藤と金木犀
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「窓から来るとは思わなかった。」
典明との電話を切った数分後、なまえの部屋の窓がコンコンとノックされまさかと思いカーテンを引くと案の定典明の姿がそこにあった。
ハイエロファントの触手があればなんて事ないのだろうが、いつもは当たり前に玄関から入ってくるので初めての事であった。
「…君に、早く会いたくて…。」
典明は話すのが怖いと思っているのに、早くなまえの顔を見たい、とも思っていた。
どうやら考えているうちに段々と、自然と早足になっていたようだった。
「ふふ…お茶を持ってくるから、待ってて。」
「ありがとう…。」
典明と"会いたかった"という言葉を聞き、なまえは素直に喜び典明を抱きしめる事でそれを表した。
しばしの抱擁ののち典明の体から離れたなまえが、部屋を出て階段を降りるとなまえの弟である昴(スバル)が台所にいるのと遭遇した。
毎日顔を合わせているのだから、いつもならばこの程度でわざわざ会話なんてしないのだが、今日は珍しく昴の方からなまえに声をかけた。
「姉ちゃん、もしかして典明くん来てる?」と。
「う…、…お母さん達には内緒にして。」
「なんで?別に典明くんなら、いいじゃん。」
「典明に無理言って来てもらったの。私のせいでイメージが崩れるのは嫌だから、お願い。」
「ふーん…いいけど。…典明くんによろしく言っといて。」
昴はなまえと同じように、人よりも優れた能力があり、所謂ギフテッドと呼ばれる人物であった。
昴の特別な力は人よりも耳がいい事で、典明がやってきた音や発した声が聞こえたのだろうと簡単に察する事ができた。
(昴には、隠し事ができないなぁ…)
ヘッドホンを装着してその場を去っていく昴を見送ってから、なまえは2人分の冷えたお茶をグラスに注ぎ2階へと続く階段を上り始めた。
そして部屋の前に到着すると同時に開かれるドアは、典明が開けたのだった。
典明のハイエロファントの触手は、子供の頃に比べるとできる事が多く典明の努力が伺える。
「典明が来た事、もう昴にバレてたよ。典明によろしくって。」
「…バレるだろうなとは思ってたよ。でも、まさかこんなに早くバレるとはね。」
「それで、私のかわいい典明くんは、さっき何を言いかけたのかな?」
「かわっ…!……いや、今はいい…。」
唐突に典明の事を"かわいい"と言いながらも先程の電話での話を持ち出したなまえは、からかいが半分、絶対に聞き出そうという意思が半分で、典明もついに観念した。
そもそも、観念したからこうしてなまえの部屋へやってきたのだが。
「典明。私、典明の事大好きだよ。小さい時から、今までずっと。それに、これからもずっと。」
そう言って真っ直ぐ典明を見つめた事で、典明の藤色となまえの金木犀色が交わった。
それはなまえをときめかせたが、典明の方はなんだか悲しいような、切ないような気持ちを抱いた。
「僕は……君にこんなに想われて、本当にいいんだろうか。」
なまえが思っていたよりも、典明は自分に劣等感を抱いていたらしい。
元々子供の頃からそうであったが、どうやら歳を重ねる度にそれは酷くなっていたようだ。
「典明は…私の愛は迷惑だった?」
なまえの言葉にバッと顔を上げた典明がなまえを見ると、寂しそうな声色とは裏腹に不思議そうに典明を見つめていたので、思わず言葉に詰まってしまった。
それが「典明はなぜそんな事を言うのか、全然理解できない」とでも言いたげな表情であった。
「僕…、僕は…君を世界中の誰よりも愛してる。それは君が今言ったのと同じく、今までもこれからも、ずっとだ。」
「あ、愛…!」
「僕が大好きで愛おしい君だけど……君といるとたまに、僕という人間がどうしようもなくちっぽけで、惨めな気持ちになるんだ…。僕なんかが、君の隣で君の愛を享受しても許されるのだろうか、って…。」
話しながら典明は、少し後悔し始めていた。
なまえを想うあまりなまえと自分とを比べてしまって、たまにこんな風にネガティブな感情に飲み込まれてしまう事が今までにも多々あった。
今がまさにそれで、話していくうちにその嫉妬や妬みの感情が湧いてきて、自分はなんて嫌な奴なのかと落ち込み、ネガティブな思考にどんどんハマってしまっていた。
「典明…、私、典明が言うように完璧な人間じゃないよ。ただ、典明の事が大好きな、かわいい女の子、だよ。」
自然と下を向いていた典明の頬を両手で包むと藤色の瞳が涙で濡れていて、それが蛍光灯の灯りを反射してキラキラと輝いていて、なまえはそれを見て(宝石みたい…)と思った。
「嘘だと思うなら、今度承太郎にでも聞いてみてよ。」
その藤色の瞳から涙の雫が零れる前に、なまえはそっと瞼にキスを落とした。
「なまえ…僕は君を、どこかに閉じ込めておきたい。絶対に逃げられないところで、僕だけを見てほしい。」
「…いいよ、典明さえいてくれれば。」
「君っ…、君、は…!…どうして僕の全てを受け入れられるんだ…!」
なまえは典明の泣き顔を、久しぶりに見た。
それもこんな風に息を乱しているのなんて、余計にだ。
その泣き顔を見てふと、幼稚園児の頃の典くんを思い出して堪らない気持ちになり、子供にするように、安心させるように、なまえは自分よりもかなり大きくなった典明をぎゅ、と抱きしめた。
「典明が、私を愛してくれるから。私に、最上級の愛をくれるから。私は典明がくれた愛を、返してるだけ。…ちょっと、おまけしてるけど。」
「違う…、そうじゃあなくて…!」
「違わないよ。だって、典明だってそうしてる。ただ、私と典明の、愛の伝え方が違うだけ。その上で私は、典明からの愛ならどんな形でも嬉しいって言ってるの。」
「……っ!」
なまえは典明の顔を見て、自身が言いたかった事が伝わったのだと安心したが、少しの間を置いて藤色の瞳からは大粒の雫がどんどんと溢れ出してきて、慌てて傍にあったティッシュを数枚引っ掴んだ。
「やっぱり僕は、君が好きだ…。君なしでは、僕は生きられない……。君は、僕のお姫様で、王子様で、救世主で、…神様だ…。」
「か、神…!救世主…!」
途中までは「そんなの私もだよ」と典明の言葉に同調していたなまえだったが、救世主や神様だと言われて現実へと引き戻された。
さすがのなまえも、典明の中でそんなものと並べられていたとは思いもしなかった。
別にそれが嫌とは言わないが、ここまで来ると少し宗教じみていて恐ろしさを感じる。
「典明、一旦落ち着こう。どうしたら落ち着く?抱きしめる?それともヨシヨシする?」
次々と流れ出てくる典明の涙を拭きながら、なまえは典明にそう尋ねた。
すると典明は徐ろになまえに顔を近づけて、真っ直ぐなまえの瞳を覗き込んでまた藤色と金木犀色が交わった。
「こうして君の瞳を見ていれば、落ち着けそうだ…。」
そう言ってなまえの頬を両手で包む典明を至近距離で見て、なまえは顔を赤くして一度ぎゅっと瞳を閉じた。
(私はドキドキして、落ち着かないんだけどな…!)
そっと瞼を開けると相変わらず典明の藤色の瞳は真っ直ぐと自身を見ていて、なまえのドキドキは治まりそうになかった。
(典明の瞳は、本当に綺麗だな…。吸い込まれそう…。)
そう思ったが最後。
お互いがお互いに吸い込まれるように、静かに唇が重なった。