突しそうになったりするので今は保留状態だ。
結果、なまえのクラスは校内一で売り上げた。
そのおかげでクラスの打ち上げは他のクラスよりも少しばかり豪華になり、クラスメイト達から大変感謝された。
終始笑顔が絶えなかったクラスを思い返し、なまえは(来年は、ないんだなぁ…)と寂しく思った。
人との関わりは大事なのだと、改めて身を持って実感した。
卒業まで残り、半年。
今からでも学校生活の思い出を作っていこうと、改めて決意した。
もちろん、典明との思い出も、だ。
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