藤と金木犀
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「……落ち着いた?」
くっついていた唇が離れてからも、2人は至近距離でしばし見つめあった。
アイコンタクトで愛を確かめあったあと小さい声でそう発したのはなまえの方であった。
「うん。…少し、君の言っていた事が分かった気がするよ。」
「私が言ってた事…?」
「ふふ…、うん。」
典明はこの時、なまえが時折言っている「典明は私の精神安定剤」という言葉を思い浮かべていた。
今までなまえが幸せならいいかと深く考えてこなかったが、身を持って実感した今、初めてなまえの言っていた事の意味を理解できたのだ。
「なまえ。いつも僕の心を救ってくれてありがとう。僕は、君に出会えて幸せだよ。ずっとね。本当に、僕には勿体ないくらいなんだ、君は。」
典明はそう言って、なまえの手を自身の頬に当てて目を閉じた。
なまえにはそれがあまりにも盲目的に見えて少し危険な雰囲気を感じたが、同時に何か神聖な行為のようにも見えて、密かに体を震わせた。
(典明は全てが美しすぎて、そんな姿もサマになるなぁ…)なんて冷静に感動しているあたり、なまえの方も充分に普通の感覚を失っている。
「なまえ。…本当に、君をどこかに閉じ込めておいてもいいかい?」
恐ろしい事を言っているというのに口調は軽く、表情はなまえの答えを聞くのが怖いとでも言うように不安そうに眉を下げている。
その問いになまえは相も変わらず安心するような柔らかい笑顔を浮かべ「典明は心配性ね」と前置きし、改めて「そんなに心配なら、何度でも言ってあげる。いいよ」となんでもないように答えた。
「それで、典明は私をどこに連れていく?どこかの山奥とか?」
「…はぁぁーー……。…いや、どこにも連れていかないし、閉じ込めないよ…。」
再度なまえの返答を聞いた典明は、両手で顔を覆い深く溜息をついた。
それは呆れた溜息というよりも安心から出た溜息で、硬くなった典明の体が少しだけ解れたような気がした。
「典明、泣かないで。不安にもならないで。私の典明への愛を、舐めないでよね。」
「うん…僕は君を、舐めていたのかもしれないな…。」
なまえは典明がなまえを閉じ込めておきたいという願望に、「いいよ」と答えた。
それも、1度ならず2度までも。
それは典明の心をひどく安心させた。
閉じ込めておきたいのは本心だったが、なまえの許可を得て心の余裕ができたのかもしれない。
とりあえず今は、閉じ込めなくとも大丈夫だと。
「ふふ、話してたらもうこんな時間だね。そろそろ寝ようか。」
「寝る、って…。ぼ、僕は帰るからな!」
「え、帰っちゃうの…?まぁ、そっか…朝になってから帰るのは気まずいもんね…。」
「そっ…!…っあぁもう!かわいいな君は!!分かった。君が寝るまでそばにいるから!」
あからさまにしょんぼりと肩を落としたなまえの姿を見て居た堪れなくなった典明は、あっさりと意見を変えなまえを抱きしめた。
これは典明の悪い癖なのだが、直そうと思ってもなまえの純粋で真っ直ぐな視線を向けられると典明は何も抵抗できなくなってしまうのだ。
こうして許したあとに「本当?典明好き…!」と嬉しそうに抱きついてくるところもかわいくて、なかなか治す事ができずに今に至る。
「典明の匂い、いい匂い。ねぇ、そういえば典明、制服だけど…わざわざ着替えてから来たの?」
「…あぁ、うん。外を出歩くのに、パジャマだと変だろう?」
「そうだけど…典明のパジャマ姿、見たかったな。」
「僕は君のパジャマ姿が見られて、どうにかなりそうだよ。」
「どうにか……?」
よく分からないが、自分が典明を見ている時のなんとも形容しがたい感情の事だろうかと、なまえは思った。
しかし布団に入って、典明の匂いを嗅いで、髪の毛を撫でられて、徐々に手足が暖かくなってきて、そんな事は今はどうでも良いと、思考の外側へと追いやった。
(今日は典明を泣かせちゃったけど…お話できて良かった…)と考えたところで、なまえは眠りの世界へと落ちていった。
「おやすみ」という典明の声と、額に感じた暖かい感触は、夢か、現実か分からなかった。
翌朝、なまえが目覚めた時には典明の姿はなくなっていた。
しかし微かに典明の匂いが残っていて、なまえはその典明の香りを逃がさないようにと頭まで布団を被った。
(はぁ……典明の匂い、本当にいい匂い……幸せ…!)
プルルルル…
数分程そうして幸せな気持ちに浸っているとベッド脇の携帯電話が着信を告げて、もしかしたら典明かもしれないと思ったなまえは布団から腕だけを出して携帯電話を取った。
「…承太郎…?」
昨日の今日で、それも承太郎側からしたら今日の今日話したばかりなわけで、なまえは出るか出ないか、しばし悩んだ。
そしているうちに鳴りやんだ事に内心ホッとして携帯電話を手放すと、少しの間を開けてまた着信音が部屋に響き始めた。
このまま何度も掛けてこられては弟の昴にいつか壁ドンをされるだろうと、ため息をつきながら仕方なく、なまえは通話ボタンを押した。
「もしもし…?なんで朝から承太郎の声を聞かなきゃいけないのよ…典明に代わって。」
「テメー…少し前に起きてただろうが。」
「えぇー、寝てたって。寝てた寝てた。で、なに?」
「……ハァ…。花京院、寝てねぇぜ。」
「えぇっ!?」
「テメーが離さねぇとか何とか言って、さっきまで電話してたんだ。俺と、花京院で。」
「……なるほど、通りで…。」
"通りで"とは、実はなまえが目を覚ました時、自分1人しかいないわりに温もりのある範囲が広いな、と思っていた。
という事は、結局典明は朝になってから帰ったという事である。
「私、今すぐ典明の家に行ってくる。」
「あぁ、そうしな。全く…テメーらの痴話喧嘩に巻き込むんじゃあねーぜ。って、花京院にも言っときな。」
「喧嘩してないし。私と典明はずーーーっとラブラブですー!じゃあね!」
携帯電話でなければガチャン!と大きな音を立てていたであろう勢いで、なまえは通話を切った。