1周年記念
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「あ。露伴くんじゃん。」
駅に着くなりいつか聞いたような台詞で名前を呼ばれ、いつどこで聞いたんだっけな…と思いつつ振り返ると、そこにいたのは予想外の人物で。その顔を見た途端に、当時の記憶が一気に蘇ってきた。そもそも、考えてみれば全然予想外なんかじゃあない。今まで考えないようにしていて忘れていたが、いま僕の目の前にいる女を、僕はよく知っていた。ついでにいうとさっきの台詞だって、その昔彼女に言われた台詞だ。
「久しぶり。中学振りだね。元気だった?漫画、読んでるよ。」
何も変わってない。何も。
彼女と交流があったあの時から、何も変わらない、目の前の女、みょうじなまえ。
正直言うと、会いたくなかった。いや、本当は会いたかったが、会えなかったという方が正しい。
彼女に会って自分が正気でいられる自信がなくて、会うのが怖かった。彼女とは、そんな関係。
「露伴くん、運命って、あると思う?」
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「あ。露伴くんじゃん。」
「…はぁ?そういう君は誰だ。一方的に知られているのは、不愉快だ。」
中学1年生。まだ制服に着られているような、今の僕に言わせれば、子供だ。
昼休みに人気がないところを探してようやく見つけた場所なのにこうして見つかってしまい、いつにも増して言葉に棘を含めた。昼休みに美術室なんて、まさか人が来るとは思わなかったのだ。
「あぁ、ごめんね。私、2つ隣のクラスのみょうじなまえっていうの。露伴くんは有名人だから、つい嬉しくなっちゃって。ごめんね。」
「……フン。」
なんだコイツは。こう言えばすぐに去っていくと思ったのに、みょうじなまえと名乗った少女は変わらずニコニコと笑顔を浮かべてこちらを見ている。分からない奴。それが、最初に僕が抱いた、彼女の印象だった。
「……何だよ。また君か。」
「また君か…って、私、美術部だよ。来てもおかしくないでしょ。」
翌日も美術室で昼飯を食ってさぁ描くかというタイミングで現れたみょうじなまえという女は、ガチャリと準備室の扉を開け奥へと入っていった。昨日はあの後、僕が先に出ていったから知らなかったが、コイツ、本当に美術部なのか。
「露伴くんって、漫画を描いてるんだよね?すごいなぁ…。」
「なんにも、すごい事はないさ。僕はまだ、趣味で描いてるだけだ。」
「…そうなの?でも、絵を描けて面白い話が描けるって、なかなかできるものじゃないよ。」
「いくら絵が上手かろうが僕の考えたストーリーが面白かろうが、読者がいなかったら意味ないだろ。」
お互い目も合わせず、部屋の中で二人の声だけが飛び交う。視線は各々の手元にある。はずだった。
「じゃあ、私が露伴くんの漫画を読んだら、露伴くんは漫画家だって胸を張って言えるって事?」
ビク、と思わず肩が揺れる。準備室から出てから僕とは離れたところで作業していたと思っていたアイツは、いつの間にか僕の横まで忍び寄っていたらしい。その声の近さに、驚いた。
「…なんで君に見せなきゃならないんだ。」
「だって、見てみたいし…。それに、人に読んでもらえなかったら意味ないって、露伴くんが。」
「お前…面倒臭い奴だな。」
「嫌なら無理にとは言わないよ。…あ、じゃあ代わりに、私の描いた絵、見てくれる?見た人がどう感じるか、知りたいの。」
そう言って背を向けてキャンバスの方へ進んでいく彼女を、僕はただ黙って眺めた。てっきり「いいじゃん、読ませてよ」などと言って食い下がるかと思っていたのにあっさりと引き下がったから、拍子抜けした。…まぁ、見るくらいならいいかとそのままそちらを見続けていると、クル、とキャンバスがこちらを向く。
その一面には何重にも色が重ねられ、分類でいうと抽象画と呼ばれるもので。思わず、僕の目はそのキャンバスに釘付けになった。
……悔しいが、正直、心を動かされた。
「ッ、…!!」
「えっ、露伴くん?」
身体中に血液が循環するような感覚がして熱くて、バン!と音を立てて立ち上がりその場から逃げた。そう、文字通り逃げ出した。
何も持たずに美術室から飛び出して、そのまま校舎の玄関も通り過ぎて走った。
画材を置きっぱなしだとか上履きで出てきたとかカバンを教室に置きっぱなしだとかそういうのはどうでも良くて、ただあの絵を見たから、僕は走らずにはいられなかった。
…悔しい。敵わないと思ったのは初めてで、それもつい昨日会ったばかりの女の子相手にだ。僕はそれが恥ずかしく、彼女の前から逃げ出した。彼女の顔なんて、まともに見れる気がしなかったからだ。それがなんとも情けなく、恥ずかしい。
「…!露伴くん!」
次に彼女に会ったのは3日後。この間僕は、両親の言う事も無視して部屋に篭もり、学校を休んだ。若干寝不足であったが、どうしてもやらなくてはならない事ができたからだ。
「…ン。」
「え…?封筒?…私に?」
彼女に会って封筒を渡すために、昼休みに入るや否や教室を飛び出して先に美術室で待っていた。まさかこの僕が誰かに執着するなんて思いもしなかったが、それでもどうしても、彼女に見せなくてはならないと思った。
彼女の手に渡った封筒。僕の手からは離れた。今さらだが少し緊張してきて、少し手が震える。
「!露伴くん…、これ…、…いいの…?」
カサ、と封筒の隙間から中を覗いた彼女が、キラキラした瞳でこちらを見るのを、今度はまっすぐ見つめ返した。しかしあまりにまっすぐすぎる視線に耐えられなくて、口からは憎まれ口しか出ては来ない。
「はぁ?見ないなら、返せよな。」
「あっ、だめ!見たい!」
僕から取られまいとこちらに背を向けて、とうとう僕の拙い原稿が封筒から取り出される。心臓がドッドッドッと嫌な音を立てて、落ち着かない。背を向けている彼女に気づかれないように、静かに息を吐き出した。
どれだけ時間が経った頃だろうか。それまで黙って僕の描いた原稿を見ていた彼女が静かに振り向いた時、その顔が濡れていて、言葉を失った。
「君…、泣いてるのか…?」
「ん…、そうだね。感動しちゃった。」
「お、おい…、泣くなよな…。…ほら。」
人間は泣くと多少は造形が崩れるものだが、彼女はそれがなかった。決して口には出さないが、綺麗な泣き顔だと思った。その綺麗な涙が、僕の差し出したハンカチにシミを作る。それすらも綺麗だ。
会って1週間でお互いの内を曝け出した、そんな始まり。
「なまえ。」
「あぁ、ごめん。桜が綺麗だったから。」
あれからあれよあれよという間に仲良くなり、お互いがお互いの唯一の友人と呼べる仲になった。2年から同じクラスになり、つい先日、揃って3年になった。どこに行くのも何をするのもたいてい一緒で、彼女と一緒に過ごす時間は、居心地が良かった。
「目を離すとすぐ足を止めるな、君は。」
「だって、綺麗なものは何度見ても飽きないでしょう?」
いつもそうだ。隣を歩いていたと思ったらいなくて、振り返ると「あぁ、ごめん」と笑う彼女。ごめんと思っているのなら直すものだろうが、もう慣れた。柔らかく笑うその笑顔が綺麗だから、むしろそれでいい。
「散った花弁も、まだ綺麗だよ。」
これは、この気持ちは、きっと恋心というものなんじゃないかと、薄々勘づいていた。地面にしゃがみこむ彼女の隣に同じようにしゃがんでも、気になるのは桜の花弁なんかより、彼女の方だから。
「君、花弁まみれだぜ。」
「ふふ、露伴くんもだよ。」
頭に何枚もの花弁をつけて笑う彼女を見ていると、胸が温かいような、切ないような、そんな風に締め付けられる。そう、これは恋だ。
なんだか桜で着飾った彼女を見ていたら無性に泣きたいような、だけども暖かいような気持ちがぶわっと胸の中に広がって堪らなくなった。
「……、…ろ、……。」
しまった、と思った時には彼女の唇と僕の唇は重なっていて、至近距離で彼女の瞳が揺れるのが見えた。
悪い、と謝罪の言葉も紡げずにしばし見つめ合って、ようやく事態を飲み込めてきた彼女が考えるように少し下を向いて。
「……露伴くん、…もう一回、してもらってもいい?」
それが単なる興味からくる言葉か、それとも。それは分からないが、僕らはもう一度、唇を重ねた。今度はゆっくりと、熱を分けるように。
「はぁ?杜王町だって?」
なまえと恋人達がするような事をし始めて次の季節に移り変わった頃、出会ってから初めての、険悪な雰囲気が訪れた。原因は、彼女がこの中学を卒業したらここではないM県S市へと引っ越すという、どうしようもない理由だった。
てっきり、僕となまえはずっと一緒だと思っていた。いや、そうだったらいいなと、勝手に思い描いていただけだ。
「露伴くん、杜王町出身だって言ってたでしょう?」
「あぁ、言ったな。正直、記憶にはないがな。」
「その話をしたらね、あそこはいい街だからって、両親が乗り気になっちゃって…。…ごめんね。」
「……君が、どうこうできる問題じゃあないだろ…。」
謝られたって、僕が怒ったって、泣いたって、どうしようもないんだ。なら、彼女が引っ越してしまうまで、思い残すことのないようにようにしよう。まだ幼い僕らには、そうする事しかできないから。
「露伴くん。」
「…なまえ。」
卒業式。この校舎に通うのは、今日で終わりだ。そして、彼女に会うのも、今日が最後。
僕を呼ぶ声に応えようと振り向くといつもと変わらないあの柔らかな笑顔がこちらを見ていて、一瞬今日で最後だなんて嘘なんじゃあないかと錯覚しそうになる。だけど桜は咲いているし、彼女の胸には赤い花。間違いなく、今日は卒業式だった。
「露伴くん。3年間、楽しかった。一緒の高校に行けないのはとても残念だけど、露伴くん、漫画の執筆、頑張ってね。有名になって、遠くにいる私にも、露伴くんの漫画、読ませてね。」
「…あぁ…、君も、な。」
これが最後だと思うと声が震えて、言葉が上手く紡げない。嫌だ、とは言えなくて、喉の奥が苦しい。
「露伴くん、第二ボタン、下さい。私からはこれ、あげるから。」
シュル、と外された制服の赤いリボンが、僕の手の中に握らされる。彼女が3年間、身につけていたものだ。その手でボタンを掴み力任せに引っ張ると意外と硬かったが、ブチ、という音のあと無事、手のひらに転がった。
「ありがとう。…本当に…、ありがとう…っ!」
僕の手のひら、リボン、第二ボタン、彼女の手のひら。順番に重なったそれを、ぎゅっと強く握りしめる。
「っ、泣くなよな…!」
「ごめん…、でも、無理だった…!」
やっぱり彼女の泣き顔は、綺麗だった。もらい泣きなんてしたのは、これが初めてだ。誰かと恋をするなんて事も、異性とのキスだって、なまえとするのが全部、初めてだった。このまま、離したくなかった。
「露伴くん、好き。好きだったよ。」
「…、僕も、君が好きだ。好きだった。」
最後にしょっぱいキスをして、どちらともなく離れて、笑いあってから、別れた。最後にもう一度だけ、桜をバックにした彼女が見たくて振り向くと、向こうもこちらを振り返っていて。目が合うとあの柔らかい笑顔を浮かべて、それが今までで一番、綺麗だった。
そんな終わり方。
───────────────
「あの時のボタン、まだ持ってるよ。」
「……僕も、持ってる。」
捨てられるわけがなかった。僕は未だに未練がましく、家の引き出しに大事にしまってある。
「それで露伴くん。運命ってあると思う?」
「………さぁな…。」
「私は、あると思うよ。…だって、私はまだ露伴くんが好きで、露伴くんもまだ私の事を好きでいてくれてる。そして、こうして今、出会った。これって充分、運命じゃない?」
季節はもう、初夏に差しかかろうとしている。だというのに桜が舞っているあの光景が思い浮かぶのは、みょうじなまえという奴の存在のせいだろうか。
「…その運命ってやつは、信じてもいいのか?」
「うーん…、せっかくだし、試してみてもいいんじゃない?」
「ふっ、…、っはは!何だよ、それ。」
なんだ、なんてことはない。ただ僕らの時間が、止まっていただけだったみたいだ。彼女との再会でカッチリと歯車が噛み合って、油でも差せばきっと、すぐに回り出すに違いない。
あの頃から何年…
この先何年経っても
ずっと覚えててください
また思い出してください
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振り向けば… -Janne Da Arc