1000打記念
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「肉食獣の気持ちが、今なら分かる気がするよ。」
「肉食獣、ですか?」
翌日。昨日の報告書を作成中、花京院さんが不意にそう口にした。私は体が小さいため何もできる事はなく、強いていえば昨日あったことを口頭で説明するくらいだ。
「肉食獣は、獲物を餌だと思って殺しているわけじゃあなく、かわいい!かわいい!ってじゃれているつもりでうっかり殺しているらしい。」
「……えぇと、つまり?」
「君、このままだと僕に食べられるかもね。」
「…それで食べられるなら、結構幸せかもしれませんね。花京院さんの血肉になるんですから。」
「はは、君、結構怖い事言うね。」
「最初に怖い事を言い出したのは花京院さんですよ。」
「僕のは物理的に怖いって話だろう?君のは精神的に…、よし、終わり。」
話が終わりかけたところで無事に報告書が完成しノートPCが閉じられた。眼鏡を外した花京院さんの綺麗な瞳がこちらを向き優しく細められて、こちらも思わず笑みが溢れた。
「さっきの君の発言は、なかなかサイコパスだったよ。」
「そうですか?でも、花京院さんなら分かってくれるかなと思ったんですが。」
「……そうだね。君が今、僕がいないとどこへも行けないし何かを食べる事もできないっていう状況が、少し嬉しいと思ってる。」
「ほら、私よりも怖い事言ってる。」
花京院さんの爽やかな見た目とは違うこういう危険そうなところが、彼の魅力だ。ただ綺麗なだけじゃないのが、最高に良い。
「さ、今日も調査に出ようか。君も着いてくるだろう?」
「はい。ここにいても、何もできませんから。」
外に出ても何ができるとは思えないが、ここに1人残されるよりは良い。
花京院さんの手のひらに乗ると顔の近くに手が移動したので、その頬にスリ、と自分の頬を擦り付けた。ふふ、と嬉しそうに笑みを零す花京院さんはやがて満足したように自らの胸ポケットに私を優しく下ろした。少し暗いが、温かくて花京院さんの匂いがして、心地よく感じた。
外へ出るとみんな私の身に起きた事態は既に周知されており、心配されたり怪我がなくて良かったと労わってくれたり。杜王町のみんなは心優しいのだと身をもって知る事となった。しかし労わってくれたあとはみな一様にかわいいかわいいと写真を何枚も撮られて恥ずかしくなった。どうやら人は、可愛いものは写真に残したいらしい。花京院さんはなぜか「そうだろう?」と得意げな顔をしていたので、なんだか可愛くて愛おしく思い、全て受け入れたが。
「少し疲れました…。小さいと、体力も無いんでしょうか…?」
「大丈夫か?ホテルに戻って、少し休もうか。」
日課である町の様子をチェックし終えたが、書類仕事はホテルに帰れば山ほどある。花京院さんは帰ったらまたPCとのにらめっこが始まるのだろうと思うと帰したくはなかったが、いずれはやらなくてはならない仕事。仕方ないが、私の体力の事もあり、ホテルへと帰る事を決断した。
「クッ…!ご飯を食べる君が可愛すぎる…!!」
お昼ご飯として花京院さんが購入したサンドイッチを少し分けてもらってテーブルの上で欠片を齧ると何やら1人悶えて写真を撮り始めるので、逆に食べづらい。それにこんなに頻繁に可愛いを連呼される事はそうそうないので、反応に困る。
「花京院さんもちゃんと食べてください。倒れちゃいますよ。」
話題を変えようと心配する素振りを見せると「そうだな…」と渋々ではあったが手を止めて食事を始めたので、私も食事を再開した。花京院さん、疲れてるのかな…と心配である。
「そうだ、なまえ。これ、SPW財団に頼んで、急ピッチで作ってもらったんだ。」
「……花京院さん、何してるんですか…。」
徐ろに鞄から出された箱を開けると、中に入っていたのは私のサイズに合わせたベッド。昨日の今日でこんな物を作るなんて、SPW財団はすごい。が、一体いつの間にお願いしていたんだ。
「昨日、君が寝苦しそうだったから可哀想で。」
明後日には元に戻ってしまうというのに、花京院さんは本当に、私に過保護だ。
「疲れたなら、お昼寝するかい?今日はもう、外に出なくていいし。」
「…しませんよ。」
花京院さんは私をなんだと思っているんだろうか。
しかし私のそんな思いとは裏腹に、食後1時間もしないうちにみるみる眠気がやってきて、気がついたらベッドの中に体が収まっていた。小さいというのは、本当に面倒臭い!!
翌日も書類仕事をメインにし、軽く杜王町内を見回ったあとはホテルへと戻った。何度目になるか分からない謝罪を述べると「君とこんなにずっと一緒にいられる事なんてなかったから、僕は嬉しいよ」とあのキラキラの笑顔で言われてしまったら、口を紡ぐしかなかった。
「…こんな事言ったら、君は怒るかもしれないんだけど…。」
デスクワーク中の花京院さんは、不意にそう前置きしてコーヒーを一口。チラリとこちらに視線を寄越した。
「今のこの状況は、もしかしたら僕が一番望んでいた事が叶えられるんじゃあないかと…。」
「……この状況が、ですか?」
「こうしていれば君をずっとそばに置けるし、危険な事もないだろう?」
「……花京院さん、それはさすがに過保護が過ぎます。」
「はは…これを過保護の一言で済ますなんてな。僕のは、もっとドロドロしてる。」
「知ってます。」
花京院さんの愛が重いのは、身をもって知っている。それこそ花京院さんは、許されるならばそもそも私を外に出さず一生家に閉じ込めておきたい人だ。私が傷つく事を良しとせず、万が一傷ができた時は数日間は家から出してもらえない。だから普段から怪我をしないよう気をつけているし、そもそも花京院さんが安心できるよう戦闘訓練だって普段から取り組んで肉体の強化だってしている。そうでもしないと、本当に外に出してもらえないかもしれないから。
「もしもずっとこのままだったら、私はそれを受け入れますよ。」
でも、きっと明日にはちゃんと戻る事だろう。だけど、言わなければいけないと思った。
「…ふふ、やっぱり君は、可愛いなぁ…。もし逃げるなんて言われてたら、本当に君の事、食べてたよ。」
「食べられなくて、良かったです。私はまだ、花京院さんと一緒にいたいですから。」
「うん…僕も。」
そう言って花京院さんは腰を折って顔を近づけるので、その頬に口付けをして、スリ、と自らの頬を擦り寄せた。お返しのキスは花京院さんのただでさえ大きな口が迫ってくるので、食べられる時は一口で丸呑みされるんだろうかとぼんやりと考えた。