藤と金木犀
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「お願いみょうじさん。文化祭でこれ着て欲しいの。」
みょうじなまえ、高校3年生。夏。
夏休みを目前にして、休み明けの文化祭に向けての準備を進めていた。
なまえと典明のクラスはチャイナカフェに決まっており、女子はチャイナドレス、男子は長袍や漢服を着て飲食物を販売するというもの。
もちろん接客なんてなまえにはできないが、クラスメイト達はいてくれるだけでいいと言うので「接客しなくてもいいなら、いいよ」とまたしても二つ返事でOKをした。
次に白羽の矢が立ったのは典明なのだが…今回はクラスメイトだけではなくなまえの方がものすごく期待をしていた。
「ねぇ典明。典明も着るよね?この長袍っていうやつ、典明に絶対似合うと思うの。というか、典明が着てるとこ見たい!」
「…ふふ、かわいいお願いだな。君の頼みなら、いいよ。」
実は今回のクラスメイト達の狙いは、どちらかといえばなまえではなく典明の方だった。
かわいいというよりは美人ななまえに、誰の目から見ても整った顔で長身の典明には、メイド服や執事服よりもチャイナドレスや漢服の方が似合うと思い、影で相談して決められたテーマだった。
もちろんなまえさえ説得すれば典明も乗ってくるというのも計算済みであった。
この数ヶ月で、少しづつではあったがなまえと典明がクラスメイト達と関わろうとした努力の結果である。
「典明の分は、私が作るからね。」
「本当に?1回しか着ないのに。」
「1回しか着なくてもいいの。終わったら私が持ち帰るから。」
「じゃあ僕も、君の着た服は持ち帰ってもいいかい?」
「いいんじゃない?じゃあ、私のも自分で作ろうかな。」
声をかけたクラスメイトを差し置いて2人で盛り上がっているが、クラスメイト達も2人がイチャつくのが見られて実は大満足であった。
「じゃあ2人の衣装は自由にしていいから、当日はお願いね。」
「うん、分かった。」
用件が済んだら、サッと引く。
これがクラスメイト達が2人と関わる際の、暗黙のルールとなっていた。
「典明に似合うデザイン考えるから、楽しみにしててね。」
「君の分もうんとかわいいデザインにしてくれ。ただし、露出が多いものは却下するからな。」
「チャイナドレスって、それなりに露出はあるんじゃ…。」
「ダメだ。君なら、露出がなくてもかわいくできるだろ?」
「典明がそう言うなら、がんばってみる。」
(かわいい…)(尊い…)(癒し…)(がんばれ…)
こんな具合でまたしてもぬるっと決まった催しだったが、たかが1日、2日しかない催しだというのに、なまえの本気は凄かった。
夏休みの宿題はきちんとこなしながらも典明との時間はしっかりと取り、夕食を食べ入浴した後は毎日ミシンの前へ座る日々を過ごした。
プルルルル…
「…こんな時間に電話…承太郎?」
いつものようにミシンに向かうなまえの携帯電話が着信を告げ、ディスプレイを見ると"承太郎"と書かれていた。
こちらは20時なので、今承太郎のいるアメリカは現在朝のはずなのだが…と不審に思いながらも電話を取ると、案の定承太郎は寝起きのようで第一声に「おはよう」という単語が飛び出した。
「おはよう。承太郎からかけてくるなんて珍しいじゃない。何かあった?」
「別にこっちは何もねぇが。テメーの方は最近、忙しくしてるらしいじゃあねぇか。」
「忙しい…?別に、そんな事ないけど。」
「……花京院が心配してるみてぇだぜ。」
「典明が…?」
忙しいのを自覚していない様子のなまえに、承太郎は典明の名前を出した。
現に典明は、夏休みの間お互いの家に毎日出入りし顔を合わせる度に「また夜更かししたのか?」となまえの顔色を心配している様子であった。
しかしながら無理をしているつもりのないなまえはいつも通りの笑顔で「大丈夫だよ、心配しないで」としか言わないので、典明も「あまり無茶をするなよ」と気遣いの言葉をかけるしかなかったのだ。
それをどうやら、典明が承太郎に相談をしたらしかった。
「典明が承太郎に相談するほど心配してくれてるなんて、知らなかった…。」
「…花京院、自分のために寝る間も惜しんで作業してるから強く言えねぇって言ってたぜ。」
「…典明のそういうところ、好き。」
「そういうのは花京院に直接言いな。じゃあな、分かったら今日はもう寝ろ。」
今の時刻はまだ20時。
寝るにはさすがに早すぎるため、なまえは眠るのは典明の声を聞いてからにしようと、準備していたミシンを片付けた。
「連絡してくれてありがとね、承太郎。おやすみ。」
「おぅ。おやすみ。」
たった数分の会話だったが、なまえには典明の心配も承太郎の優しさも、きちんと理解していた。
遠い地に行ってしまった承太郎が2人を心配してくれているのが、内心なまえは嬉しかった。
名ばかりの幼馴染ではないのだと、承太郎もなまえと典明との繋がりを大事にしてくれているのだと分かって、嬉しかった。
承太郎からの電話を切ったなまえはそのまま電話帳から典明の名前を選択し通話ボタンを押すと数コールの後にすぐに電話が繋がった。
電話越しに聞こえてくる典明の「もしもし?」という声には返事をせず「典明、好き」と甘えた声で名前を呼んだ。
「…?なんだい?今日の君、やけにかわいいな。」
「うん。典明、心配かけてごめんね。典明との電話が終わったら、すぐに寝るから。」
「あぁ、もしかして承太郎から連絡でもあったのか?」
「そう。承太郎と話してたら、典明好き〜って思って、電話しちゃった。」
「はは、そんなにかわいい事言われたら、僕が電話を切れないな。」
「私も、切りたくなくなっちゃった…。」
毎日顔を合わせて、明日もどちらかの家で顔を合わせるというのにこれだ。
「ごめんね、なまえ。」
甘い雰囲気になりかけたところで典明が唐突に謝罪の単語をつぶやくので、なまえは咄嗟に返事が出てこず首を傾げた。
典明に心配をかけて、謝るのはどちらかといえばなまえの方なのに。
「…僕はなまえの事が大好きだから、君の意思を尊重したいんだ、本当は…。」
「それは…、私も同じだよ。」
「そうだね、同じ…。だけど僕は、君の意思を尊重と言っておきながら危ない事はしてほしくないし、無茶もやめてほしいと思ってる。それに、……いや、なんでもない。」
胸の内を話していくうちに段々と自分がとても嫌な奴になっていく気がして、典明は口を閉じた。
しかし、なまえはそれを許さなかった。
「だめ。典明、話して。私は典明の事、全部知りたい。典明の考えてる事とか思ってる事、全部教えて。言わないなら、今から会いに行くから。」
「えっ。ごめんなまえ。そういうつもりじゃあなくて。心配だから、こんな時間に1人で外に出ないでくれ。」
「じゃあ典明が来て。今すぐ。今話さないと絶対眠れないし、どちらにせよ典明が来ないならこっちから行くから。」
怒っているわけではなかったが有無をいわせないなまえの言い方に、典明は再び口を噤んだ。
全て知りたいと、なまえは言った。
(それは僕の、良くない感情も含まれるだろうか。)
自分の中にある黒いものを、典明は未だ受け入れられずにいた。
また、それをなまえに知られるのが怖かった。
しかし同時に、なまえならば本当に、受け入れてくれるのではないかと期待もしていた。
なんとなく既に泣きたい気持ちのまま、典明は「分かった、行くよ」と声を絞り出し立ち上がった。
向かうのは、なまえの家。
いつもだったらたった3分ほどで到着する道のりを、何をどう話そうかと考えながら、ゆっくりと歩いた。